国王陛下の恋のお悩み
遅くなってすみません!
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わたし、リディアナは王宮で働く侍女です。
仕える主は国王陛下のルシアン様!
常に民のことを思い、国の将来を憂う優しきお方です! 金の髪の毛に深い碧眼を持ち、それはもう、神なのかと疑う位の麗しいお顔をなさっています。
年頃の女性の半分は陛下に恋していると噂される程ですからわたしの目は間違っていないのでしょう。
陛下は国の象徴。
そして、わたしのとても尊敬する主様です。けれど最近どうも、お加減が優れないようなのです。時折深い溜め息をついてらっしゃいます。
いったい、どうなさったのでしょうか。なにか、深い悩みがあるようなご様子です。
帝国との問題は無事決着がついたばかりですし、今年の農作物の実りはとてもよいです。飢饉も起きていませんし、しばらくは国の行事も御座いませんから、お仕事の悩みではないようなのです。
憂い顔も素敵と他の侍女達は言っておりますがわたしはそうは思いません。
国王陛下のつらそうなお顔をみているとわたしまで胸がキリキリ痛むのです。
聡明な国王陛下のことですから、時間がたてば、きっとお悩み事も解決するのでしょう。
けれど……
のんびり待っているような時間がわたしには残っていないのです。
わたしは恐れながら国王陛下の幼なじみであります。長きに渡り傍で仕えさせて頂きました。
しかし、それもあと一ヶ月で終わりなのです。
実家からの呼び出しがあり、暫くお仕えする事ができなくなってしまうのです。一応、引退……ということになるのでしょう。暫くは陛下にお会いすることさえままなりません。
ですから、お仕えできる最後の日までに国王陛下の心からの笑顔がみたいのです。
と、言うわけで
不肖リディアナ、恐れながら国王陛下のお悩み解決に、協力させていただきます!
***
実は、陛下のお悩みはわかっています。
それは恋! 陛下は恋をなさっているのです!!
お相手にも大方の予想はついております。すばり、この大陸で最も力を持つ国の王子様の婚約者様です!
その身に背負った悲しき運命。それを乗り越えてきた精神は尊く、気高いものです。まさに国王陛下にぴったりの女性です!
そして使用人にも平等にお優しいのです。
なぜ、そんな事が言えるのかともうしますと、わたし実際にこのお方にお会いしたことがあるのです。
二ヶ月ほど前彼女はこの国にいらっしゃいました。その際にわたしがおもてなしをしたのですが……。彼女はこう言って下さったのです
“この紅茶、香りが凄くいいですわね。色も深くて綺麗。貴女、腕がいいのね”
感動に胸が震えました。
なんと、たかが小国の侍女風情にお褒めの言葉を下さったのです!
思わず一生ついていきます! と叫びそうになりました。そのまえに国王陛下が視界に入ったのでとどまることが出来ましたが。こんな素敵な彼女なら国王陛下が恋してしまうのも頷けます。
辛い思いをたくさんして、それでも凛と背筋を伸ばし、颯爽と歩いていく姿は女性であるわたしでもうっとりしてしまうぐらい素敵です。是非、応援したいです。
しかし、邪魔者──こほん。彼女には既に婚約者様がいらっしゃったのです。
大国の王子様です。しかもかなりの美形! この大陸では知らない人は殆どいないのではないでしょうか。
彼女に負けず劣らず人気です。
しかし、お任せ下さい陛下!
陛下の恋、必ず実らせて差し上げます!!
***
と決意したものの、どうしたら良いのでしょうか。
わたしには彼女への連絡手段がないのです。
申し訳ありません陛下。早速行き詰まりました。
でも、ここで諦めるわたしではありません。
こんな時は友人のイリアに相談です! イリアは誰もが振り返る美人さんです。そして常に冷静で賢い頼れる友人なのです。
思いたったら吉日!
わたしはイリアに今までのことを話しました。
「と、いうわけなの。イリア」
「あんた馬鹿でしょう」
うっ、いきなりの冷たい言葉です。この通りイリアは確かに冷静で賢い頼れる友人なのですが、一切の容赦がないのです。ついでにいえば表情もありません。美人なのにもったいない……!!
……と、話がずれましたね。
「なにが馬鹿なの!?」
わたしは立ち上がってバンっと机を叩きました。
「全部よ馬鹿。取りあえず座りなさい馬鹿。みんな見てるわ馬鹿」
語尾に馬鹿をつけないで下さい!
しかし、実際その言葉通り食事中にいきなり立ち上がったわたしに視線が集まっています。慌てて座りました。どうやら興奮していたようです。
深呼吸。すー、はー、すー、はー。よし大丈夫です。
「具体的にはどれが?」
「あのねぇ」
イリアは呆れたような顔をしてため息をつきました。
「ルシアン様は「イリア!」
イリアがなにか言おうとしたとき食堂の戸がバンッと壊されました。
ええ。壊されました。
おおっふ。なんて慌てることはありません。何故ならこの王宮に仕えるものなら既に見慣れた光景なのです。突然入ってきた男性はイリアの前に跪き、大輪の薔薇の花束を差し出していいました。
「イリア。愛してるよ」
男性は甘い甘い笑顔を浮かべ、イリアをジッと見つめます。
「扉を壊さないで下さい。食事中にいきなり入ってこないで下さい。迷惑です」
思わず頬を染めてしまった私とは正反対に眉をピクリとも動かさずにイリアは冷たくいいました。相も変わらずの鉄仮面っぷりです。
「ごめんよ。君にあえると思うと歯止めがきかなかった」
ふうっとイリアはため息をつきます。
「理由になってません。あなたはこの国の騎士団長だという自覚をもう少しお持ちになったらいかがですか」
そうなのです。イリアを真剣に見つめる男性、この国の騎士団長なのです。容姿は……肩書きと ロマンチックな行動とは似合わずやや幼いです。美男子というより美少年または美少女といった可愛らしいお顔ですが、きちんと実力はともなっているようですよ。
そして、陛下の親友なのです。
陛下と親友……。羨ましい限りです。わたしも男だったらそうなれたでしょうか。
「はぁ。行く未来が心配です」
「え!? イリア僕のこと心配してくれるの!? 嬉し、」
「この国の未来が、です。あとイリアと呼ばないでください」
「……分かったよ。トレイシー侍女長」
あっ、トレイシーというのはイリアの姓です。騎士団長様の出す甘ったるい……こほん。甘い雰囲気はイリアの出すブリザードにかき消されます。
「とっとと、仕事に戻って下さい」
「今は休憩中だよ。トレイシー侍女長、食事を共にしてもいいかな?」
「もう食べ終わりました」
それだけ言うとイリアはさっと立ち上がり出て行ってしまいました。ああっ、わたしまだ、食べ終わってないのに!
落ち込む騎士団長。
同じく、落ち込むわたし。
「えっと、リディア。君、実家に帰るって本当なの?」
暫くして回復したらしい騎士団長が話しかけてきました。名前覚えていないのですね、わたしはリディアナです。リディアナ・コトルです。ナが足りませんよ。結構、仲良くしていたとおもってたんですけどね。覚えていらっしゃらない、と。
「ええ」
ちょっと傷つきながらもわたしは頷きました。
「そ、それでね、戻る理由が結婚するからっていうのも本当?」
結婚するからっていうのもちょっと違いますけど、婚約者候補に会うためですからそれであっているのでしょうか。わたしもそろそろ結婚適齢期、はやくしないといき遅れになるぞと両親がうるさいのですよ。
わたしは敬愛する国王陛下のお傍に居られればそれでいいのですが。むしろ結婚なんてけっ! ってかんじなのですがね。侯爵家として未婚は駄目なのでしょう。面倒です。
と、心の中で思いつつもそろそろ休憩の終わりが近づいていましたから、早く終わらせるために肯定の返事をします。
「えー!! 結婚なんてやめようよ!」
「それは出来ません」
わたしだって結婚なんかしたくないですよ! と愚痴ってしまいたいです。
そんなことはいたしませんが。
「……分かったよ。そう伝えとく」
「お願いします」
そうはいったものの、誰に伝えるんでしょうか? まぁ、いいです。
一礼してからわたしも食堂をさり、仕事場にもどります。
***
わたしは王宮に働く侍女です。担当は色々ありますが、大抵は国王陛下のお傍にいてお茶を入れています。わたし、不器用なのですがお茶を入れることに関しては誰にも負けないという自信があります。
今日は悩んでいる陛下のため、心を柔らげる効果のあるハーブティーをいれました。色々なハーブをわたしなりに調合したのですよ。
さぁ、陛下お飲みくださいまし!
気合いを入れて差し出すとすこし、穏やかな表情をされました。
お、さっそくハーブの効果でしょうか
「なんだか気合い入ってるなぁ」
え、分かりやすかったですか?
陛下はお茶を口に含みます。
その効果はいかに! ドキドキしながら見つめると陛下はカップを置きふーっと長いため息を吐きました。
え! 効果なし!? むしろ悪化ですか? ショックです。やはりわたし程度では駄目なのでしょう。
「……君の入れるお茶はいつも美味しいな」
あぁ、陛下。わたしは陛下のそんな笑顔が見たかったわけではないのです。
だから、
どうかそんなに無理して笑わないで下さい。
わたしはよっぽど情けない顔をしていたのでしょう。陛下は眉を下げました。
「すまない。失敗したな」
「……いいえ」
絞り出した声は情けないくらい震えていました。
「……好きだ、と。簡単にそう言えたらいいのにな」
陛下はそう言うと窓の外に視線をやりました。そこは、あの方のいる大国の方角です。
陛下……やはり、あの方のことが好きなのですね。
わたしは陛下の辛そうな顔をみるともう我慢出来なくなりました。
「陛下、陛下は悩んでいるのでしょう? わたし、頼りないかもしれないけれど」
「やめてくれ」
陛下に協力させて下さい、それは言い終わる前に陛下によって遮られました。
「君には、頼れない。君を困らせるだけだ」
大丈夫だ、ということはできませんでした。この大陸でもっとも力のあるあの大陸の王子様を敵にまわすことになりますから小国の侯爵令嬢でしかないわたしは甚大な被害を被るでしょう。
こんなときまで、他人のことを……。陛下のお優しい心遣いに涙が出そうになりました。
「もう、行ってくれないか」
「はい……」
言いたいことは色々とありますが、ここは涙をこらえて下がります。
出たとたん、涙があふれ出しましたが、些細な事です。
わたしは覚悟を決めました。
陛下は自分に自信がないようなので、陛下の良いところをたくさんお伝えしましょう!でも、日を置いてからににします。ちょっと泣きますから、ね? 目が、ね?
廊下の隅っこですんすんやってると馴染みの騎士さんが背中をなでてくださいました。ううっ、良い方です。 ハンカチはちゃんとあらって返しますからね!
***
さて、さっそく、陛下に伝えにいきますよ! 鼻息荒く、執務室の前の廊下を歩いていると昨日慰めてくださった騎士さんがいました。ちょうど良いタイミングです。
「ああ。騎士さんっ! この前はありがとうございます」
「あぁ、いいよ」
彼は朗らかな笑顔で応じます。爽やかですねー。
「これ、クッキーです。よかったらお食べ下さい」
「えぇ!? いいの? たいしたことしてないよ」
照れたように彼は頭をかきました。
「いえいえ、お口に合うかわかりませんが」
本当に口に合うか……不安です
「これって、手作り?」
「はい、ですから不味かったら捨ててください」
「いやいや、リディアナちゃんの手作りなんてうれし……──」
なぜか、彼の顔が青白くなりました。
「る、ルシアン様っ」
陛下? 後ろを振り返ると陛下がいました。
「陛下っ! ちょうど良かった。わたし、陛下に用事があるんです」
「執務室に」
「はい」
執務室に入ると陛下はなんだか怒っているようでした。あの、掴んでいる手首いたいです。やんわりほどこうとしましたがとけません。
「なぜ、あいつにクッキーを?」
「はい。この前慰めて頂いたので」
なぜ、怒っていらっしゃるのでしょうか?
「慰める?」
うう、そこまでききますか。あと、今さらに手首に力いれましたよね! いたいです。わたしはしぶしぶ答えます。
「お恥ずかしながら泣いてしまったので」
「なぜ?」
流石のわたしもカチンときました。手首の痛さもあったと思います。
「なぜって、陛下があんなこというからではないですか!! わ、たし、そこまで、たより、ないのかなって、お、思って」
「え……」
涙がほろほろとこぼれます。ああ。わたしはなんてことを言っているのでしょう。国王陛下ともあろうお方に。けれど、どうせ不敬罪になるのならこのままぶちまけてやります!
「だいたい、なんなのですかっ! ふーふーふーふーため息ばっかりついて! 好きなら好きと言えば良いんですっ!」
「俺のことを嫌ってるんじゃないのか……?」
まさに、恐る恐る陛下は尋ねました。
「……は?」
なにを言ってるんでしょう。この方は。嫌い? むしろ好きです! 敬愛しています!!
「だって、君は、いつの間にか俺のことをルシアンではなく、陛下と呼ぶようになったじゃないか」
「それは陛下が先でしょうっ! わたしのことリディーって呼んで下さっていたのに、いきなり、コトル侯爵令嬢って呼ぶようになったから。てっきり、馴れ馴れしすぎたのかって思って、変えたんですよ!」
あのときは本当に辛かったのに! なんですか!! 陛下はキョトンとした表情をしたあとクスクス笑い始めました。
あれ? わたし怒ってるんですよ?
ぼそっと男として意識とか、余計だったとか言う声が聞こえます。笑い終えた陛下はそれはそれは穏やかな笑みを浮かべました。
卑怯です。陛下がそんな顔で笑って下さるだけでわたしは許せてしまうんですから
「リディー」
あぁ、懐かしい呼び方です
「おいで」
そんな風に呼ばれたら行くしかありませんね。
「ぇぐっ」
悲鳴が口から出ます。色気がない? うるさいです。
い、いやだって陛下がわたしの腰を抱き寄せて膝に乗せたんですもん。あれ? もしかしなくても子供扱いですか? 一応もう結婚適齢期の女性ですよ!
何をトチ狂ったかわたしを膝の上に越せた陛下はわたしの目を真っ直ぐにみます。
「俺のことは嫌いじゃない?」
「はい」
ええっと陛下はなして下さいませんかね?
とりあえず頷きます。
「好きか?」
「はい」
敬愛していますとも!
「どんなところが?」
「お優しい所、頑張りやさんな所、常に国のことを考えて下さる所、勇気のある所……」
指をおって数えます。
って、陛下っ! 顔が近くないですか!? わたしだって照れますよ。
はーなーしーてー。
「失礼しまーす」
「ちっ!」
ぐいぐい手を引っ張っていたらいきなり扉が開きました。騎士団長様です。た、助かった。この隙をついてわたしは陛下の拘束から抜けます。
「しっ、失礼しましたっ!」
出て行くときの声が裏返っていたのはご愛嬌です。
****
あー、頬が火照って仕方ないです。わたしが廊下をとぼとぼ歩いていると、女中さん達の声が聞こえてきました。
「一ヶ月後が結婚式だそうよ」
「素敵よねー!」
「大陸でもっとも有名なお二人の結婚式よ!!」
「…………え?」
大陸でもっとも有名なあのお二人。といえばあの方たちしか思い浮かびません。
「それは、本当ですか!?」
女中さん達は突然入ってきたわたしに驚きつつもそうですわ、と答えて下さいました。
わたしは走り出しました。陛下がここ最近落ち込んでいたのはそういう訳なのですね! もう結婚してしまうから……。
けど、諦めたらそこで試合終了なのです!!
一ヶ月後ならまだ間に合います!!
バンッと執務室の扉を開くと、麗しい出で立ちの陛下の姿が見えました。手には大輪の薔薇の花束。
「ちょうど良かった。今から行こうと思ってたんだ」
陛下は微笑みます。
あぁ、勇気をだして、略奪しに行くのですね! 流石、陛下です。
「リディアナ・コトル」
今まで聞いたことのないくらい甘い声でそう呼ばれました。
陛下はわたしの前に跪いていいました。
「私と結婚してくれませんか?」
───────……え?