魔の森2
「あの……、妖精さんですか?」
何もないはずの空間におどおどした様子でクレサは声をかける。
これだけを見るとちょっと痛い子だ。俺にははっきり言って草木以外何も見えていない。クレサの視線の先にはただ雑草が生えているだけ。
でもこの世界に妖精は確かに存在する。
それだけは確かだ。
それに妖精がここにいるというのも否定はできない。俺は以前妖精にあったことがあるし、あいつも、あの憎きファノラもこの世界で妖精が見える場所があると言っていた。
クレサにしか見えていない状態でもこの世界では起こりうることと割り切れば受け入れられる。
どうせ子供にしか見れないとかそんな裏のルールがあったところで今更そこまで驚くことはない。
それにクレサは信用できる子だ。料理の準備なんかも献身的にするし頑張り屋さんだし。
たまに手におえないほどご乱心になられるときがあるが決して人を騙そうとかそう言う悪意を持っている子ではない。
ファノラもだいぶウザい奴だったがあのとき言っていたことに嘘はない。
言わなくてもいいはずのプリンを勝手に喰ったことまで言ったくらいだし……。
さて、ここからどうやって妖精との接点を持つかはクレサにかかっている。
俺の中の根っこにあるストレスが解消されるかどうかは……。
「おい!聞けよお前!お前だよ!そこの妖精!聞いてんのか!おい!もう!くらえ――」
緊張した様子だったのが一変、クレサは何もないところに向かって急に怒鳴り声を上げる。
……訂正、これじゃかなり痛い子だ。姿が見えないから何とも言えないがおそらくクレサの話を聞いていない相手に超強気な態度……。
出会ったころのチェットと言い、この世界の人間はなぜに交渉対面の相手にグイグイ行けるのか……。
俺が人見知り過ぎるのか?
いや、こいつらがおかしいだけだろ。
世界の常識がおかしいからと言って何も俺までこの世界の物差しではかられなくてもいい。
俺だけは人間としての良心を持ち続けたい。
どうか妖精もこのクレサの態度で気を悪くしないでほしい……。
クレサと見えない妖精の動静を見守っていたが急に体の周りが光り出す。
……この感覚、あれだ。
振り返るとチェットが3体の魔物を前に地面に横たわっていた。
何倒れてんだ!助け呼べよ!
というかあんなに息巻いてて1体も倒してねーじゃねぇか!
俺の溜息と同時にいつも通り眩い光に包まれる。
再び視力が戻ると、またあの洞窟の中だった。
これってもしかして振り出しに戻ったのか?この可能性を考えていなかった。クソ、妖精のことで頭がいっぱいで……。
……もうやだよー。
見るとクレサも少し引きつった顔をしていた。
「嫌ですわ……」
共感してもらえる?
「また私ったら汚い言葉を……」
……違った。さっきの言葉遣いについてだった。
ほどなくしてチェットがむくっと起き上がる。
「ここはいつも通りだな!」
そうだな。できることならそのいつも通りに対してもっと悲しい顔をしてくれ……。
ハァー……。何だこの展開……。
とは言えここで何をぼやいても始まらない。
切り替えろ!
腹をくくってもう一度戦いに行かなくては……、64連戦……。
……ハァー。
すると突如始まりの部屋に珍獣4体勢揃いした。
まさか……、64連戦でダメなら65連戦だ!
とか思って恥も外聞も捨てて4体同時を始まりの部屋からやろうとかじゃないだろうな!
「なんでお前たちまたここにいるのだ?」
白虎が不思議そうに首をかしげる。
まぁー、もっともな疑問だな。
チェットはキョトンとした顔で白虎に言い返す。
「さあ?」
まぁー、もっともな解答だな。
ここにいる奴らの思いはみな同じだよ。
「何ふざけたこと言ってんだ!最初に言っていただろ!お前らが参ったというまでだろうが!」
隣で食って掛かるようにクレサがの怒号が鳴り響く。
皆同じではなかった。また言葉使いが汚くなってますよ。
「そうか、じゃあ参った。ととっと出て行ってくれ!」
冷めきった表情で白虎がうなだれるようにつぶやく。
え?また最初からじゃなくていいの?
キョトンとしたのは俺だけじゃないはず……。
いや、俺だけだった。チェットとクレサは終わったーとか言いながら無邪気に喜んでいる。なんでそうなったかも考えずにいい気なもんだ……。
クレサと無邪気に喜んでいたチェットが念を押す。
「本当にいいのか?」
「この部屋が続いている部屋とは別にもう一つ部屋があり、我々はそこで温泉に浸かって今後の方針について話し合っていたところなのだ。我々も――」
白虎以外の3体は何事かと思ったと言い残すとすでにこの場から消え去ってしまい、すっかり白虎の話に興味をなくしたチェットはクレサと無邪気に踊っている中、事態を整理したい俺だけが独り言のように語っている白虎の言葉を聞き流しながら考えていた。
俺もチェットやクレサみたいにもっと楽観的に生きた方がいいのだろうか……。
「――それをこう友人の家に遊びに来る感覚で来られてはこちらも迷惑だ。」
まだなんか言ってた。友人感覚を持たれるのはこちらも迷惑だ!
結局、どうにかしてこの死亡転生のシステムを破壊しないといけないようだな!
そう言えばそもそもなんでここに飛ばされたんだ?
一番最初ここに飛ばされた理由ってなんだ?
考えられるのはチェットが死んだから?
むしろそれ以外考えられない。
チェットの死因ってなんだったか……。
いや、最初の時はチェットは一緒にいなかった。
確かクレサの母親がいるかもしれないという街へ向かって歩いていた時に急に光に包まれて……。そうだ。その時一緒にいなかっただけか。
最初にここに来た時も俺の知らないところでチェットが死んだのだろう。
いや、ちょっと待て!
占いババアの家においてきたはずのチェットが死んだ?
もしかして占いババアの家で何か……。
あれ?これってなんかやばいことになってるんじゃ……。
……いや、そうとは限らないか。
いくらチェットが能天気とは言え、目の前で人が大変になっていることを見ていてこんなにお気楽な態度をとるような奴じゃない。
俺の考えすぎだ。まったく悪い癖だ。
……いや待て、あいつ、死んだ直前の記憶はないんじゃなかったか?
もしかしたらここでアホみたいに踊っている時間はもちろん、クレサの母探しすらしている場合じゃないんじゃ……。
落ち着け、俺。
とりあえず白虎はここから出してくれると言っていたからここから出る分には問題ないだろう。
問題はその後だ。
あいつがすんなり移動魔法を使うかどうかだよな……。俺の予想では絶対に使わない。もしかしたら正攻法で戻った方が早いかもしれない。
いや、出るまでに相当な距離があるだろう。歩きながら考えよう。まずは何にせよここを出なくては!
「我々に勝って外に出たというのに……。まさか我々4体同時時よりも手ごわい相手が扉のすぐ外にいるとは……。外界のレベルも上がってきているということか……。これはまた新たにトレーニングメニューを考えなくては――。」
白虎は誰も聞いてないのにまだなんか語ってた。
急がなきゃ!
負けを認めたし扉を65回くぐれば出れるんだろ!
再び両脇に荷物を抱え駆け出した。