魔の森1
扉を抜けるとそこは一面霧に包まれていた。目を凝らすと木々が霧の奥にかすかに見える。どうやらここは森の中のようだ。草木の臭いがする。少なくとも例の洞窟の中ではない。
やっぱり元いた場所には戻らないんだなとか、近くに案内板的なものがないのかとか、この世界における不親切さとかにいろいろ思うところはあるけど、込み上げてくる感情は一つだ。
やっと終わった。
茶番が……、茶番がやっと……。
二人はまだぐっすり眠っているので仕方なく一人でこの余韻に浸る。というか目が覚めていてもこいつらは絶対共感してくれないだろう。いや、共感されたくない。
結局勇者の試練と言いつつ俺一人で解決してるじゃん!こいつらにはコントをつくっていた記憶以外に何が残っているのだろう。
今更何かを期待しているわけじゃないからいいけどさ。
こいつらは放っておいてまず現状を整理しなければいけない。
とりあえず今はクレサが一人前になるための試練を受けていて、試練を受けた日から3日以内にその最後のミッションであるクレサの母親をクレサの祖母である占いババアのところに連れて行く。
問題は長いこと洞窟にいたから今があれから何日経っているのかがわからないところだ。
というかそもそも今も霧が深すぎて今が朝なのか夜なのかすらわからない。
いや、霧が深いと言えど半径5メートルくらいなら何とか見えるからきっと夜ではない。
とは言え時間帯とかそう言う細かいところまではわからない。
とはいえ、空を見上げてもよく見えないが少なくとも上から冷気は感じる。天井はなさそうだ。天井さえなければチェットの瞬間移動魔法ですぐに脱出できる。
あとはチェットが目を覚ますの待つだけだ。
長かった……。疲れた……。
雑魚とはいえ荷物を抱えてボスクラスの64連戦は精神が持たない。俺も少し寝よう。どうせチェットが目を覚まさない限り先には進めないし……。
俺は重たい体に身を任せるように地面に横になる。
それと同時にフワーと大きなあくびしてクレサが目を覚ました。
……今かよ。タイミング謀ってたんじゃないだろうな?
まあ、クレサだけならいいか。チェットがいないと始まらないわけだし……。
「旦那様、チェットさん起きてください。朝ですわよ!」
速攻で叩き起こされた。
少し休ませてくれよ!
「ううん、ちょっと待って、クレサちゃん」
寝転んだままうなだれるようにチェットが呟く。
待ってほしいのは俺の方だ!
「クレサちゃん、いい?朝かどうかは俺が決める」
完全にダメ人間の理論だが、あいつもたまにはいいことを言う。
「チェットさん!」
その反応にムッとしたのかクレサが声を荒げる。
だが甘い。ちょっとやそっとでは奴は動じまい。人の話を聞かないということに関してチェットの右に出る者はいない。並の人間にはどうすることもできまい。
と思ったがチェットはむくっと起き上がり天に向かって両手を伸ばす。
ひときしり体を伸ばすと一言。
「今が朝だ!」
……お前にはがっかりだよ!
こうして俺は寝ることもかなわず本当に朝か疑わしい中、行動を開始しなければならなくなった。
チェットが辺りをキョロキョロ見回し頭をかく。
「なあ、相棒!何かここ、様子がおかしくないか?」
様子というレベルか?今までいたところとはまったく違うだろ!早く目を覚ませ!
でもまあ、そんなことでも気づいてくれただけありがたいか。
あとなんかしきりに辺りを見回しているようだけどお前が気にしなければならないのは上!天井だけだから!
さっさと飛べよ!
「確かに何かおかしいですわね。」
クレサまで何を言っているんだ。
何かおかしいってレベルか?
どうせここには長居しねーんだから気にしなくていいだろ!
飛んでクレサの母親を探しに行く。どうすればそのことに気付くんだ?
「「あっーー!」」
チェットとクレサは同時に声を上げる!
今度は何だ!うっさいな!
見ると二人が互いに反対方向を指差している。チェットの方はサイのような風貌で体は岩のようにゴツゴツかなり大きな魔物が3体いた。一方チェットと反対方向を指差しているクレサの指の先には……何もいなかった。
きっとクレサは普段とは違うことが起こりすぎて幻覚でも見ているのだろう。
朝だ何だと言いつつも所詮はガキだ。疲れが取れていないのだろう。
無理しないで寝てればいいのに……。
というかチェットがすぐに魔法使って飛んでくれれば戦いすら無意味だというのに……。
昼寝もベッドでできるのにさ。気づかせる方法が思い浮かぶまで俺も敵をあしらうのを手伝うか……。
「ほほう!この勇者兼魔法剣士であるチェット様に戦いを挑むとは命知らずな魔物め!お望み通り相手してやろう!」
試練を乗り越えてやったのは俺だからな!どこから来るんだ、その自信は!
まあいいわ。乗り気ならそれでさっきまで連戦で俺も疲れているからな。
俺が戦えば造作もないがそんなに自信があるなら勇者兼自称魔法剣士であるチェット様にここは任せよう。
いくぞ!と言って魔物に突進していくチェット。
それじゃ、ただの剣士じゃねぇか!
魔法剣士って言ったらこう……詳しくは知らないがこう……、剣に炎とかの魔法の力を宿して剣や魔法よりも強力な攻撃を放ったり、遠距離攻撃は魔法で近接攻撃は剣でといった感じで使い分けたりするものなんじゃないの?勇者兼魔法剣士としての戦い方が今までの野蛮人みたいな戦い方と大して変わってないぞ!
チェットが俺の想像を超えてくることは多々あったが上を越えていったものはなかったしな。まあ、せいぜいがんばれ!
チェットの剣撃が岩サイに襲い掛かる。しかし、敵はダメージを受けているようには見えない。まあ、チェットの剣が全く効いていないいことも別に驚きはしないけれども……、魔法はどうしたんだよ!
早く使えよ!
「チッ、俺の剣が通用しないとは……」
そんな奴今までにもいっぱいいただろ!
「だが甘い!俺をそこらへんの剣士だと思ってもらっては困る」
魔法剣士って魔法を奥の手に持っている剣士のことを言うんだっけ?
イメージと違う……。絶対非効率的だし……。何より呪文詠唱するときの間合いが……。
「ダッシュサンダー!」
ダメージを受けながらようやくチェットが手のひらを突き出す!
しかし、電撃は放たれなかった。
何やってんだあいつ……。魔法使えよ!
というかあいつ雷系魔法使えんのか?
解説魔法使いのクレサが一人一系統とか言ってなかったっけ?
何やってんだ?
……もうフォローできん。
もういいや、楽しいなら遊んでいるといい。
チェットの方が緊急だと思って見てたがクレサは結局何だったんだ?
振り返るとクレサはチェットの戦闘には背中を向けたまま腰を抜かしたように両手を後ろにつけて腰を落としていた。こっちもこっちで何してるんだか……。しかし、ここで思いがけない言葉がクレサの口をついて出てくる。
「よ、妖精ですわ」
……妖精?
今なんて言った?
妖精?妖精だと!!!
しかし、目を凝らしてもクレサの視線の先に妖精らしき姿は見えない。
こっちも脳に異常が!?
脳の異常はすでに一考の余地がないがクレサがわけのわからないうわごとを言ってクレサが腰を抜かすなんてありえない。
きっと啖呵きって詰め寄っているだろう。
幻覚か?いや、俺もたぶんチェットもそんなもの見えていない。
まあ、チェットはいつも幻覚がかかっているようなもんだけど……。
俺には見えない。しかし、クレサは意味もない嘘をつくような子ではない。この世界のことだ特殊なスキルが必要なだけかもしれない。きっと妖精が近くにいるのだろう!ここが妖精が見えるスポットとやらか……。確かに人が生活できるようなところには見えないし隠れ住むにはいいところだ。
仮に、これがクレサの勘違いだったとしても……。
込み上げてくる興奮が抑えきれなくて俺は思わず微笑んだ。
俺がどんなに待ち焦がれていたか!
なあ!ファノラよ!