大海1
クレサが蓋を開けるところを皆で固唾を飲んで見守っている。
俺は一人、腰を落とし、前にも後ろにも動ける体勢をとる。まっすぐ後ろに下がると青龍の体があることも確認済みだ。そんなドジを踏む俺ではない。
蛇が出るか、鬼が出るか、俺の知らないもっと危険なものが出るか……。ここで何が起こるか予想できれば苦労はないんだが……。
クレサがうんとかすんとか言って蓋についている取っ手を引っ張っていたかと思うと、
「固いな!おい!たかが壺の分際でいい気になってんじゃねぇ!……ハッ!私としたことが……。すみません、これ、蓋が固くて開きませんわ。」
と一度ものすごい形相になったのち、苦笑いした。
何だよ!開かねぇーのかよ!心配して損したわ!
長いこと閉まっていたからか、水圧かなんかで食い込んでいるのか?
金属ではないから酸化したとかではないだろう。
まあ何でもいいわ。開かないに越したことはない。触らぬ神に祟りなしって言うもんな。
とっとと次に行こうぜ。少なくとも青龍が人目につかないところにさ!
「クレサちゃん、ちょっと貸して!」
チェットがクレサから壺を受け取り、力いっぱい蓋を引っ張る。
……こっちも顔だけはすごいが蓋はピクリとも開きそうにない。
まあ、結果はなんとなく知ってたけど……、いいから移動しようぜ。
「相棒頼む!」
チェットがゼェーゼェー言いながら俺に壺を渡す。
めんどくさいな……。
見た目からして開きそうにない。こういうのは油をぬったりゴムとか巻いたりしないとダメなんじゃないのか?
クレサがキラキラした目で俺を見つめている。
悪いな。それらがここにあったとしても俺に蓋を開ける気はない。
もっとも俺が本気出したところでこの蓋が開くとは思えな……。
ん?蓋が簡単に動く……。
あれ?思っていたよりもずっと簡単に開きそう……。
ここでもステータスがいかされちゃうの?
まずいまずいこれはまずい。
とりあえず蓋をさらに押し込む。
とは言っても一度開けてしまったらさっきよりも開きやすくなってしまっているだろう。
チェットならまだしも青龍なら簡単に開けられるだろう。
とにかくこの壺からは嫌な感じしかしない。
何よりクレサが思い切りはがした蓋にくっついていたあのお札みたいなやつ……。海の中にあったのに粘着力も普通だったし、変色も変形もしていない……。そう考えると絶対やばい奴が入っているだろう。この壺の中身が生死にかかわらないようなものだったとしても何かしら面倒ごとに巻き込まれるのは間違いない。
……うん、やむを得ない、これはやむを得ないな。
そのまま大きく振りかぶると壺を思いっきり海にぶん投げた。
これがベストだ。もうどっかやっちゃうのがベストだ。
今の俺の肩なら10㎞くらいは飛ぶんじゃないか?
誰も追いつけまい。少なくとも海に落ちる地点を正確に黙視することはできない。
俺にロックオンされていたクレサの目線が今は遠く海の彼方を見つめている。
皆のことを思えばの必要悪だ。悪く思わないでくれ……。
……と思うのも束の間。
「青龍!」
チェットの叫び声に「んだ!」と言う返事とともに青龍が勢いよく投げた壺の方へ飛び立つ。
……まさか、俺が投げた壺を取りに行こうとでもいうつもりか?
これじゃまるで投げたフリスビーを取りに行く犬なんですけど……、伝説の生き物が愛玩動物と同じことしてるんですけど、飼いならされすぎでは?。
俺が投げ飛ばした壺よりも青龍の方が速いみたいだが、追いつくのは不可能だろう。このままだと壺が海に落ちる瞬間、青龍ははるか手前で奴に着水地点は正確にはわかるまい。
「こんなに深いの無理ですわー」とかクレサが言い出して、チェットが「じゃあしょうがないな。それにしても相棒肩良いな!」とかなって終わりになるだろう。
「ザウィンド!」
青龍が叫び声と同時に向かい風を起こり、飛んでいた壺の勢いが死んで海に落ちる。
結局2kmくらいしか飛んでない。
……と言うか魔法が便利すぎるだろ!
そんな使い方もできるのかよ!
俺のステータスがオートで活躍している以上、魔法も使いどころを押さえればそりゃ便利だよな……。
……やっぱいいな、魔法……。
じゃなかった!
魔法のせいで予定は狂ったが青龍が追い付く前に壺は海に落ちた。
もらった!
あいつがチェットに教わっていた泳ぎはあくまで水面を移動するための泳ぎ方、潜水はまた勝手が違う。それがわかっているからか、現に青龍は壺が落ちたと思われる地点の水面上でただ浮かんでいる。
魔法を使った時は少し焦ったがこれで大丈夫だ。
浅瀬でなんちゃって遊泳やってないで潜水の練習をしとくんだったな!
さて、次に進も――
「ダッシュウィンド!」
青龍が海に向けて魔法を唱えると風の力で海の一部に大きな空洞ができた。青龍は何の躊躇もなくそこへ突っ込んでいく。
……魔法が、……魔法が便利すぎるだろ!
結局、青龍は嬉しそうな表情で壺を持ち帰ってきやがった。
……ったく、余計な真似を!
チェットが俺の肩を軽く叩いて言う。
「ダメだぜ相棒、イライラしちゃ。まっ、気持ちはわかるけどよ!」
お前に俺の気持ちがわかってたまるか!
「んだんだ!」
青龍、お前は黙ってろ!
再びチェットが力を入れて蓋を引っ張る。
……やっぱりチェットには開けられないようだ。
こいつはほんとへなちょこだな……。
チェットは悔しそうな顔をした後青龍に向き直る。
「青龍、頼む。力を貸してくれ」
「いいど!」
ついにこの壺を開ける本命が出て来たか。
青龍に渡った瞬間またどっかに吹っ飛ばしてやるからな。
追いかけられないように青龍の動きを封じればいいんだから、肉体言語で説得するしかないな!
「クレサちゃん、あれやるよ」
チェットが青龍の背中に乗った。
あれ?あれって何だ。
何で青龍に乗っかるんだ?
蓋を開けるんだよな?
……ハッ、そうか!気圧だな!気圧を利用するんだな!
気圧が下がれば壺の中の圧力が相対的に上がる。
高い山の上に持って行ったお菓子の袋が膨張する、あれだ!実際どの程度上昇するとどの程度内部の圧力が上がるのかはわからないけど、そうすれば確かに力が弱くても開けられる可能性はある。
確かに青龍がいるからこその斬新な方法ではある。青龍の使い方間違っているとは思うけどね。
「相棒も乗れよ!」
チェットが手を差し伸べる。
この手をとったらドラゴン酔いで間違いなく気持ち悪くなるだろうが、この際、仕方ない!
ちょっとの間、気持ちが悪くなる方が面倒ごとに巻き込まれるより何倍もマシだ!
青龍に乗るとぐんぐんと真っ直ぐに上昇していく。分かっていても気持ちが悪くなる。だがもう少しだ、俺!がんばれ!
チェットが蓋を開けようとするときさえ見逃さなければいい。奪い取って遠くにぶん投げればそれでいい。俺たちが乗っていれば青龍も高速で移動することはしないだろう。必然的に追えなくなる。
いや、ちょっと待て……。
青龍の背中に乗り込んでみて思ったが、そもそもチェットが気圧とか考えるような奴か?というか気圧という概念がこの世界の人間にあるのか?
物理法則が友達なのはあくまで俺の専売特許であってチェットも同じとは限らない。
今思えば『蓋を』にこだわらなければもっと簡単に開ける方法あるよな……。
青龍の上昇が止まるとチェットは持っていた壺をそのまま手放す。
そうだよねー、もう壊しちゃいますよね!
ミスった。
いや間に合う!青龍から飛び降りて空中で壺をキャッチ、そして、そのままどこか遠くに投げ飛ばせばどうにかなる!
着地は……、着地はたぶん大丈夫だろう。俺、丈夫だし!
「ザウィンド!」
しかし、その期待は青龍の掛け声とともに壺は加速度を増して落下していった。
魔法、うぜぇーな。




