四神5
「旦那様、どうでしたか?ちゃんととても面白かったですか?」
額に水滴が付いたクレサが恥じらうように目も合わせず聞いてきた。
いろいろ思うところはあるけど喋れないからな……。
ただまあ、無言であることと俺の表情から感想はなんとなく察してほしい。
チェットは一通りネタを終えたあと近くの岩に座り込み、真剣な顔つきで地面に何かを書きながら考えているようだ。大方ネタの修正とか考えているのだろうけど、それ全く必要ないから!金輪際見ることはない!
腹立つことにあいつがあんな真剣な表情をしてるのを見るのは初めてかもしれない……。
一生懸命になるのはいいけど、時と場合と方向性!
まったく嫌がらせ大好きか!
そんなに俺に迷惑かけるのが好きか!
まずは落ち着こう……。イライラしても仕方ない。
あの扉の向こうには俺のストレスを体を張って受け止めてくれる珍獣が4体もいることだし、今やるべきことはチェットをあの扉へ行かせることだ。それさえできればその先は罰にどうとでもなる。
さてどうするかな。
勇者の試練と言われて勇者じゃない俺がその方向性に悩むこと自体おかしいんだけどな。
俺が焦りすぎてるのか?いや、そんなことない。こんななにもない洞窟で時間もわからないままただ過ごすのはストレスだよな。おしゃべりしてストレス発散とかできたら少しは違うかもしれないけど、こっちはツッコみの衝動をひたすら抑えてのだんまりだ。一人だけ追撃ちかけられている。
俺の都合がだいぶ入っているけど、仲間の都合は勇者の都合だから仕方ない。
とは言っても「何のんきに座ってんだ!クズ野郎!」とか「さっさっと歩け!のろま!」とか口でそっと伝えられればいいんだけどそうもいかない。
しかし、このままいつ動くかもわからないまま横で突っ立ってるだけだとあふれ出るストレスに自分を押さえられなくなるだろう。
どうしようか……。
まあ、難しく考えても仕方ない。少し小突いたら気づくだろ!
日頃のお世話になっている気持ちがあったので背中に紅葉ができるくらいの気持ちで思いっきりチェットの背中を叩いた。
本当に軽い気持ちというか、ちょっと過剰なくらいのスキンシップのつもりだった……。
叩かれたチェットは10mぐらい吹っ飛んだ……。そして、そのまま動かなくなってしまった。
確かに悪意はあった。でも殺意はなかった。
急いでチェットに駆け寄る。
紅葉どころではない。背骨が曲がってはいけない方に曲がっている。
これは……、もうだめだ……。
頭に血が上ってきて何も考えられない。心臓の鼓動がうるさい。全身が熱い。
その直後、チェットの周りに光の粒が集まる。
この光は魔物を倒したときに出る奴に似ている。
勇者は生き返るんだよな?
そういう設定なんだよな?
誰かなんか言ってくれ!
次の瞬間、閃光が走り、思わず目を閉じた。これはこの洞窟に連れてこられた直前に起こったのと似ている。
すぐに目を開けると見覚えのある場所……、というかさっき立っていた場所からちょっと移動したところだ。
振り向くと後ろには小さい祠があった。
勇者が死んだら勇者の祠まで飛ばされるってさっき白虎がそんなこと言ってたな……。
ということはチェットが生き返ったということなのか?
チェットの脈をはかると……、ある。ちゃんと生きている。再起不能なほどに折れた背骨も元通りだ。
一件落着……。とはいかないよな。
結果生き返ったとはいえなんだか胸糞悪い。この世界に殺人罪があるのかとかそもそも戸籍も住民票もない俺をこの世界のどこの国の法律が裁けるのかとか正当化というか自分を許す言い訳みたいなことは思いつくが、これを認めてしまったらきっと俺は俺でいられなくなる。
殺意がなくてもこれなのかよ……。まさか俺の数少ない長所だと思ってたこのハイスペックステータスさえも俺に牙をむいてくるとはな。ことごとくアイデンティティーが扱いづらくなっていく。俺の唯一の交渉術だと思っていた肉体言語は今後控えよう……。
でも今まで触った人はいたわけだが、誰もこんな状態にはなっていない。特に繊細に扱おうという意識はなかったけど、とりあえず何らかの攻撃する意思を示した状態だと過剰なダメージを負ってしまうということだろうか。
早いうちにルールを把握しないと魔物と関係ない場所で謎の犠牲者が出てしまう。
低いうなり声を上げてチェットが起き上がる。
見た感じ外傷はなさそうだし動きもぎこちないといった様子はない。
至って普通だ。あの状態だったチェットがこれだけ普通ってことは例えばちょっとしたけがを治すために……、今それを考えるのは不謹慎だな。
「相棒!」
チェットが急に大きな声で呼ぶ。雑念で頭がいっぱいだった俺は急な呼び声に驚く。
というかよく考えたら俺たちは加害者と被害者の関係だった。チェットが無事だったことに安心していたが、普通だったらここから事情聴取とか裁判とかだよな……。示談は無理だしな。
「俺がさっきまで書いていたネタのメモ消した?」
……ん?何の話だ?
ああ、何か考えていた時地面に落書きしていたやつかな?
というか開口一番がそれなの?それならあの辺にあるよ!あの辺!
俺は光に移動させられる前にいたあたりを指を差す。
チェットは走ってそこに向かい座り込むと、
「あった!あった!ごめん相棒!俺、寝相悪いみたい!」
と言ってまた座り込んで何か落書きを始めた。
……あれ?もしかして覚えてない?
クレサは……、何かを探してウロウロしている。いったい何をやっているのかさっぱりわからないがとりあえずチェットの無残な光景を見ていないように見える。あれを見て何事もなかったかのように平然としていられるわけがない。
……ということは誰も知らないのか。俺がやったことを咎める人間はいないわけだ。ということは逆に言うと誰にも罰せられることもないということだ。罰を受けて罪を償ったとすることができない。
それが果たしてよかったのか悪かったのか……。
まあ、俺次第だな。
結果としては何事もなかったがこのまま何もないのは自分が許せない。
どうせ生き返る命だからって軽んじるわけにはいかないもんな。
どうしたらいいのかわからないけどとりあえず、罪滅ぼしということで、今日くらいはチェットの好きにさせてやるか……。




