勇者の証9
「あっ、お帰り相棒!」
俺に気づいたチェットがけんかをやめてこちらに向き直った。
「ん?バフモッティ、なんかイライラしている?」
サボッチャが俺の様子をみて不思議そうに言った。
してるよ!お前らのバカっぷりに!
「……あっ!俺がまだ秘伝の薬渡してなかったから……。わりぃな」
チェットがカバンを漁りはじめるがこれ以上お前らの好きにして余計なストレスをためたくない!確かにまだもらってないけど、空腹を満たすのが先だ!
俺はやつらに大きく手招きしながら牢屋に向かって歩き出した。チェットとサボッチャは不思議そうな顔をしていたが、ウェットンがとりあえず行ってみようと言ったのを聞いてついてきた。
牢屋に向かう途中でサボッチャが俺の考えに気づいたみたいで独りで話し出した。
「そうか!偽女王を替え玉に使うんだな!確かにその手があった!だがあまり面白くないな。顔はそっくりでも中身は女王になりすまそうとした性悪だぞ。試練の間の仮にとはいえそんなヤツを玉座にねぇ……」
まあ、その通りなんだけどただひとつ言うことがあるとすれば……、彼女は本物です。あんまり本人の前で性悪とか言わないほうがいいと思うよ。別に忠告とかはしないけど。
不満な態度を見せていたサボッチャにウェットンが最悪の場合はだからということを強く言い聞かせている。だが、ウェットンがすでにその作戦に納得がいっているように見えることに腹が立ったのか。
「ダメだ!そんなの絶対に!許せない!俺が本物を見つけ出してやる!」
そう叫ぶとサボッチャは走ってどこかに行ってしまった。
「待て!これ以上、女王不在の状況を長引かせるのは得策ではない!」
ウェットンはそう叫びながらサボッチャを追って行ってしまった。それ、叫んじゃダメな奴じゃね?
というかもうこの騒動終わりにしたかったのに……。偽者が本物なのに……。
まぁでも、どんなに頑張って探しても本物がいる場所はわかってるんだからあとは試練の開催日近くになればおのずとうまくいくか!
完全に通路に取り残された俺とチェット。完全に部外者なのに城内で放置していいの?俺のこと盗賊だと思ってんだよな?信用しすぎなんじゃないの?別に何もしないけどさ。
さてと、とりあえず御役御免ということで飯でも食いに行きますか!
チェットは……、まあ、こいつはこいつで何とかするだろう。俺がここから離れるとチェットが走って追いかけてきた。
「相棒、壁直しに行くのか?」
……いや、ここは言うとしたら秘伝の薬じゃないの?相変わらずの見当違い。まじめか!
『いいえ』
「ああ、トイレか!先に行ってるぞ!」
全然違うけど先に行ってな!
チェットの背中を見届けるとさっそく玄関に向かう。
「あっ、バフモッティさん、こんにちは」
門番は俺の姿を見るなりニコニコとした笑顔で挨拶をしてきた。すっかりこの城の人たちと馴染んだものだ……。大丈夫なのか、ここの人たちは?
まあ、それは向こうの勝手だし俺がとやかく言うことじゃない。俺は俺の用事を済ませよう。身振り手振りで外に出たいという意思を伝える。
……が伝わらない。必死にポーズを取ったり外を指差したりしてもニコニコしながらこっちを見ている。いろいろやっていると王宮で働いている人たちがわらわら集まってきて俺を取り囲んでじっと俺を見ている。その間、別に誰も何も言わない。その目が悪意や冷たいものではなく明らかに好意的だ。沈黙と好奇な目が無性に居心地が悪いのでなんか気まずくなって外にでるのはあきらめて一般人立ち入り禁止である王座の間に逃げ帰った。
最初は問題ないと思っていた言葉が使えないということがこんなに大変だったなんて……、それになんで誰も何も言わなかったんだ?何かやったか?まあ、こういうのは考えても答えは出ないんだよな……。
「相棒、遅かったな。もしかしてもら……、いや、野暮なことは聞かないでおくよ」
チェットは部屋に戻ってきた俺を見ると壁の修理をしながらそう言った。たぶん思っているようなことではないよ、トイレ行ってないし……。
「ん?なんだかお疲れ気味だけど何かあったか?もしかしてお腹がゆる……。いや、野暮なことは聞かないでおくよ」
昨日から何も入れてないのにそっち系のトラブルはない。
「いや、その感じ……。違うな。もしかしてもら……。いや、野暮なことは聞かないでおくよ」
だから違うって!しつこいな!ガンガン聞いてくるじゃねーか!
疲れてはいるがエネルギーの使いすぎじゃなくて蓄えがないだけだから!
「何があったかは想像ついたけど頑張れな!」
ついてねーよ!
「相棒ならどんな高い壁でも乗り越えられるって信じてるぜ!」
この壁もその壁もあまり高くないはずなんだけどな。金もあるし文化圏内だし……。
「相棒、そういえば相棒が捕まっててくれたあいだ、俺がどんなことしてたか知らないだろ。面白いかどうかはわからないけど、これ聞いて少しでも元気になってくれ!」
チェットの体が疼きだし、目が輝き出す。相当話したかったらしい。まったくお喋りなんだから……。
まあ、俺自身、壁の修理もできないし、道具も一つしかないし、やることとないし、何もやる気がないしBGMくらいの感覚で聞いてやるよ。
「まずな、俺な!この王宮を抜けたあとな!すぐに魔法で飛んでポポポ村に行ったんだよ!」
最初からテンションたけーな!
「もう帰らないって言ったんだけどやっぱ故郷に帰ると落ち着くな!家族もすぐにお帰りって言ってくれて…着いたのが晩飯時だったからひさしぶりに家族で美味しい夕飯を食べたよ!なんだかんだ言っておふくろの味は最高だよな!」
美味しい食べ物の話はやめてくれ!
「その日は外が既に真っ暗だったから次の日から秘伝の薬を取りに行ったんだよ。朝起きたらテーブルにはおいしい朝食が並んでてな!朝からモリモリ食べちった!」
食べ物をもりもり食べる話もやめろ!
「秘伝の薬は存在が広まらないように洞窟に隠してあるんだけど去年あたりからその洞窟にボス級の魔物が住みついたらしくてさ。一人で大丈夫だと思ったんだけど結局勝てなくて、一回家に帰ったんだよ」
じゃあ、その部分は別に話さなくていいわ。
「帰ったらちょうどお昼でさ。ポポポ村で育てた新鮮野菜を丁寧に調理したポポポ村特製スープ飲んだりポポポ村の近くにある湖で連れたばかりの活きのいい魚を丸焼きにしたものにかぶりついたりさ」
別に何食ってもいいけどさ。ランチのくだりはいらなくね?もしかしてわかっててやってる?
「そんな美味しいランチを取りながら家族に協力を頼んだら一緒に来てくれることになって、午後は家族みんなでその魔物に挑むことになった」
そうかよかったな、協力してくれて……。戦闘能力低いんだからはじめからそうすればよかったと思うけどな。
「やっぱり仲間が多いといいな!一人じゃ勝てなくてもたくさんの力が集まれば怖いものなしだ!すぐ片付いちゃった」
……そうか。たぶん村の人たちは自力で始末できるから放っておいたのかもしれない。ちゃんと活躍したのか?
「それでな。すぐ相棒を助けに行こうと思ったんだけど、その前にどうしても寄っておきたいところがあって、俺たちは占いババアって呼んでいるんだけど、占い婆の家に寄っていったんだ。占いババアの予言はすごいんだぜ!百発百中なんだ!」
百発百中ならそれは占いじゃなくて予知じゃないの?まあ、なんでもいいけど。
「そうそう占いババアには最初に相棒に会う前に占ってもらっていてな!すごく強い人がロクルルエント王国の街、ブラスティナに現れるからそいつと一緒に王都ユーゼンを目指せって言われたんだよ。それまでは半信半疑だったけど、いやー、占いババアはすごいなー!」
……そのババアのせいか、俺の今の状況は。というか百発百中って言うけどあれはお前の粘り方の問題じゃね?
「用事を済ませた後、すぐ相棒のところへ行こうと思ったんだけどその日はもう遅いから泊まっていきなって言われて……。相棒には悪いけど確かにあの後すぐに行っても城の門が開いてない時間だったし、それならと思って泊まっていくことにしたんだ……。なんか大変な思いしている間いい思いしてごめんな……」
大変だったのは違いないけど原因は牢屋に入れられたことじゃないからいいけどさ。
「それでな!ババアの孫娘が手料理を振舞ってくれたんだよ。晩御飯と朝御飯の2度も!顔は可愛いからてっきりギャップで料理下手かと思いきやこれがまたうまいのなんのって!しかも年齢が100近いババアのために体にいいものばかり!びっくりしちゃったよ!」
さっき謝ったよな?いい思いしていたことに!舌の根も乾かぬうちにその話題!?
「そして美味しく朝食を頂いたあと、朝一でこっちに来たってわけ」
朝一番で来たのに腹立たしい!こいつ、ある意味天才だよな!
「……ああそうか、俺がいい思いしている間、相棒は独房の中で臭い飯を食わされていたんだよな」
いや、臭いとかくさくないとか以前に何も食べてないわ!
「ああそうだ!この壁の修理は俺一人でできるから今のうちに何か食べてきたらいいんじゃないか!街にはおいしそうな店がいくつもあったしさ!」
もう何度も試したよ!そう思うんならお前が何か買って来い!
「俺の方はこんな感じだったよ!」
充実してそうで何よりだよ!
話を聞いていただけなのに疲れた。そして、腹減った。そろそろお昼時じゃないか?だけど外には出られない。まあ、城内にも食堂くらいはあるだろう。探索してみるか……。
「あっ、そうそう忘れてた。まだ、秘伝の薬渡してなかったな」
チェットがカバンを取りに行こうとしたとき、王座の間の扉が開いてウェットンが入ってきた。
「君たちに言い忘れてたが、女王不在の情報漏えいを考慮して、まあ、世間には試練の課題を検討するためとして王宮への出入りは原則禁止とした」
もう知ってるよ、身をもって。
「人の噂とは怖いものだな。なぜかはわからないがすでに城内の人は知っているものも少なくない」
さっき自分で言いふらしてただろ。
「アイットバスが今躍起になって資料庫を当たっているんだが、かなり難航しているようだ。最悪の場合、代役になれる者も王宮内にいることだし気が済むまでやらせてやろうと思う」
お前らの状況はどうでもいいわ!問題は飯だ!
「問題は君たちなんだが……」
なんだ?
「君たちは完全に部外者なのだがここまで関わってしまっては追い出すわけにもいかない。しかし、そのあたりを闊歩されて城内のものに不審に思われてもいけない。そこで君たちはなるべくこの部屋から出ないでいただきたい」
すごいこと言い出したな。それにすでに俺は大勢に目撃されているけどな。門番の奴には挨拶されるし……。
「まあ、わかった。仕方ないよな、こういう状況じゃ」
マジか、チェット!
「ありがとう、すべてが終わったら何とかお礼をしよう。寝床は簡易ベッドを持ってくるとして、あとは食べ物か……」
ちょっと待て!寝床と食べ物があれば生きていけると思ってない?
「食べ物といっても食堂に行くわけには行かないしな……」
別に時間帯ずらせばいいんじゃない?三食おにぎりとかは嫌だよ。
「食事は王宮内にある保存食で何とかしてくれ。とりあえず少しだが乾パンを持ってきた」
それ以下だった。
「まあ、そんなところか。我々がなにか女王に関する手がかりを見つけたら逐一報告する」
別にいいわ。どうせないだろうし……。
「そして、今日から10日経っても本物の女王の手がかりが見つからなかったら偽物を代理として立てる準備に取り掛かる」
10日も!?結局、場所が変わっただけで監獄生活するのかよ!
「すまないな、関係ない君たちを巻き込むことになってしまって……」
「いいさ!気にすんな!なっ、相棒!」
うるせぇ!もういいよ!
もういい、飯だ!俺はウェットンから乾パンをふんだくって食べた。
口に入れた瞬間、決して旨くはなかったが2日ぶりの飯だからかその食べ物があまりに乾いていたからか俺は涙が止まらなかった。




