占い5
ババアの怒号の嵐を乗り越えた。これが勇者の証を手に入れるための試練よりも数千倍試練っぽいことはこの際置いておこう。それよりも隣の部屋ではチェットとクレサが楽しそうな笑顔でサンドウィッチを作っている。俺が怒鳴り散らされているというのにまったくお構いなしだ。その笑顔がただただ憎い……。
もう自分だけの部屋でダラダラ横になりながら不毛な時間を過ごしたい。まあ、そんな場所なんてないんだけどね……。
あの楽しそうな二人をただ眺めている余裕すはなかったので俺は外に出た。手伝おうとすると休めと言われるし、お前らをただ眺めていると湧いてくる憎しみのせいで心が休まらない。家の周りには一面背丈の低い緑が広がっているだけで特に何もない。何かに集中して気を紛らわせるために、とりあえずその中で目についた雑草を片っ端から抜くことにした。煩雑に生えていた周りより背の高い雑草を抜いているだけだが、思っていたよりもストレス発散になった。身の回りを整理整頓することで心も整理されていく感覚だ。家の中は家具からキッチンの道具にしても整理整頓が行き届いているのに家の周りだけこんなに汚い雑草が適当に生えているというのも変だが……、まあ、あのババアのことだ。外には気が回らないのだろう。
目につく雑草を全て引き抜いて束にして森の方へぶん投げたところで家の扉が勢いよく開く。
「サンドウィッチができましたわ!一緒に食べましょう!」
クレサが笑顔で呼びに来てくれた。本音を言えばこのままとんずらしたいが、チェットに空を飛んで連れてこられたから、ここがどこでどこに向かえば町があるのかもわからない。この世界で生きていくには理由はわからんが俺を相棒と慕ってくれるチェットを利用しない手はない。気違いババアは面倒だがやむを得ず渋々家に入る。タダ飯もあるしな。少し雑用をしたせいか腹も減ってきた。俺もクレサの笑顔が素直に受け入れられるまでには回復したようだ。
部屋の中央に位置するテーブルには鮮やかに彩られた様々な形をしたサンドウィッチが並べられていた。普通のサンドウィッチは三角とか四角だと思うが、☆とか○とかとにかく色々な形のサンドウィッチが並べられていた。中には餃子みたいなやつや手巻き寿司みたいなのもあるし……。明らか悪乗りした跡があるんですけど……。お前らテンションあげすぎだろ……。こっちの身にもなれよ!
というか変な形に切った時に絶対あまりが出るだろ……、どこやったんだ?
まあいいや。そんなことよりさっそく食べよう!ババアと一緒に食卓を囲みたくない。
「おばあさま、昼食ができましたわ」
まあ、俺の思いなんていつも通りお構いなしだ。クレサが横になっていたババアを起こす。悪魔再臨。当然と言えばそうだが、俺も何か言えればこんなに一方的に恐れをなさなくてもいいのにこの制約がとにかく不便だ。また、開口一番に怒号が飛んで来る。
「おお、すまぬな、クレサ。……昼食?何を言っているんじゃ、朝食じゃろ?」
何言ってんだ、こいつ。いや、寝ぼけるにしても!さっきまでの怒りは見る影もなくババアはキョトンとした表情を浮かべている。
「あれ?朝食でしたっけ?ねぇ、チェットさん?」
いや、なんでクレサまで寝ぼけてんの?寝てないでしょ、あなたは!この二人暮らしは大丈夫なのか?
「何を言ってんの?昼食だよ。だってサンドウィッチだぜ!」
チェットはボケてないんだよな?サンドウィッチだから昼食の意味が分からん。
「ああ、そうでしたわ!サンドウィッチでしたわ!これは昼食ですわね!」
クレサがチェットの言葉を聞いて大きくうなずきながら言った。
なんなの?サンドウィッチは昼食という家庭内ルールでもあるのか?
「うーん、やっぱり朝食じゃろう……」
ババアは納得してないようだ。家庭内ルールとかではないらしい。どうでもいいけど!
「まあまあ、腹が満たされればなんでもいいじゃん」
元も子もないけど、俺もそれでいいわ。
それからババアがイスに座るとクレサとチェットも席に着く。四角いテーブルのそれぞれの辺に……。
お前らわざとじゃないんだよな……。空いている席の正面にババアが座っていることは。顔を上げるたびにババアを直視しなければならないことは……。マジかよ、食欲わかねぇ……。朝飯食ってないのに……。
しかし、最初の心配とは裏腹にチェットとクレサを中心にその食事会は明るい雰囲気で進んだ。さっきまで怒鳴り散らしていたババアはもう完全に吹っ切れているようだ。
物忘れにしても激しすぎんだろ、このババア!
「誰がババアだ!アホンダラ!」
突如、穏やかな空気感をぶっ壊すババアの恫喝に脊髄反射で体が縮こまる。誰かババアって言ったか?誰も言ってないよな。チェットとクレサはよくわからない街の話をしている。何言ってんだこのババアは?ボケが始まってんのか?いや、ボケが始まってるに違いない。
クレサはこういうババアの奇行には慣れているのだろう。特に取り乱すこともなくチェットと話しを続けている。
俺も気にしなくていいのかもしれない。目覚まし時計みたいに急になってはまた止まる。そういうものだと認識しておこう。
しかし、その心配をよそにその後ババアは特に何事もなかった。何回かババアと目が合ったが特に何を言われるでもなく、変な目で見られることもなくただ黙ってサンドウィッチを食べていた。この食事会で面倒だったのはむしろクレサだった。「これおいしいですか?」とか「紅茶のおかわりいかがですか?」とかの質問攻めで……。そのくせ俺と目が合うたびにサッと目線をそらすし……。どうしろっていうんだ。
チェットの情報通りご飯は確かにうまかった。サンドウィッチなんて誰が作っても一緒なはずなのにうまかった。なので結局最後まであまり食欲がわかなかったのが残念だ。目の前にいんなよ、何もされなくても嫌だわ……。
皆が食べ終えると誰に何を言われるでもなくクレサは食器の後片づけをし始める。そして、チェットはそれを手伝っている。狭いキッチンでさらに俺まで行くと邪魔になりそうだが、そのまま席についているのは目の前でババアが紅茶を飲んでいて気まずい。部屋で右往左往していたが庭の雑草でも探して抜いて来ようと外に出ようとしたときババアは口を開いた。
「お主、ちょっとわしの部屋に来なさい」
その声は最初、どこから発せられたかわからないほど穏やかで落ち着いていた。というかお主って俺のこと?振り返るとババアは真っ直ぐ俺を見ていた。ババアは席を立つと俺に手招きしてから隣の部屋に入っていった。
今はだいぶ落ち着いているしあの状態からまた一方的に怒鳴られるて事はないだろう。本当は心底行きたくなかったがチェットがクレサと仲良く食器洗いをしている様子を見ていると当分ここから抜けられそうにない気がする。どうせならこのままぎくしゃくしたままは嫌だ。怒っている様子ではない今のうちに和解しとかなくては……。
俺は部屋に入り、ババアに促さられるまま目の前にある椅子に座る。
「さて、先ほどはお互い興奮してしまってろくに会話にならなかったが――」
……お互い?
「――そろそろ本題に入ろうか。わしの言いたいことはまだ言えてはおらんしのう。」
じゃあさっきはあれだけの時間で何を言ってたんだよ!俺も聞いてなかったけど!
「わしの目が黒いうちは絶対に何があってもどんなことが起こってもクレサを嫁に出す気などない!どうしてもというのならわしに認めさせてみろ!」
……何、急に?何言ってんだ、このババアは?クレサが嫁に出る?それは早いと思うがこの世界のことはよく知らんからそれは置いておいて、なぜそれを俺に言うの?ボケてもいいが知らない人に迷惑かけないようにしてくれ!それができないのがボケか……。クレサのあの乱心ももしかしたら精神異常な老人の介護から来るストレスなのかもしれない。
「何をわけのわからないことを!お主、指輪を渡したであろうが!」
……指輪?サボッチャからもらったあのMPが回復するあれか?えっ、じゃあ、結婚相手って俺!確かに渡したけどあげたつもりはないし、結婚指輪にしては実用的すぎるだろ!しかもその指輪自体にセンスのかけらもない。あれをずっと付けさせるのはいじめに近い。それに普通そういうのって給料の3か月分とかじゃないの?あれ貰い物だし……。俺無職だし……。それにあって数秒後の出来事じゃん。断れよ!
事態の整理が追い付かない。今回はいったいどんな超展開に巻き込まれているんだ?
俺が一人困惑しているとババアが余裕ある上から目線で言った。
「今からわしがお主の実力を測ってやるからのう。わしが思わずうなずくほどの実力があるならクレサを任せてやってもいい。じゃが、最初に言っておくがわしのハードルはお主が思っているほど低くはないからのう」
そう言うとババアはドヤ顔で俺を見てきた。
俺もその言葉を聞いてようやく一安心できた。どうやら知らない間に10歳ぐらいの少女に求婚していたなんてわけわからない事態になっていたようだが、このババアが認めなければそれは実現できないらしい。基本的には成り行きに身を任せるスタンスでいくが、さすがに倫理的、道徳的におかしいことは拒んでいくスタイルだ。
あれだけ豪語するくらいだ。きっとこのババアのハードルはエベレストより高いだろう。いやもっとだな。絶対に何があってもどんなことが起ころうともそのハードルを飛び越えてしまうことはないだろう。それはあの怒りっぷりから容易に想像できる。ロリコン、変態、なんちゃらにはならなくて済みそうだ。
まあ、あと面倒そうなのは方法だな。実際のハードルがさっき食べていたサンドウィッチくらいだったとしても俺も協力するからあまり時間のかからない方法にしてくれよ!




