占い2
「着いたぜ!相棒!」
ようやく地面の感触を味わうと少しほっとした。実際はどのくらい飛んでいたかはわからないが目的地に着いたらしい。顔をあげてみるとさっきまでいた街並みは見る影もない。というか何も見えない。視界が真っ黒だ……。
チェットの使った魔法は俺があの謎の空間から初めてこの世界に来た時に使われた魔法のような空間の連続性を無視するようなワープではなく、平たく言うと高速3次元移動だった。実際に体験するとあの魔法は一瞬というほどあっという間というわけではなかったけれど、速度は体感的に高速道路を走る車よりも速い。本来なら受けるであろう身が凍りつくような風も俺を包んでいた暖かい光のおかげでなんともなかったのは幸いだ。空中を移動するので歩くことによる弊害、例えば勾配や地面の凹凸といったものは関係がない上に同じ移動手段を持つものがいないから接触事故もない。小回りもきくし今まで乗ったことがあるどんな乗り物よりも優れている。
確かに女王もびっくりなある意味究極魔法だ。
……まあ、それはあくまで一般的にはの話だ。頭痛いし気持ち悪い……。
離陸と着陸の時の急加速と急減速時に起こる体内の血液が一気に逆流するような感覚には体が持たない……。おそらく最短でも5分は今の地面に寝ころんだ状態のままだろう。今まで受けたダメージの中で最大だ。低血圧恐るべし……。できれば今度からはこれを使えない、チェットの行ったことない場所に行きたい……。
「おい、相棒!着いたってば!」
頭に血が回らず、黒く染まっていた視界が徐々に明るくなる。
辺りは見回す限り漠然と見える緑と茶色、今倒れていた地面からは芝生のあの独特のにおいを感じる。しばらくすると視界がはっきりしてくる。芝生の草原の中に一軒だけ小屋が立っていてその草原を外からの視線をさえぎるように木々が凛然と立っている。どこかで見たことある景色に似ているがあの小屋から感じる雰囲気はどこか温かい。
「相棒、日向ぼっこしている場合かよ!」
さっきからチェットの催促がうるさい。俺だって好きで横になってんじゃないわ!
「相棒!俺ちょっと先に行くな。早くババアに勇者の証を手に入れたことの報告をしないといけないんでな。日光浴楽しみ終わったらあの小屋に来てくれ!」
そんな報告したい相手なのにババアって……。敬意があるんだかないんだか……。
などとツッコむ気も起きずそのまま手を少し上げた。
あとでもいいならお言葉に甘えてここでゆっくりさせてもらおうか。どっちにしろまだ時間かかりそうだし、確かに今日は天気がいい。
俺はそのまま仰向けになる。こうやって自然の中で横になるのっていつ以来だろう……。いや、俺には記憶がない……。
まあ、いいや。ほかほか暖かい日差しが、ときより頬に当たる涼しい風が、やわらかい芝生の感触がとても心地いい。そのまま大きく体を伸ばす。この世界に来る前の俺はどうだったか知らないけど、こっちの世界に来てからはいろいろなことがあった。ストレスフルな生活が続いたからな、最高にいい気分だ。
この先もこのくらいゆっくりした生活を送りたいな……。
いや、なんだかんだあったけどこの世界での俺は割と恵まれているほうだよな……。
普通は金もない、通じる言語もない、知り合いもない。そんな世界に突然連れてこられたらせいぜい野宿からの野垂れ死にがオチだろう。なのに俺は一日目からこれまでベッド以外で寝てないもんな……。
あっ、……牢屋。でも王宮という国の最高の建物で何日も寝泊りができたしな。金もあって言葉も通じて知り合いがいる人でも王宮で何日も寝泊りできる人なんてそうそういない。今も最高級の天然のベッドで横になれているし。
なんか開放的な気分になる。自分の想定していたこととことごとく違うことが起こっていつもイライラしていたけど、たまにはいいなあ、こういうの。言語が通じないとかステータスが高いとかは先天的なものだと割り切れば実際はラッキーなんだよな。普通に生活する分には……。
のんきにこの世界での出来事を振り返っていると突然大きな音が聞こえてきた。小屋とは反対の森の方からだ。それも1回じゃない。何度も立て続けに聞こえてくる。こんなのどかな場所で一体どういう神経をしてたらそんな大きな音を出せるのやら……。開放的になるにも限度ってもんがあるでしょうが!ここは工事現場か!人が気持ちよくなっているとすぐこれだ!なんなのほんとに、俺にたまにでいいから休みをくれ。音の質から考えて何となく察しはつく。この世界で土木工事なんかに使われるような大型の機械は見たことがない。これだけの大きな音となると魔法か?とすれば人か魔物かが暴れているんだろう。実際には何が起こっているかは知らないが静かにしてもらえるように交渉してこよう。肉体言語でな!
仕方なく起き上がり音のなる方へため息つきながら歩き出す。
躊躇なく森の中に入りその音を頼りに進む。音源に近づくと森の中では考えられないものが無数に落ちている。
なぜこんなところに氷があるんだ?なんの氷だ?かき氷か?いや魔法か?ということは誰かが戦闘しているのか?それとなんか臭い……。なにか腐った匂いだ。まったく俺の不快指数がとどまることを知らない。速攻で黙らせてやる。
途中から落ちている氷を頼りにたどっていくと少し開けたところで魔物を見つけた。体長が2mぐらいある灰色の犬のような外見だが、目玉が飛び出て垂れているし、腹の肉は抉れて肋骨が見えているし、何より体全体から強烈な腐敗臭がする。匂いの原因はコイツだったようだ。早く倒したほうが世のため俺のためだな。しかし、あんなゾンビ化したような犬を見てもなんとも思わないとはすっかりこの世界に慣れたものだ。初めて魔物を見たときは割と躊躇したもんだが、まるっきり怖さを感じない。
まあ、いいや。そんなことよりあのゾンビ犬が氷を出したとは思えない。仮に氷を出せたとしてもあいつの場合は体当たりが一番強い。そう考えるとほかに誰かいるはずだ!出来るなら全身氷に身を包んで匂いを何とかして欲しい。
最初はゾンビ犬に重なって見えてなかったが、ゾンビ犬の奥に黄色のワンピースを着た小さい女の子がいる。おそらくあの女の子が氷使いだろう。どう見ても女の子の方が劣勢だ。ゾンビ犬はただでさえ不潔だというのに口からだらだらと涎を垂らしてその女の子を食べようとする勢いだ。
人命は大事だがあのゾンビ犬に直接触るのは嫌だ。けど女の子を見捨てるわけにもいかない。となればとりあえず足元に落ちていた石を拾い上げ、思いっきり投げてぶつけた。ゾンビ犬は予想してなかった俺からの先制攻撃にひるみ、大きく後退した。その隙に女の子とゾンビ犬の間に割って入った。俺の石礫のストックは残り5つ……。それまでに決着をつけねばあいつを直接倒さなくてはならない……。
占いババアの家には温水シャワーとかあるのか?そもそもあの家に上水道が通っているとは思えない。今までにない緊張感で戦いに臨んだが、結局ゾンビ犬は相当痛かったのか鳴きながらどこか走り去ってしまった。追いかけてトドメを刺そうと思ったが女の子の傷が深そうでその場においていくのはどうしてもできなかったのでそのまま逃がしてやった。決してあいつが臭いから取り逃がしたわけではない。
ゾンビ犬が立ち去ったのを見て安心したのか強張っていた表情が安堵の表情に変わる。なかなかの恐怖体験だとは思うが、取り乱すことなく対応していたことからもこの子は相当なものだ。気恥ずかしさからか俺に話しかけてはこないが、感謝の念があるのかしきりに俺に笑顔を向けてくる。かわいい子だ。
女の子は体も服も汚れていたが泥とか血で腐敗臭はしなかった。本当に良かった。しかし、服についた泥を払ってあげようと手を伸ばすと、温和な雰囲気だった女の子の表情が一転して険しくなって言い放った。
「泥ぐらい払えるわ!ガキ扱いすんじゃねぇぞ!」
……何をそんなに怒ることがあった?服に勝手に触ろうとしたからか?それにしたって、なんで魔物を退治した今が一番取り乱しているの!?
と思った矢先、さらに一転して申し訳なさそうな表情になって言う。
「私としたことがとんだ御無礼をいたしましたわ。この度は命の危機を助けていただきありがとうございます」
今度はびっくりするぐらい丁寧な言葉使い……。
……この子はなんだ?




