試練2
いつもなら隣の人間スピーカーがモーニングコールとばかりに鳴り響くのだが……、今日は静かだ。待ちに待った勇者の試練の当日ということもあってさすがのチェットも緊張しているのか……。多少心配になって寝返りを打ってチェットの方を向くと、俺に気づくやいなやチェットはものすごい笑顔になった。
「おはよー、相棒!聞いてくれよ!昨日この王宮の料理長に聞いた話なんだけどさ――」
……緊張?何だそれ?まったくそんなことはなかった。まあ、こいつは大丈夫か……。自分の死に10日の期限があったのにわざわざ2日で帰ってきたような男だ、こいつに恐れるものなどないのだろう……。勇者の証を手に入れるのは俺だが、長い付き合いのよしみでチェットにはせいぜい善戦してくれたらいいんじゃないかなくらいには心配している。
俺にとっても大事な日だ。いつも通りのルーティーンでまず、ゆっくりと時間をかけて起き上がる。部屋の隅に置かれている大量の乾パンで適当に朝食をとる。この世界に来て服を買いに行けず、最初の原っぱにおいてあったローブを羽織り身支度を整えた。
着る服や朝飯とか選択の幅がなさすぎて朝から悩むことが少ないのはいいことなのか、悪いことなのか……。
まあなんでもいいか。さてと頑張りますか!
慣れ親しんだこの王宮を旅立つ時が来るとは……。少しだけ感傷的な気持ちになる。衣と食に関してはカスだったが、住に関してはたぶん今後味わえないレベルで充実していたと思う。名残惜しいが……、いや、さすがにおいしいものを食べたい。
朝のさわやかな風に身を包まれながらチェットとともに会場に向かって歩いていると城門のところにサボッチャが立っているのが見えた。数日ぶりに見た彼は……、なんだろう、なんか疲れていた。きっと仕事が大変なのだろう……。きっと仕事を大変にしているのだろう……。
サボッチャは俺たちを見つけると重そうな足取りで近づいてきた。
「よう、バフモッティ!とおまけ!今日だろ!試練!」
「そうだぜ!」
「お前には聞いてねぇよ、バカ!」
チェットの返事に間髪いれずに返すサボッチャ。
結局、この二人の関係も修復することはなかった。何がそこまでこじれているのかまったくわからない。俺に言わせれば似たもの同士なんだからもう少し仲良くしたらと思うけど……、まあ、きっと今後二人が、二人に会うこともないだろうからどうでもいいけど……。
「そうそう、試練に行く前にバフモッティに渡したいものがあってな。お前はもう行っていいぜ!そして二度と来んな!」
サボッチャはチェットを執拗に邪険に扱う。
「バカ!お前、この城の何様だよ!お前こそ牢屋の前から出てくんな、バーカ!」
チェットも負けじと言い返す。
「なんだとバカって言ったほうがバカなんだぞ!」
「お前もさっき言ってたじゃねぇか!」
「何言ってんだ。あれは別に本気で言ったわけじゃないもんね!まさか本気だと思ったの?だっせー!」
「俺だって本気じゃないもんね!」
「いや、俺の方が本気じゃない!」
「いや、俺の方が!」
……相変わらず園児の喧嘩だな。何がしたいんだこいつら……。残念だけどどっちもバカだよ!
付き合ってられない。そう思って俺が先に行こうとする。……と思ったけどチェットト一緒じゃなきゃ会場の場所がわからない。
誰か止めて!
「待てってバフモッティ!渡すもんがあるんだって!」
初めて願いが通じたのか、慌ててサボッチャが引き止めてくれた。
しかし、その代償というかなんというか……。
「相棒!俺先行ってるから!また後でな!」
チェットは語気を強めてそう言うと振り返って一人で先に行ってしまった。
会場は……、まあ、人の流れからなんとなく探すか……。
「あいつ、本当にムカつくよな!バフモッティ、お前スゲェよ!よくいつも一緒に入れるよな!」
おう、サボッチャ……、ありがとう、俺の苦労をわかってくれて……。
サボッチャは感心した表情で続ける。
「あいつの発言はいちいち子供っぽいというか……、きっとあいつ自身が子供なんだよね、精神的に……。そういうところがダメなんだよ。というのも――」
そのあともチェットの悪口を意気揚々と語るサボッチャ。さっきの感謝は取り消しな!お前も同じだよ!お前も俺の苦労を知れ!
もういい、俺も行くわ!三度、俺は会場へ向かう!
「いや、だからちょっと待てって!渡さなきゃいけないものがあるんだって!」
それはわかってんだって早く渡せよ!ここはもう牢屋じゃないんだぜ!お前の話を最後まで聞いている理由はないんだぜ!
口でそう言えさえすれば簡単だというのに……、まさか話せないことがこんなに不便だったとは……。コイツの人格の問題が9割だけどな……。
「さてと、こんなところで長話して試練に遅れたら笑い話だもんな!本題に入ろう」
笑い話にもならんわ!その前フリすらいらないから早く話せよ!
「えーっと、この試練の前にこれを渡そうと思ってな!王宮のみんなからだ。受け取ってくれ!」
サボッチャはそう言うとポケットから何かを取り出すと強引に渡してきた。手に握らされたそれは指輪だった。飾りはなく全体が緑一色、これでエメラルドなら格好もついたものだが緑と入ってもわりと深めの緑で地味な輝きがある……、しかも、無駄に太い。はっきり言って心を許した友達相手でも……、付けて会うのは厳しいレベルだ。これ作った奴はいったいどんな目的で……、センスの欠片も感じられない。今後、装飾品を作るのはやめたほうがいい。
「必要ないかもしれないけど試練の間だけでいいから絶対これを身につけててくれ!必ずいいことが起こるから!それが俺たちにできるささやかな恩返しなんだ」
恩返し?というか王宮のみんなからって俺何かしたか?王宮のみんなと仲がよかったのはどちらかというとチェットの方だと思うんだが……。俺に何か返すとしたら罪滅ぼしが正しいんじゃないか?
というかなんにせよ、プレゼントなら何かで包めよ!何で生身?
「それはただの装飾品じゃないんだぜ!」
ああ、そうか、この世界はそういう世界だった。もしかしたらこれを装備すると何かの能力が上がるとかかな?……でももともと俺のステータスはMaxだしな……。
そうだ、売ろう!
「その指輪は魔法源の指輪と言ってな。使うとなんとMP……、魔法力が回復するんだぜ!」
魔法って!嫌がらせかよ!魔法なんて一つも使えないのに!魔法力を回復する方法の前に魔法力を使う方法を教えてくれよ!なにか悪意を感じる……。というか指輪を使うの概念もわからないし……。
「本当はいろいろやってもらったこと、偽女王を倒したり、本物の女王を見つけたり、その後も王宮の宿直してくれたり……」
宿直?聞いてないけど、やってないけど!?
「それらに対して何一つ恩返しできてない。しっかり国を挙げてもてなしたかったんだけど、時期的にそれもできなくて……」
どんな名目でもてなすつもりだったの?内容によっては他国につけこまれるぞ?
「いや、こういう話は別れの時にするもんじゃないよな。最後にこれだけは言っておく。試練、頑張れよ!応援してるぜ!」
そういうとサボッチャは俺の右手を取って強く握り締めてきた。
俺自身、そこまでこの国のために何かした感じがしないんだが……、まあ、サボッチャは悪い奴じゃないし、お願いとあらば付けてやらんこともないな。つけたところで能力が変わらないだけで損はしないからな。お金に困ったら真っ先に売り飛ばすけどそれまでは大事にするよ。
サボッチャの前で指輪をはめると俺も会場に向かうために翻って城門をくぐった。城門をくぐって気づいたがいつの間にか王宮で働くみなさんが王宮のテラスや窓からこちらに向かって手を振っていた。
ちょっとテンション上がってきた!




