試練15
その夜は街中が盛大に騒いだ。
国を挙げて勇者誕生を祝われ、試練会場だった場所には街の人も参加者も、もちろんチェットも豪華な食事とともに笑ったり、叫んだりとにかくにぎやかな夜だった。
勇者の証と勇者の扱いの差がかなり気になったが、きっと騒ぎたかっただけなのだろう。この世界の人間はずいぶん頭が軽くできているようだから。
俺もチェットの強い希望で祝賀会には参加したものの素直にお祝いを言えるような何もかも忘れて騒げるようなそんな気分じゃなかった。もう手の届かないまぶしい場所を見るのも辛くなって俺は静かに会場を後にした。
俺はこれからどうすればいいのだろう……。
勇者の証を手に入れることはチェックポイントだ。これがなければ魔王倒して妖精王にあっても元の世界に帰れない。そんなことしなくても救い出した恩を売れば……とは思ったがきっとどうせそういう融通は利かないのだろう。勇者の証を手に入れるために俺はできる限りのことはしたと思ってる。限界まで知恵を働かせ、体を動かしたと思っている。それでもできなかったんだからきっとはじめから駄目だったのだろう。まったく無意味だった。
帰れなくなった場合、俺はどうなるだろう?
魔物を倒してそこで得た金で何とか食いつなぐ生活をしていくのか……。いや、魔物は金を落とさない!今持ってるのだって魔物が追いはぎして手に入れたものを保管していた部屋から正義の名のもとに拝借してきただけだから……。
というかこの世界で生きていくということは一生『はい』と『いいえ』しか話せないままだ。まだこの世界に来てから3週間弱しかたってないが一度も意思疎通がうまくいったためしがない。はじめはステータスが高ければどうにでもなると思ってたんだがコミュニケーション能力がこんなに大事だったとは……。これからこの世界で生きていくということは……つまり、絶望だな。
買い物すらままならなかった俺が絶対に一人で生きていくことはできまい。意思疎通ができない俺が生きていくには今までのように誰かを利用するしかない。
誰を?チェットか?サボッチャか?それともまだ会ったことない誰かか?
この戦闘力を生かして用心棒として生きるとかコロシアム的なところで戦士として雇われるとかなら何とかなるかも……。何にせよ、俺を必要としている人を探さないといけないな……。
いや、無理だ。話しかけられないから必要としている人を聞き出せない。文字も読めないから張り紙や新聞を見てもわからない。たとえそんな人が見つかっても話せないから俺を売り込むこともできない。
もうお先真っ暗だ……。
なんか疲れちまったんだよな……。壁に行き詰っても考えて考えて考えて行動すればどうにかなると思ってた……。とにかくあきらめなければ……でももう全然だめだ……。
……あれ?この感じ記憶はないけど感覚がある。いやなんか思い出せそう……。
うっすら脳裏に浮かぶ断片的な記憶……。
この世界で見たものではないから元いた世界のものか……。
その前後の記憶はないからなぜかは思い出せないけど、一人で誰もいない、舗装されてもいない道を自分の意志で歩いていた。人から逃げるように……。
セミの鳴き声が耳障りな暑い日だった。汗をだらだら流し、背負っていたリュックのせいで背中が猛烈に熱い。休憩したいと思っていたところで 小さな廃屋を見つけた。中に入って手ごろな椅子があったのでそこに腰掛けて、リュックの中にあったお昼ごはん?を食べた。そしてそのまま眠りについた。
それは何の前触れもなく起こった。
突然俺の近くで大きな大きな破裂音がした。目を見開いてその音が何なのかわかった。銃声だった。
驚いて周りを見ると銃を持った男たちが目の前に……。
最初は大きな音にビビっただけだったが銃口を向けらていること、相手は数人いること、その誰もが言葉の通じそうにない外国人であること、そういった情報が一気に頭に入り込み、それらの情報整理が数秒かかって終わって事態が把握できると全身の力が抜けその場で尻餅をついた。
……その時終わったと本気で思った。
これはなんだ?まさか直前の記憶か、この世界に来る。クソ、この記憶の前後に何があったか思い出せないけれどろくな目に会ってないな。異世界に来ることと同じくらい稀有な現象にあってんな。それにこれじゃあ帰っても生きているかどうかすら怪しいな。別の意味で帰れるのだろうか?いや、帰ることに意味があるのか?
……もうどうでもいいか。もうどうでもいいや。
会場から離れたところに屋根がある誰もいない建物があった。今日はここで眠ろう。明日のことは明日……、明日ってなんだ?未来のことはどうでもいい。絶え間なく連続で来る今だけ考えて今は眠ろう。遠くで明るい会場が見えないように、やたら輝いて見える星々の光が当たらないように、一人静かに眠りについた。
「おい、こんなところにいたのかよ!」
男の声で目が覚める。
「何やってんだよ、相棒!」
その声の主はチェットだった。
「よく見たら目に涙の跡があるぞ!知ってるか?男の涙には需要ないんだぜ!」
泣いていた?俺が?何の涙だったんだろう……。
「そうそう、あの時は興奮しすぎてて聞けなかったけど相棒はこれからどうするんだ?」
……。あの時っていつだ?壇上で天井に行く方法を考えていたときかな?だとしたらこっちも聞いてないから気にすんな。いつもなら、その質問じゃ答えられないから『はい』か『いいえ』で答えられるものにしろ!と言わんばかりに睨み付けるのだが……。
今はそういう気分じゃない。
俯いたまま黙っていた。もともとその質問の答えは俺の中にはないしな……。
「特に決まってないなら……その……一緒に来てくれないか!」
……。
今は一人にしてほしい。俺がこれからどうするかはもう少し時間が欲しい。それが今の本音だ。
「そう言えば今まで聞いたことなかったけど、何かやりたいことがあるのか?」
……俺のやりたいこと?
ええっと、魔王を倒すこと?
違う!それは妖精たちが俺にやってもらいたいことであって俺のやりたいことじゃない。
勇者の証を手に入れること?
いや、突き詰めると元の世界に帰ることになるのか?
でも何で戻りたいんだ?何も覚えてないのに……。
生物が生きる目的は……、
違う違う、そんな深い話じゃなくてもと手ごろなこと、今俺がやりたいこと……。
俺がやりたいことってなんだ?
その質問もその答えも今まで考えたことなかった。
『いいえ』
俺が何をしゃべれても、言える言葉はこれ以外浮かばなかった。貧困の極みだと思ってた俺の語彙以上に俺の中身は空っぽだったんだな……。
「俯いたままの相棒を見ていれば何かに苦しんでいるのはわかる。けど、今相棒が何に苦しんでいるのかそれはわからない。でもそれはきっとすぐに答えが見つかるようなものじゃないんだろ?」
チェットの体に、言葉に、心に、力が入る。
「ただね。それでも人は前に進まなきゃいけないんだ。心がつぶれそうなほど重くて足が震えても、魂が叫びだしたいほど痛くてうずくまっていてもそれを抱えて前に進まなきゃいけない。……自分が自分でいるためにはそんな強さが必要なんだ。あの時俺は何が何でも立ち向かわなきゃいけなかったんだ……。」
……。
固く握りしめられていたチェットの拳がゆっくり開く。
「要するにね、俺は俺の人生をストレートに決める!ってこと!」
キメ顔で俺を指差すチェット。
「……ハハ、このセリフは何度言ってみても団長のようにうまく決まらないんだよな」
そう言って苦笑いしたチェットは無神経で馬鹿でちょっと熱い、そんな俺が今まで思っていた今までのあいつではない大きさを感じた。過去に何があったのかは知らないけどきっとそれと戦い続けているからこんなに大きく見えるのだろう。「要するにね――」からは何言いたいのかいまいち理解できないけどチェットの全身から伝わる思いが俺の何かを呼び覚ます。
「まあなんだ。うまいことは言えないけど。勇者になった今も俺自身実際には何も変わってないんだ。だから強くて賢くてかっこいい相棒に俺を助けてほしいんだ。最近魔法じゃなくて剣を使って戦うようになったのも相棒と一緒に初めて戦った時のあの一蹴りが今も俺の心を熱くしてるからさ!俺の心に火をつけた相棒となら、相棒と一緒ならどんな世界もきっと楽しいと思うんだ!一緒に来てくれ!俺には相棒のその本当の強さが必要なんだ!」
チェットに話しかけられる前はただ絶望してただけだったが……、
チェットは妖精たちの人形じゃない本当の俺を絶望から救い出してくれた。
俺のやりたいこと……、チェットの言う通り、きっと今は俺の中にその答えがないのだろう。
いろいろ見ていろいろ聞いていろいろ感じて、その先に……。
難しいことはわからないけど確かなことはここで何をするでもなくうずくまっていることは俺のやりたいことではないということ。
言っておくがお前が思うような強さはない、俺にあるのはただの物理的な強さだけだ。
それでも、そんなでもお前が望むなら一緒に行ってやらんこともない。
……いや、この言い方はおかしいな。
これから頼むぜ、相棒!
差しのべられた手をつかむ。
これからが俺の本当の冒険の始まりだ!