旅立ち4
「おはよう、相棒!」
チェットのその声で俺も目が覚めた。となりでチェットがベットからすでに起き上がっている。まだ日が出ていないというのに年寄りか!そういやこいつ日暮れくらいに寝てたんだった。
「んー、今日も清々しいな」
チェットは気持ちよさそうに背中を伸ばしている。
コイツの朝はいつも清々しいな。というか鎧を着たまま寝てよく寝違えなかったな!
えーっと、今日はダンジョン攻略するんだったか……。それで気合が入っているのか……。
まあ、それはあいつの都合。俺はもう少し寝ることにする、せめて日の出くらいまではゆっくりさせてくれ!
「ハハッ、どうした、相棒?疲れてるのか?」
うるせぇ、昨日部屋に入るなり爆睡だった奴には言われたくない。
「相棒らしくもない」
お前は俺の何を知っているって言うんだ!
「まあ、疲れているのなら仕方ないな。相棒の疲れが取れるまではここにいよう。でも、せめて明日までには起きてくれよな!」
明日って!というか疲れていると思うなら黙っていてくれ。うるさい!
ここまで馬鹿にされたらさすがに寝ているわけにはいかない。仕方がないので俺も起きることにした、……途中まで。頭をベッドから離したとたんに急に気持ちが悪くなった。そうだ、俺……、血圧低いんだった……。
「相棒、無理するな。体が疲れているときはしっかり休まないと!」
体が疲れてるわけじゃねーよ!体質の問題なんだよ、ほっとけ!
それから1時間かけて身支度を整え、王都ユーゼンに向かって出発した。やたらとチェットが俺の体の疲れを心配をしてくるのだが、体の疲れよりも気疲れのほうがすごい。心配するなら少し静かにしていてくれ!
宿を出発してからしばらくは草原で見晴らしのいい景色が続いていたが、数十分しないうちに大きな岩が目立つようになってきた。それからすぐに大きな洞窟の入り口に着いた。ダンジョンとか洞窟とかの言葉は昨日のうちに散々聞いていたが生で見るとなんというか自然の力に圧倒された。
「よし、行こうぜ、相棒!」
そうだな!
「せーの!」
せーの?
「お邪魔しまーす!」
……は?
「相棒は言わないのか?」
チェットが困惑した表情で俺の顔を覗き込んでくる。聞いたことないけどな!そもそもこの洞窟に対してどういう認識を持っているの?この洞窟に所有権とか持っている人いるの?だったら中をもっと整備しろよ!
少しの間俺の顔を見ていたチェットは何かを察したらしく、「変なの」とつぶやくと歩き出した。
たぶん、お前が変。
まあ、そんな奴の奇行は放っておいて今回大事なのはこの洞窟を通り抜けること……、ではなくチェットから魔法を教わること。そのために昨日はアホみたいに寝入っているチェットの横で一晩教わる方法を考えていた。
そもそも正攻法で俺から教えを請うことは難しい。『はい』と『いいえ』をどんなに駆使しても魔法の使い方を教えてにはならない。
よって、魔法を教わるのに必要なことはチェッと自身に魔法を教える気を起こさせることだ。「魔法の使い方教えてあげようか!」と言わせれば俺の勝ちだ!
王都ユーゼンに着いてしまったら勇者の証のことが絡んでくるだろうし今のところその先の展開が読めない。だから、なんとしても王都に着くまでに何とかしなければ……。
そこで、
①Plan A
チェットが魔法が使うたびにヨイショする。
言葉で持ち上げることはできないので使うたびに拍手する、指笛を鳴らす、タオルを頭の上で回す、etc.などでチェットの気分をよくして上げて図に乗せる。
まあ、とりあえずおだてておけばおしゃべりなチェットは勝手に話し出すはずだ。
まずはこれで行く!
「今日はせっかくいい天気だったのにこれから洞窟の中なんてな……。ちょっと気分が滅入るが頑張ろうぜ!それに洞窟を抜けたら目的地はすぐそこだからな!」
ああ!今日は俺も気合十分だ!お前とはベクトルが違うけどな!
洞窟に入って道をゆくと早速昨日あったゼリっちの色違いの魔物が3匹現れた。別の意味の俺の戦いが始まる。
この計画の足がかりとしてまずはチェットに魔法を使わせなくてはならない。俺は基本的に魔物を倒さないように攻撃を当てず、チェットに倒させる。そして、チェットがやばくなった時だけ手を貸すというスタンスだ。チェットが戦いに疲れて満身創痍になっては教える気力もないだろうしな。
早速戦闘が始まる。チェットは剣を抜く。そして、俺は手を抜く。
魔物Aがさっそくチェットに襲い掛かる。何の工夫もなく直線的に突っ込んできた魔物Aに対してチェットは身をかわす。……いや、かわそうとするも反応速度が遅くよけきれない。こいつ絶対剣士とか物理攻撃タイプじゃない。だが相手も何のフェイントもなく俺の目から見ればたいしたスピードもない雑魚なのでチェットが体勢を崩されながらも斜めに振った剣が魔物を捉えて吹っ飛ばす。完全にバランスを崩した魔物Aにすかさずチェットはトドメの追い討ちを放ち魔物Aは光に包まれた。
しかし、その代償というか魔物Aに気を取られていたチェットは背後からの魔物Bの体当たりをモロに受けてしまう。チェットも負けじと振り向きざまに剣をなぎ払う。だが、それは魔物Bに読まれ躱される。無理な体勢から剣をなぎ払ってしまったことで大きなスキができたチェットに魔物Bは渾身の体当たりを繰り出す。その体当たりはチェットのみぞおちに当たり、血を吐く。だがその相手の大技を耐え切ったチェットは逆に大技後のスキができた魔物Bに攻勢に出る!剣と蹴りの連続攻撃で魔物Bを圧倒し、無事に倒した。
いやー、熱いバトルだった。ボロボロになりながらもよくやった!よく倒した!チェット!まだ洞窟に入って一戦目だけどね……。
ちなみに魔物Cは熱いバトルを見てた時に目の前でチョロチョロと目障りだったので俺が瞬殺した。
「フー、ヤバかったぜ。今の戦いでの傷の手当をしてっと……。さて先に進もうか!」
チェットはカバンから謎の草を取り出し傷に当てる。みるみる傷がふさがっていく。きっとこれは俗に聞く薬草って奴では?なんか魔法みたいなんですけど……。
……魔法?
あっ!忘れてた。のんきに戦いの感想を言ってる場合じゃなかった。魔法!魔法教わらないと!完全にヨイショし忘れて……、ちょっと待て、さっき一度も魔法使ってなくね!
もしかしてまだ一戦目だから魔力を温存してんのか?仕方ない、次だ!
しばらく進むとまた同じ魔物が1匹現れた。チェットは俺を見て小さく頷くと剣を抜いて魔物に向かっていった。あの目……。おそらく俺にやらせろという目だった……。それは当然任せる。会ったときは腕に自身がないとか言っていたがなかなかどうして好戦的なのね。
俺は数歩下がって口に指をくわえて魔法を使ったところで音を鳴らす準備をする。
……が今度もチェットは魔法を使うことなく敵を倒してしまった。それもまた、それなりのダメージを受けた上で……。昨日の敵には炎の魔法の一撃で敵を倒していたじゃんか?昨日の今日でいったい何が!?
その後も何度か戦闘があった。その都度、チェットは傷つきながら時には俺が戦いに参加しなければ倒されていたかもしれない状況になりつつも一度も魔法を使うことなく、戦い続けた……。
なんでもいいから魔法、使ってくれよ!
仕方ない。このまま待っていても仕方ない。戦闘になればほっといても勝手に魔法を使うと思っていたが……。ダメだ。理由はわからんが、こいつ、戦闘で魔法を使う気がないようだ……。もしかしたらボス戦まで魔法を使わないタイプの人なのかもしれない。とりあえず戦闘の際はPlanAを続行するとしてもう少し違うアプローチが必要だ。。
そうなれば次は②PlanBだ!
あいつが昨日使っていた魔法はほかにも使えるかもしれないがすべて炎系だった。そこで俺がとてつもなく寒いふりをすることで俺の体を温めるために炎の魔法を使わせるという作戦だ。幸い、洞窟には日差しがなくひんやりした空気が漂っている。Plan Bをやっていても別におかしくはないだろう。
早速、腕を手でこすり、口を高速でガクガクさせ、肩をすくめて、背中を丸めて、体を震わせながら小さい歩幅で歩いた。……全然見てない。いや、この計画をここであきらめるわけにはいかない!わざと視界に入る用に早歩きし、目の前で蛇行した。
さすがに俺の以上に気づいたチェットはすぐさま「使いなよ!」と言って着ていたマントを渡してくれた。そのマントはほっこり暖かい。
……ありがとう。
だが、まだだ!まだ俺の暴挙は終わらない。お前が魔法を使うまではな!
そのまま寒いふりを続ける。チェットは心配そうな顔でこっちを見ると今度は何も言わず鎧を……。それもありがたく受け取る。今襲われたらチェット簡単にやられるな……。だがやめない。
そして、一枚ずつ脱いでは渡され、最後にはパンツまで……。
さすがにパンツはいらん!
チェットの様子から察するに今回の場合は魔法を使うまいとしているというよりは炎の魔法が使えることを忘れているといった様子だ。これ以上やってもうまくいく気がしない。暑いし重いしちょっと臭いし何より俺以上にうまく寒そうにしているチェットがいたたまれなくなったので全部返した。
Plan Bの成果として、チェットは頭がおかしいところはあるがなんだかんだで優しいやつだということはわかった。
次だ!③Plan C!
チェットが魔法を放ったときの様子を真似てみる!
ブツブツ言ってたのは聞き取れなかったし何よりブツブツ言えないのでそれ以外の体の動きを真似してみた。
結論 Plan C 失敗
「相棒、まだまだ元気だな!俺は結構疲れてきちゃったよ!」
そうじゃなくて動いていることではなく動きの内容について見て!もう一歩踏み込んでくれ!
ダメだ!④Plan D
魔法攻撃は百発百中のイメージがある。よって攻撃を躱され(外し)続ければ、「相棒、攻撃を当てたいなら魔法を使えばいいんだよ」的な感じになって教わるきっかけを作る。
結論 Plan D 失敗
そもそも戦闘中こっち見てない。というか戦闘中のあいつは余裕がなさすぎて目に付く魔物を片っ端から攻撃している。俺が近くにいようがいまいがお構いなく剣を振り回す。かなり危ない。
俺のことを見るのは敵を殲滅してからで「相棒が何体かの気を引いててくれるから助かるよ。ありがとな!」と言ってきたが俺が欲しいのは心がほっこり暖かくなる言葉じゃなくて体がガッツリ熱くなる魔法なんだよ。
もうこうなったら⑤Plan E!もう最後の手段だ!世界の共通言語である肉体言語を使う!もうこれしかない!魔法についてレクチャーする気になるまでボッコボコにしてやる。
何の脈絡もなくチェットに殴りかかる。
「おい、そこの人間ども!」
不意に声が聞こえ拳が止まる。チェットは俺の動きにまったく反応していないが、声のした方に向かって険しい表情をしていた。たぶんあいつより俺のほうが危なかったけどな。
周りに人間はいない。そして人間に人間と言うのは人間ではない奴だ。案の定、チェットの視線の先には他の魔物とは明らかに雰囲気の違う魔物がいた。
マジかよ。この洞窟のボスか?
……ヤバイ。
ボスがいるってことはもう終盤!?魔法全然教われてないのに……。
2017/09/18 改稿