四神6
その後もチェットは座ってコントのネタ作りに悩んでいた。
「どうもー……、いや、こんにちはー……。んー、どっちがいいかな……。挨拶は社会人としては基本だからな。ここが一番大事……。どうするか……」
ネタ以前の問題だった……。
社会人の心得に悩んでいた。
というかさっきからずっとそこに悩んでたの?
そこからそんな悩んでたら一生ネタなんてできなくね?
一方、クレサはもうコントに飽きたようで近くに落ちていた大きめの石に名前を付けて一人でおままごとをしている。
「ヘキセンクヴォラルドボードリンさんは今日も安物の服ですわね」
名前長いな!
感じ悪いし……、どういう関係なの?
「ジェンフィイファトランドラグリフェニウムステファンドラさんを見なさい。あなたも少しは見習ったらどうなの?」
もっと長いの出てきた!
というかそういうお前は誰なんだよ!
……いや、別に聞きたくないけど。
まあ、とりあえず楽しそうだから放っておくか。
ぶっちゃけやることないな……。
こんな薄暗い洞窟にいきなり連れてこられて数十分でやることないって……。
チェットのやることに全力で協力すると決めた以上チェットのしょうもないネタ作りを中断させるわけにもいかず……。
チェットが試練を再開すると言えばついて行くのだがそれまでやることがない。
ネタ作りには参加できないし、もちろんおままごとにも参加できない。
ん、あれ、デジャブ?
前にもこんななにもないところに閉じ込められたことがあったような……。
その時はもっと狭かった気がするけど……。
この世界に来てからのものじゃないな……。なんだっけ?
あの時も小さな女の子の声だけが耳に届いていたような……。
詳しく思い出せないけどあまりいい思い出じゃないな、これは。
寝ちゃおうかな……。
ここでの試練は結果が目に見えているが終わったあと何が起こるかわからないからな。
今のうちに英気を養っておこう……。
暇だし……。
「――!」
「――!」
女の子の声が聞こえる。
何を言っているかは全くわからないが何か大きな声で叫んでいる。大きな声で叫んでいるのに何言ってるかわからないってどういうことだよ……。
この世界は俺に対して不親切だよな……。
いや、そんな話じゃない。これはどっかで……。
「――。――。」
「おい、相棒!起きろ!寝てる場合じゃないぞ!」
チェットの声と体に伝わる優しい振動で目が覚める。
……さっきのは夢か。
「おう、起きたか!まったく、相棒には驚かされるぜ!今はクレサちゃんの試練の最中だってのになんでそんな余裕なんだよ!まあ、そのふてぶてしさが相棒のいいところなんだけどな!」
何言ってんだ、こいつ……。
というかチェットにはその言葉そっくりそのまま返してやりたい!
「こんなところでいつまでも道草くっているわけにはいかないんだ。とっととこの……名前なんだっけ?ああ、勇者の園の試練クリアしようぜ!」
ああ、なるほど、やっとやる気になったのか。
遅いくらいだけどな!いや、遅いだろ!遅いよ!
まあいいか。やっと次にいける。
試練自体はちょろいからな。俺がいる時点でこの試練自体はあってないようなものだ。
さてと、一丁やりますか!
ごつごつした岩の上に寝そべっていた上体をサッと起こし立ち上が……おえっ。
めまいに吐き気……気持ち悪っ……。
忘れてた……俺の血圧が異常に低いことを……。
……寝るんじゃなかった。
「おい、相棒!行かないのか?」
行けないんだけどね。
「そんな人じゃなかったはずだぜ、相棒は!仲間が困っていたら真っ先に助けに来る。熱くてかっこいい。そんな人だっただろ!」
そんな人だったかは知らんが、行きたくなくてこうしているわけじゃないことだけはわかってほしい。
……、まあ、無理だろうな。
「頼むよ!相棒!ここまで一緒に来たじゃないか!」
行きます行きます行きますよ!
ただね、俺の都合も考えろ!
「チェットさん、落ち着いてください。きっと旦那様は行きたくなくてこうしているのではありませんわ。私にはわかります!」
クレサが一人で勝手に熱くなっているチェットをなだめる。
そうだよ!クレサ!
……俺の言いたいことを代弁してくれた人が今までいたか?
今まで俺の言いたいことやりたいことはことごとく流されてきたのに……。
天使がここに降臨した。
クレサはそのまま必死なチェットをなだめつつ言う。
「旦那様はきっと作戦を立てるべきだと言いたいんです」
……へっ?
ああ、違うけど……、ナイスだ!作戦は大事だよな。
戦闘は俺が受け持つから他を頼む!
作戦会議終了。
というわけにもいかず、クレサはそのまま続ける。
「私たちでは歯が立ちませんでしたわ。あのまま続けても勝ち目はありません。」
俺抜きで挑んだの?
さっきチェットが熱く語ってたのは何だったの?
チェットは落ち着いたらしくいつも通りの声色で言った。
「確かにな。クレサちゃんと相棒の言う通りだ」
俺は何も言ってないけど……。
「このままじゃダメだ。どうすれば……。このままじゃずっとここにいることになる」
次は俺も行くから大丈夫だ。その心配ない。
……というか勇者の墓場の由来はこうやって勇者のメンタルを削って絶望を与えることで死なない勇者を死に追いやるからか。
まあそれはあいつらに勝てなかった場合の話だけどな!俺らには関係ない。
とっとと行こうぜ!
俺はサッと立ち上が……、やっぱあと5分欲しい。
暗い顔をしていたチェットだが、何か思いつた用に表情が明るくなると俺たちの前に来てなんか語り出した。
「そうだ、せっかく3人のパーティーになったわけだし役割分担を決めていこうか!」
「それはいい案ですわ!」
役割分担?
ああ、攻撃担当とか回復担当とかそういうのか?
それで言うなら必然的に俺が攻撃担当だな。
それさえ決まればお前らはもはや何でもいいってことになる。
と俺の都合で進むわけもなく。
「俺さ、パーティーが3人以上になったらやろうと思ってたんだよ。作戦みたいなの!かっこよくね!」
二人でも作戦立てていいじゃん。ダメなの?
「私、作戦を立てて戦うのって初めてです」
よく今まで生き残って来れたな!
「それでね、今から言う3つの役割を3人で分けようと思う。一つは物理攻撃担当。そして、魔法攻撃担当。最後に回復担当。内容は名前の通りさ」
サポート系はないのね。アタッカー2にヒーラー1ね……。
こういうのはキャラの特性から役割を振っていくんじゃないの?
役割にキャラが合わせるの?
「いいですわね!役割とおっしゃってたから私てっきりヘキセンクヴォラルドボードリンさんの役とジェンフィイファトラドンドラステファンドラさんの役とグレファンセシミールデロリウヌアスさんの役を3人でやるのかと思っていましたわ」
さっきのおままごとの奴か、それ!
何の作戦を立てようとしてたの?
まあ、いいか。
とりあえず細かいところはあるけど3分の2でアタッカーだからな。
魔法担当になっても難癖つけてぶん殴ればいいよな!
「適材適所で言ったら必然的に俺は物理攻撃担当だよなー。相棒は何でもできるから……、クレサちゃんはどっちがいい?魔法攻撃と回復」
「私は……、それじゃあ魔法攻撃にしますわ。回復魔法は低級しか使えませんが氷魔法なら中級まで使えますので」
「わかった。クレサちゃんは魔法攻撃お願いね!じゃあ、相棒は回復頼むな!俺やクレサちゃんの体力がやばくなったら得意の回復魔法でちょちょいと頼むぜ!」
チェットが笑顔で俺に親指を突き上げた拳を向ける。
ちょっと待て!
何サクサク決めてんだ!
俺が回復担当?
何だ俺の得意な回復魔法っていうのは?
回復魔法はおろか魔法すら使ったことねーのに!
何よりお前らの攻撃が全く効かなかったから逃げ帰ってきたんじゃないのか?
攻撃担当替えろ!
第一チェットはお前どう考えても魔法攻撃担当だろ!
お前本当は魔法使いだろうが!
「それじゃあ行こうぜ!」
ちょっちょっと待て……。
なんでお前が勝手に決めたのに従わなくちゃ――、そういや誓ったんだっけ。今日はチェットのやりたいことに俺も全力を尽くすって……。
ちぇ、しょうがない。今回は回復に徹してやるよ。
俺はようやく起き上がり再び扉をくぐる。
それにしてもさっき夢で見たクレサとは違う女の子の聞き取れない話し声はいったい何だったんだろうか……。