勇者の証1
ボスを倒したあと少し歩くとすぐに出口についた。
洞窟の出入り口は少し高いところにあってそこから大きな街が見える。そしてその中央には周りを圧倒するような大きな建物が立ち並んでいる。
あれが王都か……。着いてしまった……。
あのあと数回戦闘があったがチェットは何かを考えているようで無心に敵を倒していた。剣を振って……。
それに一言も喋らなかった。普段はおしゃべりのくせにあの魔物のことが引っかかっているのだろうか?それはどうでもいいがあいつが黙っているとなんだかこっちの調子が狂うな。
それに魔法の使い方は結局わからないままだ。まさか『はい』と『いいえ』しか喋れないのがこんなに不便だったとは……。始まる前は思ってもみなかった。
この世界は俺に甘くはないということか……。いや、甘くないというか召喚の経緯といい説明といいかなり理不尽だよな!日本の企業なら同業他社に競走で負けているわ。独占企業でよかったな、アホ妖精ども!
洞窟の出口から見えた大きな街の入口に着くと先ほどとは打って変わってチェットが笑顔で話しかけてきた。
「相棒、着いたぜ!長かったな!」
短かったよ!俺は消化不良だわ。
「危なかったぜ。もう腹減りすぎてしゃべることすらできないぜ。もう少し遠かったら歩くことすらできなくなっちまうところだったぜ」
何だこいつ、腹が減っていて静かだったの?充電が切れたラジオみたいだな。
と言うか弁当とか!無策すぎる!
結局最初から最後までこいつに振り回されてたってことか。
まあ、こいつを王都まで連れて行くって言うのが俺の役目だったわけだし、王都に着いたら縁を切ろう!
「相棒、王都に着いたらどうするんだ?」
えっ……、お前と縁切る予定だけど?
「俺はとりあえず腹ごしらえして、勇者の証を手に入れるための試練を受けるために王宮に行く予定だ。飯食うなら一緒に行こうぜ!」
……ん?
勇者の証の試練が王宮?
どういうこと?
勇者の証って王様が与える権利持ってんの?てっきりどっかの森の奥深くとか地上何百メートルとあるどっかの塔とか地下何千メートルにあるどっかの洞窟とかにあるんじゃないの?つくづくこの世界は俺が常識だと思っていたことは通用しないのな。
だとしたら、なんにせよ、情報を集めしなくては……。
ハァ-……。情報集めるの結構大変なんだよな……。
仕方がないので俺もものすっごくお腹が減っているふりをしてチェットと一緒に飯屋へ行った。
となりでチェットもおいしいダンゴムシの調理法について説明していたが無視した。作らねえし、こいつは知らなくてもいいようなどうでもいいことばっかりしゃべりやがる。チェットは案の定、こっちの知りたがっている情報に限って詳しい説明とかしないので入った飯屋で聞き耳を立てて情報を集めた。
飯屋ということもあってわりと気楽にしゃべっている奴が多かったので思った以上の収穫があった。ここで集めることができた勇者の証についての情報。
①勇者の証は世界のどこかにいきなり現れるらしい。
②それを見つけたものは使うかもしくはその領土を所有する国の長に届け出る決まりになっているらしい。今回はこのロクルルエント王国の領内で発見され、王宮のあるこの王都ユーゼンに運ばれたらしい。
③勇者の証は刺青のようなシールで使うと不死の力を得るらしい。そして、通常ではありえない幸福感、満足感を得ること、もしくはそれと同じぐらいの絶望感を得た場合に剥がれて消えるらしい。
④この店のバイトは給料がいいことで有名らしいが、サービス残業が多いらしく店長への不満が溜まっている人が多いらしい。……④は違った。というか愚痴ってないで働けよ!だからサービス残業が増えるんだよ!
④勇者の証は別名、呪いの刺青とも呼ばれているらしい。持っていると魔物に襲われやすくなるらしい。その昔、勇者の証を手に入れた国が数年後、魔物に襲われて一日で滅んでしまったらしい。これはキウウヤエルの悲劇といいよくテストに出るらしい。
そのせいで勇者の証は一つの場所にとどめておいてはいけないらしい。使用者は必ず旅に出なくてはならないらしい。
そのため近年では、見つけた国は試練という選抜試験を行い、世界中の旅の戦士の中から選ばれた猛者に渡しているらしい。
おいしいダンゴムシの調理法はバターで炒めるのに限るらしい。この時火加減が……。これも違った。くれぐれも良い子のみんなは真似しちゃダメだ。
今回もその風習に習って2週間後にその試練がこの街で開かれ、そのエントリーが現在王宮で行われているらしい。
といった感じだ。
トイレに行ったり、店の隅にあった引き出しの中調べたり、怪しまれないようにしながら集めた甲斐あって大事な情報は大概集まった。
ということは俺も王宮に行って勇者の証選抜試練のエントリーをしなくちゃな。
飯を済ませたあとチェットは王宮に向かった。
最初に会ったときに勇者の証は狙ってないといったので同時に行くのは少し気が引けるからタイミングをずらしたかったし、何より……ねぇ……。
この世界に来て無意味なストレスから開放されたかった。
さて、その試練が始まるのは2週間後……。それまでどうするかが問題だ。
そういう試練ってだいたいとある山にしか生えない薬草を摘んで来いとかあるの街を縄張りにしている魔物を追い払って来いとかそう言う感じだろう。王国としても仕事が一度に片付くし一石二鳥のはずだ。
とすればとくに準備とかいらないな。どうやっても負けないだろうし。
さあて、暇だし街を見ながら散歩でもするか。王都というだけあって最初に立ち寄った名前も知らない街よりも華やかだ。チェットには城門で待っててと言われたが関係ないね!俺は俺のやりたいように生きる!というかあいつに振り回されんのはうんざりだ。
街を歩いていると商店街的なところについた。そこは見たことないモノがいくつも並んでいた。変な形のものや変わった色のもの、触ったことのない材質、嗅いだことのない香り、食べ物なのか、装飾品なのか、全くわからないものまで……。
新鮮で楽しい!せっかく異文化交流しているんだからそういう斬新さがないと物足りないよな。しばらくはここで遊んでいられるな。
いろいろ回ったあとなんか疲れたので街の真ん中にある大きな噴水があるところで一休みすることにした。噴水の水はとても澄んでいる。初めて異世界の冒険を待ちの商店街めぐりで体感し調子に乗れてきた。そもそも俺は何も困ってはないんだよな。『はい』と『いいえ』しか話せないとはいえ、魔物がいる世界で無敵の能力がある!惚れ惚れするような自分の能力を噴水の下にたまった水の反射で再度確認する。
チュルパ
Lv.1
HP 20000
MP 999
ATK 999
DEF 999
MAT 999
MDE 999
SPD 999
何度見ても惚れ惚れする能力!
……だけど……チュルパってなに?俺の名前?
いや、絶対に俺の名前ではない!覚えてないけど絶対違う!日本人的な名前だった!少なくとも姓と名の構成だろ?どこでどう分けるんだよ。
……誰が付けた?ファノラか?俺の記憶がないことをいいことに勝手なことしやがって!それにわからなくてももうちょっとかっこいい名前とかあるだろ!なんだよ、チュルパって。どこからきたんだよ!こんな気の抜ける名前ってないだろ……。
ファノラめ!今度会ったら技じゃなくて硫酸とかかけてやる
……せっかく気分良くなってきたのに急にどっと疲れた。買い物したいな、気分転換に……。
あっ!そうだ!カバン的なのが欲しかったんだ。あれないと持ち物とかあまり持てなくて不便だしな。これから秘密の鍵とか何か空飛ぶ装置とか大事なものを見つけたとき、手だけじゃ持ちきれないし盗まれやすいからな。
今さら誰に文句を言っても始まらないから文句とか言わないけどさ。ファノラめ!ペッ!
再び商店街を歩き回り、そこでいい感じのカバンを見つけた!片掛けカバンで材質は見たことないけど丈夫そうだ。容量も結構ある大きめなサイズ。硬いものを入れて振り回せば武器としても使えそう!
それに金は一応ある。洞窟の魔物を倒してからちょっと行ったところに奴が今まで通った人から巻き上げていた大量の金銀、財宝がある部屋を通りかかった。勝手に持っていくのは悪い気もしたけど金は使わないと経済が活性化しないという正義の名のもとに持てる分の金貨をポケットに詰めてきた。多分金は問題ない。
あとはどうやって買うかだな。そして、できれば値引きとかやってみたい。値札が読めないのでいくらなのかわからないけど……。
まあ、それはできればの話。まずはお店の人に買いたいっていう意思を見せるにはどうすればいいか。まあ、でもあの店長っぽい人はおっさんだし、最近商売を始めたって感じじゃない。目の前に持っていけばなんとなくわかるだろ!
そのカバンを持って店長っぽいおっさんのところに行くと優しそうな笑顔でおっさんは言った。
「いらっしゃい!ああそれね、それはグロロスの皮膚を溶かして作った革だよ!」
……ああ、このカバンの材質のことね!今はどうでもいいけどな……。
ただ持っているだけではダメだ。ちょっとおっさんの顔の近くにカバンを持ち上げる。
「……あっ、違うね。えーと、どうしたのかな。試着したいの?」
カバンの試着ってなんだよ!こっちは選べるほど合う服を持ってないわ!
さらにおっさんにカバンを突き出す。
「あ、もしかして……、そのカバンに傷とかつけちゃったの?いいよ、そんなに気にしなくて。見た感じ大きな傷はないし、僕もたまに間違ってやることあるからさ」
そう言っておっさんは親指を立てた拳を突き出す。
……そんなに俺がこのカバン買うのおかしいか?
今度は持っているカバンを何度も指差す。なんか伝われよ!買いたいんだよ!
「そのカバンの色違いは今ないのごめんね」
色違いじゃねーよ!これでいいんだよ!買わせろよ!
ダメだ!待ってちゃダメだ!
こうなったら俺の持つ唯一の交渉術肉体言語を使うしかない!
信じられないほど商魂のないカバン屋のおっさんに対し俺が大きく振りかぶったその瞬間に突如大きな声が聞こえた。
「いたぞー!あの男だー!」
声がした方を見てみるとなんか知らんが鎧を身にまとった男たちが3人が俺の方に向かって必死に走ってくる!
なんだなんだ!?
俺はまだ何もやってないよ!ギリギリで。