占い10
最後の試練の話は終わり、ようやく俺も起き上がって朝食をとりにリビングに行くとなぜかチェットはテーブルに載った食べ物に頭を下げていた。
なんだ……、今日は神に祈りを捧げる日なのか?いや、今までお祈りしてたところなんて見たことない。
ああ、突然そういうのに目覚めたのか……。
……止めた方がいいかな。
「うるせー。少し黙れ!」
チェットが突然荒れた声を張り上げる。
俺はいつも通り何も言ってないんだが……。むしろ珍しく心配してやってるというのに何この仕打ち……。
いや、チェットの様子を見るにさっきのはどうも俺に言ったわけではなさそうだ。
というか何かするのをあきらめて俺が隣で朝食をとっている状況にすら気づいてないようだ。
察するにただ体調が悪いだけだろ。
さっき荒げた声を発した理由は知らんが、「うるせー」は誰かや何かに向けて言うものだ。
明らかこれはいつものチェットではない……。
いつもだったら「おう相棒、いつまで寝てんだ!そんなんじゃ、朝食を食べられて超ショックな一日になるぞ」とか訳の分からないことから始まってその後延々としゃべり続けるだろうに……。そう言えば最近チェットの口数が前より少なくなっているような……。
いや、そんなことどうでもいい。
チェットがこれではせっかく思いついた勝利の方程式が台無しだ。完璧なプランが立ったと思ったのによ……。
いや待て、チェットの担当はクレサの母親をここに連れてくることだ。
あの魔法を使えば楽勝なわけだが、最悪、俺が担ぎ上げてここまで連れてくれば問題ないな……。
うん、全く問題ない。
勝利の方程式はお前は代入が簡単でよかった。
そこでしばらくうなだれて今までの俺に対する嫌がらせを反省してるんだな!
俺はとっとと朝食を済ませた。
クレサが旅に出る準備をしている間にやることを探す。
外で雑草は抜けない。
紅茶は飲みにくい。
チェットの人間スピーカーは聞けない。
ただ暇を持て余していた。
なんか始めたいな、趣味みたいなもの。
退屈でしかない。没頭できるもの……。俺は何が好きだったのだろう……。
いや、せっかくだ。できればこっちの世界にしかないようなものがいいな。
そうだ、街に行ったときについでになんか買ってこよう。
何があるかだな、問題は……。
いや、違う。買い物できるかだ……。なんだかんだでカバン買ってねーし!
そんなこんなで暇を持て余しているとようやくクレサの準備が整ったようだ。
「それではおばあさま行ってまいりますわ」
クレサが元気よく飛び出す。
「気を付けるんじゃぞ、クレサ!」
ババアは心配そうに見送っている。
まあ、俺がついている限りクレサが変な奴らに絡まれたり大けがしたりすることはないだろう。安心してチェットの介抱でもして待っているがいい。
いつ帰ってくるか……、それは見当もつかないがな!いい意味で!
そう心の中で呟き、クレサの後を追う。というか勝手に進むなよ!
クレサはどうやら一つのことを考えていると他のことに気が回らないらしい。
追いつくと「おかあさまを見つける、おかあさまを見つける、――。」と繰り返しつぶやいている。そして、ちょいちょい道端の石に躓きそうになっている。歩いて1日かかるところに行こうとしているんだぞ?気を張りすぎだ。
そもそも街の方向はこっちで合っているんだろうな?俺も街まで行ったことないから間違っていてもわからないぞ。
ところどころ標識みたいなものが立っているが文字が読めないから何の役にも立たない。
なんかいやな予感してきたぞ……。
今日は街に着けず山の中で野宿とかになったりしたら2つの意味でお先真っ暗だ。
話しかけたいけどいきなりクレサの右の耳をふさぐっていうはどうなのか。でも確認は早いところしたい。
クレサの後についていきながらそんなことを考えていると突然不自然なほどの光の粒子が俺の周りに集まってきた。
なんだこれ?これは前に見たことある。
というかチェットの魔法でクレサの家に行ったときの光と似ている。
しかし、周りにチェットの姿はない。移動する直前にはチェットに手をつかまれた。たぶんそうしないと俺を運べなかったんだろう。
これがチェットの仕業じゃないとするといったいなんだ?
いや、その前だ。俺がこの世界に来たときの、ファノラのときに近い。
というかちょっと待った!クレサ、俺に気づいて!
おかしいでしょ、今の俺!全身が光に包まれているんだぞ?
なんでどんどん進んでいくの!
なんでどんどん進んでいけるの!?
視界に入ってないかもしれないけど後ろが不自然に明るくない?
この感じだとおそらく俺はこれからどこかにとばされる。
その前に俺が突然消えてもクレサが驚かないようになんか言っておかないと!
ゾンビ犬に殺されそうになるくらいだ。自力で危険から身が守れないようなら試練自体止めちまった方がいい。
気づけ!ええい、待ってたら駄目だ!
俺が慌ててクレサの右耳をふさごうとクレサに触れた瞬間にその光は強烈に輝きを増した。俺の視界は奪われた。
まだ真っ白で何も見えないが右手にはクレサの頭の感触はしっかり伝わっている。
ただ足元はさっきまで歩いていた森の中の少し柔らかい土の感触ではなく、踏み固められたような固い地盤になっている。
予想通りどこかに飛ばされたらしい。
「おい、お前らなんなんだ!あぁ、おい!こっち見てんじゃねぇよ!」
一瞬、何事かと思ったが、よく聞くとその声の主はクレサだった。
クレサの怒鳴り声に思わず手を引っ込めてしまったがとりあえずクレサは元気なようだ。
……というか今の俺に言ったんじゃないよね。
徐々に視界が晴れてくる。
ここは薄暗い洞窟かなんかなのか?とりあえず周りは四方八方が岩に囲まれていてところどころに松明に火が灯っている。太陽は見えない。
目の前にはクレサと……なぜかチェットがいた。
「よう、相棒!どうしたこんなところで?」
お前こそどうした。というかなんだそのテンション?体調が微塵も悪くなさそうなんだけど。
まあ、あの流れでここにチェットがいるということはなんだかんだで結局お前の仕業だろう。
「なんか気づいたらこんなところにいてよ。まったく訳が分からん」
ん?お前の仕業じゃないのか?
まったく訳が分からんはこっちのセリフだ!
とりあえず状況を整理したい。
「あらチェットさん、朝ご飯はもうお済になられましたの?」
クレサ、今はどうでもいいだろ。どうせならもっと有益なことを言ってくれ。明らかおかしいでしょ、ここ!
「いや、まだなんだ」
いや、その話し続けなくていいわ!
「あら、お嫌いなものでもありましたの?」
そういう問題!?そういう状況!?
「クレサちゃんが作ったごはんなら何でも食べるよ!」
黙秘権って知ってる?振られた話題に必ずしも答えなくてもいいんだぜ?罪を犯した人にも与えられてる権利なんだぜ!
「いえ、今日の朝食はおばあさまが作ったものですわよ」
ババアが作ったのもうまかったよ!ごちそうさまでした!
ただ、その話は今しないとダメなの?緊張感なさすぎだろ!
「そうなんだ。朝食は当番制なんだっけ?」
どうでもいい!
掘り下げなくていいわ、そんな話!
そんなこと言ってる場合か!
この状況が気にならないの?
いきなり知らない場所にワープしてテンパってるの俺だけ?
まったくわからないこの状況を整理するためにこの世界の人間から考察するのをあきらめて周りを見渡す。
徐々に目が慣れてきたのもあってさっきより良く見える。
「突然の出来事に戸惑っているようだな。お前たちをここに呼んだのは我々だ!」
突如、後ろから野太い声が聞こえてた。
声が聞こえたときにびっくりしたが、後ろを振り返って2度びっくりした。
振り返るとそこには青い龍、赤い鳥、白い虎、あと亀と蛇が絡み合った変な黒いやつがいる。
あいつら、何?ずっといたの!?
白い虎が口を開く。
「ようこそ、勇者の墓場へ」
勇者の墓場?勇者の墓場ってことはやっぱりチェットだよな。
いや、そんなことよりなんだこの展開。
というかさっきクレサが啖呵きったのってまさかこいつらにじゃないよね……。
この子は怖い者知らずか……。