試練14
急いで試練会場に戻ると試練は終わっていてちょうど勝ち抜いた一人が壇上に上がったところだった。
「今回この試練を勝ち抜き見事勇者の証を手に入れたのは……、この男!チェットだァァァアアア!」
メイクの叫び声とともに拳を突き上げるチェット。あいつが勝ち抜いたのか……。理由とか知らんけど俺と会った時はもう勇者の証欲しがってたもんな。俺からはただ心から勝ち抜きおめでとうと言いたい、祝福の気持ちを送りたい。
……がそれは置いといて、勇者の証を手に入れるのは俺だ!最低のどんでん返しだが勇者になれるのはこんな茶番劇で勝ち残ったやつではなく勇者の証を使ったやつだ!チェットの手に渡る前に何としても奪い取ってやる!
問題はそれがどこにあるのかだ……。
会場は王宮に行く前に一応隅々まで回ったけど、それらしきものは見つからなかった。
詳しくは探してないけど人が入った形跡のある場所は隠せそうなところは全部探した。まだこの会場内に探してないところがあるとすればどこだ?
そんなのところがあるとは思えないけれど……。
いや、違う。あった!壇上だ!
ずっとメイクが司会進行してたから行きにくかったんだよな……。壇上に上がったら上がったで注目集めそうだし、それでファンクラブに押し寄せられたらもう身動き取れなくなりそうだし……。
けど、こうなったら行くしかない。ここからパッと見なさそうなんだけど案外隠し階段とか隠し扉とかあるかもしれないし……。
考えがまとまり壇上に向かって歩き出す。そこで突然のアナウンスが入る。
「ヤベェ……。すみません。私からチェットさんへの賞品授与の前にここで一旦休憩にします。10分後にまた再開します。少々お待ち下さい。そしてぜひ皆さんも世紀の瞬間にどうぞお立会いください!」
メイクはそう言うと足早に壇上から降りて走り去っていく姿が見えた。
もしかして今から取りに行くのか?
……なんかそんな気がする。何せヤベェって言っってたし……。
渡そうと思ったら持ってくるの忘れていたって感じだろう。ということは後をつければおのずと勇者の証にありつけるってわけだな。休憩時間と聞いてその時間に壇上を探そうと思ったんだがやめだな。早とちりしなくてよかったぜ。
というか休憩時間10分ってことははじめから王宮にはなかったんだな……。サボッチャにはほんと悪いことしたな。俺があそこに何人も放り込んだせいで今頃裁判みたいなことやってるんだろう……。ほんとごめん、そして、俺からの復讐だと思ってがんばれ……。
余計なことを考えてメイクの後を追う。メイクの足取りは迷いなく、そして、素早く向かっている。
そして、メイクの足はそのまま会場の隅にあった小屋へと向かう。ここは……確か、トイレだ……。
なるほど大勢の人が簡単に出入りできるからこそ逆に隠しているとは思わない、逆転の発想というやつだな。確かに俺も適当にしか見てなかったもんな……ここ臭いし。まんまとやられたぜ。ここまで用意周到だったのに最後に一番の失敗を犯した。俺に後をつけられるなんて!
俺もそのままトイレに駆け込む。奥からがさごそと音がする。奥に進むとそこでなんとメイクは、普通に用をたしていた……。
あれ、おかしいな……。隠し扉っぽいっものをいじるでもなく、置物の配置を変えるわけでもなく、カギを取り出すわけでもなく、ただ……出していた。
用が済むとそのまま普通に手を洗い、ポケットからハンカチを取り出して普通に手を拭き、ハンカチをしまうとそのまま普通に出て行ってしまった……。
なんだそれ!あの「ヤベェ」は漏れそうって意味かよ!あいつほんと自由だな!俺がルールブックだ!って奴か!
じゃあどこだ。やっぱ壇上のどこかか!メイクが戻ったらたぶんすぐ再開されちまう!考えている暇はない。俺の足なら奴が戻るまでに2,3分の差はつけられるはず……。その2,3分が勝負だな。
急いで戻って壇上に上がる。チェットが隣でうるさいがそんなのは無視だ。見渡す限り怪しいくぼみや出っ張りはない。隠し扉とか隠し階段の線はないな。じゃあなんだ。どこに隠してあるというのだ。
あきらめるな、俺!そもそもここら辺は壇上に上がらなくてもだれからでも見える。探すなら壇上からしかわからない場所……。……そうか!……天井だ!
上を見上げると天井には照明とそれの取り付けに足場として使われるのであろう複数の板があり、人や物がいそうな、ここからでは見えないスペースは結構あった。メイク自身がそこに取りに行くことはないと思うが、誰かがそこにいてメイクの掛け声とともに勇者の証かそれが入った箱かなんかをピンスポとか当てて落とすということは十分考えられる。演出的にも面白そうだし。それに天井に隠すのは防御の面も優れている。あの天井ならそう簡単に侵入できるもんじゃない。天井に入口らしきところはあるが、ジャンプしたって絶対に届かないから梯子とか段差とか何か道具を使わなければたどり着かない。けどそんなものを使っていれば周りにいる人は一発でわかる。隠すなら天井はうってつけということだ。
よし来た!問題はどうやって上がるかだ。ジャンプでは届きそうにない。梯子は……俺は注意されても無視するし向こうがやる気なら一瞬で返り討ちにできるから問題ないんだけど……どこにあるのかもわからない梯子を用意する時間はない。1分もしないうちにメイクが帰ってきて再開してしまう。
……絶望的だな。だが俺はあきらめない!何か手はあるはず……。
そうだ!この建物の屋上に上って、屋根をぶっ壊して入れば、天井に行けるんじゃないか。幸いこの建物の隣に高い塔がある。そこから跳べば……行ける!今日は冴えてるな!
隣でうるさいチェットを振り切り、急いで近くの高い塔に上り、そこから勢いよく跳んだ。こんなアクロバットは何度もやっている、うまく会場の建物の屋根に着地できた。よし!あとは屋根をぶっ壊すだけだ。俺の最高ランクの攻撃力がこんなところで発揮されようとは……。というかこの町で一般人に囲まれたところを抜け出したときの俊足然り、本物の女王を見つけたときのこの左目然り間違った使い方がほんと多いな!
思いっきり屋根を殴ると大きな音とともに人一人入れるくらいの大きな穴が開いた。でも音は同時に上がった花火の音によってうまくごまかせた。
「長らくお待たせしました!これより勇者の証の授与に参りたいと思います!野郎ども!世紀の瞬間を見逃すなァァァアアア!」
メイクの叫び声に呼応するように鳴り響く怒号にも似た歓声が聞こえる。
始まっちまった。
けど俺も天井に潜んでいるであろう人から勇者の証を奪い取るだけだ!
ギリギリで俺の勝ちだな!
機敏な動きで中に入り、あたりを見回すとそれっぽい人が……いない!誰もいない!箱もなければツボもない。
そんな馬鹿な!絶対にここにあると思ってたのに。じゃあいったいどこにあるっていうんだ!
「それではチェットさんこれをどうぞ!」
ん!どうぞ?お前もう持っていたのか!?いったいどこに!鞄も宝箱的なものも持ってなかったろ!
真下を覗くとメイクはポケットからさっきトイレで使っていたハンカチを取り出してチェットに渡した……。
いやいや、まさかね、だってトイレで手を拭いたハンカチだよ、まさかね……。
「チェットさん、今の感想をどうぞ!」
「これが勇者の証かー!んー!なんかこれ湿ってない?ちょっと気持ち悪いんだけど…… 」
そりゃそうでしょ!
「勇者の証というものはそういうものです。」
それは違うでしょ!
「そういうものか。まあやったぜ!ポポポ村のみんな、占いババア、団長、そして相棒!俺やったよ!」
嬉しそうにはしゃぐチェット。
チェット待て、俺の見立てでは99.99999999……%偽物だぞ!
刺青みたいになるって聞いてたからもっと薄いものだと思ってたのに……。
まあそこは百歩譲って布で不思議な力で刺青みたいになるとしてもそれを欲しがっていた人が何千人といるものなのにポケットから取り出して渡す?
大切なものなんじゃないのかよ!大事に扱えよ!そして、あまつさえそれで濡れた手を拭く?突然の雨でぬれたとかなら千歩譲って目をつぶろうと思うけどトイレの後だぞ!日常における予期できる事象だろうが!
そんなことは俺の常識じゃあ絶対に考えられない。こんなこと絶対にありえない!
……ん、ちょっと待て。なんか引っかかった。
……俺の……常識?
……。
もはや再び動くだけのエネルギーはなく、俺は、チェットが勇者になるさまをただ上から眺めていた……。




