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旅立ち1

 体周りの光がまばゆく輝き、一瞬、視界が真っ白になった。

 

 何も見えないが場所が変わったのはわかった。後ろに手をついて座っている感覚から雑草が生えている場所。そして、耳からは水が流れる音がする。あたりが見えるようになってくると目の前には澄んだ水がゆらゆら流れる川と獣道のような舗装されていない道、そしてあたり一面を覆い尽くすような原っぱが広がっていた。とりあえず周りには誰もいない。人の手が入っていない自然公園のような場所だ。こういうところは嫌いじゃないが、この場所にいて何か思い出すものもないし、バーチャル世界でもなさそうだ。奴の説明どおり異世界に飛ばされたと見ていいだろう。……その事実がいまだに信じられないけどな。


 さて、俺がすることは……。

 足元には長めの茶緑色のダサいローブとくしゃくしゃと線の引かれた紙が近くに転がっていた。これで何とかしろってことか?

 というかそれしかないのかよ!袋とか武器とか地図とか色々あるじゃん、必要なものは!丸投げかよ……。


 今まで起こったことを整理してみる。

 ここは妖精とか魔物とかが存在する異世界で元の世界に帰るにはこの世界にいる妖精王(現在、魔王に捕まっている)に勇者の証を持った上で交渉する必要がある。

 そして、俺に関してだが、能力値がはじめから最大だが『はい』と『いいえ』しかしゃべることができない。あと記憶がない……。

 といったところか。


 まぁーでも、『はい』と『いいえ』しかしゃべれない件は能力が最大なら別に仲間とかいらないし、ゲームならありがちな設定だ。まわりの人も『はい』か『いいえ』で答えられるような都合いい話し方をするはずだから問題ないだろう。

 記憶がないのは問題だが忘れているのは自分に関することだけで物や事象に関することは覚えているから日常生活に支障をきたすようなことはないだろう。

 記憶がないのは奪われたか、単に異世界に来る過程のショックで一時的に失っているだけかもしれない。不安ではあるがそのうちなんとかなるだろう。


 よってこれから俺が取るべき行動は、

①勇者の証を手に入れる、

②魔王を倒す、

③妖精王に会う、

④帰る

 といった流れか。

 魔王とそのへんでばったり会うなんてことはないだろうしどこかに魔王城とかそういった所があるはずだ。妖精王が捕らえられているって言っていたし。要はその場所がわかればいいわけだ。


 だがその前にここはこの世界のどこで勇者の証はどこにあるのか。この世界の構造を早めに把握する必要がある。


 近くに転がっていたマントを羽織り、川下の方に道を進んだ。下る方が楽だからね。ここがどこかはわからないがインフラ整備も満足にできないような世界なら水辺を歩いていればいずれ集落にぶつかるだろう。世界四大文明も河川の近くだったような気がするしね……。


 自分が誰なのか……。なぜこんなことになったのか……。そういう大事なことは覚えてないのにどうでもいいことだけ覚えている自分が悲しい。


 それから数時間歩いたが街らしい街もなく、また、人はおろか魔物とやらにも出くわすこともなかった。不思議と肉体的な疲労はないのだが……、心配になってきたせいかかなり疲れてきた。というかアホ妖精め!転送するならもう少し場所を選べ!

 いまさらここで愚痴っても仕方ない。……少し休もう。


 川の水を見るととても澄んでいる。覗き込むと水面には反射した自分の顔が写った。ま、正確には自分の顔としか考えられない顔だけどね。そういえば左目だけで人を見るとその人のステータスが数字で見えるんだっけ。試してみよう。


 水面に映った自分の顔を右目をつぶってみると顔の横に

チュルパ

Lv.1

HP  20000

MP  999

ATK 999

DEF 999

MAT 999

MDE 999

SPD 999

という文字が浮かび上がった。


 スゲースゲー、能力最大ってほんとだったんだ!そしてHP20000って……、限界突破してんじゃん。死に方わっかんねぇ!!!Lv.1なのにやり込みすぎー、ワッハッハー。


 ……こうやって自分でテンション上げていかないとダメだな。能力が高いのはわかったが数値にされても実際にどんなもんかはわからないしな。だが今の俺の精神的な心細さはこうでもしなきゃやってられない!再び鼻歌交じり(他人からすれば無音)で歩きだした。


 日が沈みかけてきた頃にようやく遠くに街が見えてきた。ホッと一息つく。これでとりあえず大きな心配事は消えた。

 その街並みは大きな街だが歴史の教科書にある吉野ヶ里遺跡の再現イメージっぽい街並みだ。この文化レベルはそんなに高くないのかもしれないな。人口はそこそこありそうだから宿泊施設はあるだろう。エルフとかドワーフとかそういうの期待してたんだが残念なことに普通の人しかいない。まだ異世界かどうかは懐疑的だ。


 さてと、まず情報を集めなくては……。ファノラのやつがなんか説明していたが大雑把なことしか言わないからここはどこでなんなのかさっぱりわからん。とりあえずそういう細かいことを聞かなきゃな。どの人に話しかけようか。あたりをキョロキョロしていると街の入口にいる若い女性と目があった。あの人に聞いてみよう。

「すみません」

 近くまで寄って声を掛けるも……。まったく表情が変わらないままこちらを見ている。まるで聞こえていない……。いや、そうじゃない。俺が話せないんだ……。


 ……どうやって話しかければいいんだ。『はい』と『いいえ』しか話せないのに。

 こういうときは『はなす』のコマンドにカーソルを合わせて……と思ったが当然、コマンドもカーソルもない……。

 こういうときは向こうから話しかけてもらうしか……。そもそも知らない人が街に入ってきたら勝手に話しかけてきてくれるんじゃ……と思ったが向こうもチラチラこちらを見ているが一向に話しかけてきそうな雰囲気がない……。自分から行かないとダメだな。

 相手の気を引くために肩をチョンチョンと叩くのは……と思ったがバッチリ目が合っている人に使う方法じゃない。相手は若い女性……、最悪捕まる……。


 もし普通の人だったらこういうときどうするだろう。

 「すみません」か……、いやその前に「こんにちは」だな。せめて基本的な挨拶だけでも言えれば……。なんせ『はい』と『いいえ』しか話せないし……。


 あっ!『Hi!』だ!『Hi!』があった!初対面の挨拶として少し馴れ馴れしい気もするがこれならいけるんじゃないか!軽い足取りでその人に向かい、ジェスチャーも交えてできる限り爽やかに言ってみた。


 ……笑われた。


「さっきから何かソワソワしてるなぁと思って見てたらいきなりこっち来て『はい』だなんて……。別に呼んでないわよ、おませさん。フフフ……」

 返事したと思われてる。俺の渾身の挨拶なのに……。恥ずかしくなって一目散に街の中へ走り去った。



 落ち着け俺!単にあの人は教養がなくて「Hi!」が英語だと挨拶になるということを知らなかっただけかもしれない。若い女性だったしな……。見た目は西洋人だがそれが英語圏の人間かどうかはわからない。


 そのあと3回ほどすれ違った人に試してみた。

 3回、恥かいた。


 俺が話せる『はい』と『いいえ』って応用、効かないのな。俺、返事しかできないのな。

 ハァ-……。


 コミュニケーションとる方法ってほかに何かないのか……。

 話せない人がコミュニケーション取る方法……。


 あっ!


 文字だ!

 俺、日本語と簡単な英語なら書けるぞ。

 紙なら最初に拾った謎の紙切れがあったはず……、あった!ポケットに入れといたんだった。そのへんに生えている草の汁を使って「こんにちは」と「Hello」と書いた。どっちかわかればいいんだけど……。


 見た感じ、人が良さそうな人が目の前を通り過ぎようとしていたので、肩を軽くたたいてその紙を見せた。


 その人ははじめは不思議そうな表情でその紙をみていたが俺の顔を見るとにっこり笑って、

「これならこの道まっすぐ行って二つ目の十字路を左だよ」

と教えてくれた。


 ……。

 そんなわけあるか! 二つ先の十字路を左に行くと「こんにちは」と「Hello」があるってなんだ!わからないならそう言えよ!とんだペテン野郎だ!


 どうやらこの世界ではひらがなとアルファベットは使われてないようだ。言葉は通じるのにな。


 やれやれ、仕方ない。コミュニケーションをとるためにこの世界の文字を覚えなくてはならないようだ。


 これは俺の考察だが文字には大きく分けて2種類ある。

 文字自体には音はあるが意味はなく、いくつかある記号の組み合わせで意味を表すひらがな、カタカナ、アルファベットのたぐい。そして、文字自体に音も意味もある、漢字、数字のたぐい。


 後者であるなら覚えちゃえすればコミュニケーションをとるのは比較的楽なんだが……。まあ、どちらにせよやらねばなるまい……。不便すぎる。


 街の中を歩きながらいくつかある看板を見てみた。がしかし、文字らしきものは見当たらない。

 板には絵とくしゃくしゃとした落書きのようなものがあるだけだ。この世界は識字率が低いのだろうか。


 文字を探しながら街の外れの方まで来てしまったが最後まで文字らしきものは見当たらなかった。

 文字でコミュニケーションをとるのは無理なのかもしれないと諦めかけていたとき、みすぼらしい姿をしたヒゲもじゃのおっさんが新聞っぽい紙を毛布のように体に掛けて横になっているのを見つけた。走って詰め寄りおっさんから奪い取ってその紙を見てみた。おっさんはとても驚いていたがそんなの関係ない。


 その紙は薄くて破れそうなのに、裏も表もインクの臭いでぎっしり詰まっていた。しかし、俺の知ってる新聞紙に限りなく近いそれに書かれている内容は全くわからなかった。

 その文字を知らないせいもある。だが文字自体がどういうふうに書かれているのかわからない。全部がくしゃくしゃとした線で一つ一つの違いがわからない。


 この世界の人は皆ピカソ並みの感性を持っているのか。もしくはこれはおっさんの落書き帳なのか。

 ……いや、これはなんかの意図で文字を読めないようにされているとしか考えられない。

 結局読めないのか、自信満々に文字に関する考察をしていた自分が恥ずかしい。


 ……いや、待て。

 裏に「こんにちは」と「Hello」と書いた紙にもこんな感じでくしゃくしゃした文字が書かれていたような。


 もしかしたらファノラがなにか大事なことを書き残してくれたのかもしれない。

 どうやら俺はまだ終わってないようだ!


 驚いてたおっさんに紙を渡しくしゃくしゃ書かれた部分を何度も指さした。

 おっさんは不機嫌そうな顔をする。

「今度は何だ。読めってか。兄ちゃん一体何なんだ、まったく。これ読んだらそれ返してくれよ」

モチロンだ!


「ええっと、なになに。『伝え忘れてたことがありました』」

よし、キタ!


「『期限は特にないですがなるべく、はようせい(早うせい)、妖精だけに。ファノラ☆』……だとよワッハッハー、おもしれえな、これ。」


 くだらねー……。ほんとくだらねー……。

 あいつ、今度会ったら声じゃなくて技かけてやる!


 それに何笑ってんだ、おっさん。ファノラが妖精であることを知ってないと面白くないだろ!

 ……知ってても面白くないけどな。


「オイラ、新聞は漫画しか見ねぇがコイツは今まで読んだ中で一番おもしれぇや。」

 子供か!そして笑いの沸点低っ!


 ものすごい疲労感に襲われながら俺は馬鹿なおっさんをあとにした…。


 ……どうする。

 声かけもダメ!

 文字もダメ!

 ほかに何かあったか……。

 体を使うとか!

 ジェスチャーなら……と思ったが世界の構造を聞き出すのにどういう動きをすればいいんだ。

 手話……と思ったが知らん。手話で返されてもこっちがわからん。

 

 でも体を使う方法でなんか思いつきそうなんだが……。


 あっ!


 あった!

 元いた世界でも世界の共通言語として使われていた言語が!『肉体言語』だ!

 肉体言語とは主に拳を使って対話する言語である。話がエスカレートすると血が流れることもある。動物はもちろん知能が高く別の方法でもコミュニケーションがとれる人間のあいだでもよく用いられる世界最古にして不滅の言語である。


 ファノラのつまらない説明を受けている時から今まで溜まりに溜まったフラストレーションも発散できて一石二鳥だ!発声は一切いらない。そして、俺のステータスは最大。相手を屈服させるのに失敗なんてことはないだろう。よし!元気出てきた!!!


 さてとどの方とお話しましょうかね。

 辺りを見回したときちょうど俺と似たような格好をした男が歩いていた。身につけているものはマントとカバン。そして、マントの下から剣と鎧が見える。コイツだな。


 さっそく、俺は殴りかかった。

 ……あっ、間違えた、拳でこんにちはをした。


 一発目はわざと外す。不意打ちで倒してしまうとあとで文句を言われるだけで会話が成立しないからだ。はじめての肉体会話の基本ですな。向こうにも会話の機会を与えてやらんとな。


 そいつは俺のはじめの挨拶を躱すと少し驚いていたが気を取り直すように一度深呼吸をしてからこちらに向き直って言った。


「なんだ!もしかしてお前も勇者の証目当てか!」


 俺の次弾パンチ、Nice to meet you(お会い出来て嬉しいです)が止まった。


 勇者の証だと!コイツなんか知ってるのか?



2017/09/18 改稿

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