占い3
泥だらけのその子をよく見てみると、身長は1mを越えるくらいでとりあえず小さくて可愛い。年は10ぐらいだろうか……。髪は肩まで届くかくらいの銀髪のショートカットで黄色いワンピースにサンダルとラフな格好をしているが、佇まいかキリッとした顔立ちかはわからないがどこか品を漂わせている。きっとひどい暴言を吐かれたのはなにかの間違いだろう。
疲れたのか知らないが、戦い中についた泥を一通り叩き落とすと一息ついてまた地面に座り込んだ。お尻がまた汚れたことには気づいていないようだ……。何だかんだ言っても所詮はガキンチョだ。
「あのどちら様かは存じ上げませんが本当にありがとうございました。私はもうしばらく休めば、回復魔法も少しなら使えますので大丈夫です。どうぞ旅の方、お先を行かれてください。良い旅を」
そうは言われてもこんな少女を森の中に一人おいていくわけには行かない。チェットだったら一瞬の迷いもなくおいていくけども……。倫理的に?いや、それはそうなんだがなぜか根拠もないのに強烈に置いていってはいけない気分になった。先に行ってくれと言ったあとも、なぜかちらちらこっちを見ては目が合うたびに目線をそらしているからだろうか。かすり傷が数箇所ある程度で大したことはなさそうだけど、やはりおいていくという選択肢は俺にはない。
というかさっきまでは砕けた口調と丁寧な口調のギャップに驚いていたけど、丁寧な口調にしても無駄に丁寧すぎないだろうか。10歳の言葉とは思えない。この子は一体誰にどんな教育を受けてきたのか……。
そんなことを考えていると何やらブツブツ言い始めた。おそらく魔法だろう。少女は魔法詠唱を言い終えて手を天にかざした。しかし何も起こらなかった。何一つ変わったように見えない。
「あら。私としたことが先ほどの戦闘で魔法を使いすぎましたわ」
しかし、MPが足りないようだ。
……さっきの泥を落としたあと地べたに座ったりMPないのに魔法を使おうとしたりこの子はちょいちょいおっちょこちょいだな。これでわざとじゃないんだったら……。
この子がかなり心配になってきたから家まで送り届けてあげたいけども……、まあ、無理だよな。声をかけられないし、だからと言っていきなり手を引いたら変質者か誘拐犯だし。この子が無事に家に帰り着くにはこの子自身が自力で家まで歩く以外はないな。俺にできることはせいぜい襲い掛かってくる魔物や障害を排除するくらいなものだ。
いずれにしてもこんないつ魔物が襲ってくるのかもわからない森の中にいつまでもいるわけにもいかないだろう。なるべく早くこの子が自力で家までたどり着くだけの体力が回復すればいいんだけど魔法も使えないし回復アイテムも持ってない。この状況で急かしても何も事態は進展しな……。
そうだ!あれだ!サボッチャからもらったこの指輪なら!
手に付けていたダサい指輪を取る。これは確か、祈りをこめればMPが回復するんだったな。回復魔法が使えるならこれでまずMPを回復してもらって、それからHPを回復すればいい。そうすれば早く帰れる。
そうと決まればと俺は少女に指輪を差し出した。特に何も考えないまま少女に渡そうとしたときふと思った。
これは受け取ってもらえるのか?知らない人からいきなり無言で渡されても困るだけだろう。どうにかして受け取ってもらう方法を考えるべきか?
今回は何の軌跡かその心配は無駄に終わり、そのまま嬉しそうに手にとってその指輪をまじまじと見つめている。……見つめている。……見つめているだけだった。使えよ!
しばらく眺めているとパッとキラキラした笑顔でこっちを向くと
「一生大事にしますわ」
とだけ言ってそのまま大事そうに握り締めた。どうせ俺には必要ないからあげるのは構わないけど使えよ!大事にするならMPを回復して!
その後も少女は指輪を強く握りしめたまま、時々ほくそ笑んで座っていた。そして、待たされること1時間、ようやく歩って帰るだけの体力、気力が回復したらしい。魔物は一体も出てこないし……。寝転がるわけにはいかないし……。会話ができればそれなりに楽しかったかもしれないが……、無言。無駄な1時間だった。それでもなぜか置き去りにするという選択肢は俺にはなかった。
少女はお尻についた汚れを手で払いながら起き上がって言った。
「私はこれからおうちに帰っておばあさまに報告しますので、ぜひご一緒に来てください」
少女は俺の手を掴んで歩き出した。いや、鼻歌混じりにスキップし出した。そこまでの回復はいらなかったじゃない!?
なんか知らんが合法的にこの子を家まで送れることになれたらしい。ただ、手荷物もほとんどないし、見た目からは何をしていたのか全く分からない。何の報告かは知らないけど俺はいるの?まあ、一緒に行っていいなら行くけども。
少女に導かれるままについていくと、最初に寝転がっていた草原に戻ってきた。そこに家らしき建物は一見だけ。チェットが挨拶してくると言って向かった占いババアの家だけだ。まさかあの小屋の子?ということは料理上手な孫娘ってのがこの子?
この少女は子供っぽいミスはちょいちょいあったが人としては結構優秀なレベルと言っていいだろう。やはり俺が睨んだ通り占いババアとやらはできる人なのだろう。たぶん俺の知らないこと、考えたこともない考えを持っているに違いない。ぜひこの機会にご高説願いたいものだ。
「ただいまー」
と言って勢いよく上機嫌に小屋に入っていく少女。
「おかえり、クレサ」
とそのあと少しかすれてはいるが落ち着いた女性の声が奥から返ってきた。
ドアから中を覗くと真っ先に部屋の奥にある大きな暖炉が目につく。今は外も暖かいし使ってはいないのだろうが先の何気ないやり取りからかこの家全体の雰囲気自体に温かさを感じる。
人の声の合間からは自然と共に生きていることを主張するように虫や鳥の声が聞こえる。
中に入ると暖炉の手前には誇りひとつない3人掛けのソファーがあり、キッチンには調理器具がぎっしり並べられている。占いババアは何でもきっちりしているのが好きなのかもしれない。キッチンとは反対側にはドアがある。さっきお帰りという返事が聞こえてきたのはそのドアに向こうからだ。
クレサと呼ばれた黄色いワンピースの少女は俺に上がってくださいと言うとソファーに腰掛けるように勧めた。俺が座ったのを確認すると彼女は手際よく茶の準備を始めた。
なんてできた子なんだ!記憶はないが俺が10歳程度のころここまでしっかりと人に接することができていただろうか?占いババアは優秀な教育者でもあるのだろう。ますます会うのが楽しみだ。
なんとなく心を暖めようと火のない暖炉に手をかざしていると先ほど声がしてきた部屋の中のドアが勢いよく開いた。
「おかえり、クレサちゃん!」
振り返るとうれしそうな顔をしてチェットが出てきた。俺の存在には全く気付いてない様子でチェットはそのままクレサに走り寄る。クレサはチェットが近づくとうまく躱し、チェットが出てきた部屋に入った。
少女がその部屋に入ってからようやくチェットは俺のことに気付いたらしい。
「おう、相棒来てたんだな」
心なしか落ち込んだような顔をして言ってきた。こいつはまったく……。
俺はチェットが何かを離したそうにしているを見て、絡まれる前にとクレサが入っていった部屋に勝手に入った。
中にはクレサとのほかに背中が曲がっている老婆がいた。この人が占いババア……。頭皮が見え隠れするほど薄い白髪ショートに紺色のローブを着て大きな背もたれのある椅子にどんと座っていた。クレサから感じる品性はこの人の孫だからという理由でも十分納得できるほど何か言葉にはしがたいオーラのようなものがあった。
ステータスといい、言語といい俺はこの世界でかなり特殊な存在であることは間違いない。もともとこの世界の人ですらないから当然と言えば当然だが……。そんな人が俺を見てどんな言葉をかけるのか、すごいでも変わってるでもいい、きっと俺が今まで見てきた人とは全く異なる視点を持っているはずだ。それが少し楽しみだ。
なんて思ってたけどその期待は最初の一声から見事に裏切られた。
「うちのクレサをたぶらかしたのはお前か!クソガキ!ロリコン!クズ野郎!」
ものすごい剣幕で言われのない罵倒を受けた。品性とか語ってた自分が恥ずかしいくらい言葉が汚い。
クレサをたぶらかす?何を言ってるんだ、このババアは……。
俺のイメージとは恐ろしく悪い方に異なる実像にただ驚いた。
なんか悲しくなってきた。
ひどい悪口を言われたことにじゃない……。
所詮この世界にまともな奴なんていないってことに……。




