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【Code1 イーグル】06



「じゃあ、優香里は亀に向かって発砲。見事命中したとしよう」


「ふっ、当たり前ね!」


「だけど、亀は死んでいなく依然としてノタノタと歩いている」


「なんでよっ!?」


「いや、本気で突っ込まなくても………」


「なんでよなんでよっ!!??バレットM82A1の12.7×99mmNATO弾っていったら、軽装車両の装甲は貫通できるくらいの威力なのよっ!?なんで生きてるのよっ!!」


想像にマジレスしないでください、優香里さーん………。


「いや、そんなこと言ったらアンチ・マテリアル・ライフルでアサルトライフル並の連射速度だせるところでもっと喚けよ………」


「だってぇー………」


なにがだってなのですか、優香里さん?君のライフルに対する情熱は分かりましたから、もうマジレスしないでください。切実に!


「話が進まないから、無理やりにでも想像してくれっ!特殊な甲羅で弾丸すら弾く亀とかでいいからっ!」


「む………。分かったよぉ」


「ったく、どこまで話したか分からなくなっちまったなぁ………」


「えーっと」と呟いて、どこまで話したのかちょっと前の会話を思い出す。そうだ、亀に弾丸が命中したが生きていた、というところまで話したんだ。


「取り敢えず、12.7×99mmNATO弾では亀にきかないってことで、大丈夫?」



「うん………不本意だけど、納得する」


20mm×110弾だったらとかRPG7だったらヤレるとか、ぶつぶつ呟いているのは気にしないでおこう。


「そのことを踏まえて、優香里に質問だ。『剛力』を使ったことによって初弾を外し、視界外に逃げられてしまった良平、12.7×99mmNATO弾がきかない亀。さて、この二つなんだけどーーー」


ワンテンポ、あえて遅らせてから


「共通していることはなにかな?」


「…………………。………は?」


俺の質問の意味が分からない。まるでそう言っているように捉えられるほど、彼女はマヌケな表情でこちらを見つめる。頭の上に?マークがハッキリと見えるほどだ。


「きょう………つう、てん?」


「あぁ、共通点だ。分かるか?」


「いや………。だって、共通点なんてあるはずーーー」


「ある」


「………」


俺があまりにも即答で肯定してしまったからか、否定や反論すらできない様子で固まってしまう優香里。取り敢えず考えてはみるものの、答えがまったく分からない様子だ。その理由に、行動に落ち着きがなかったり、こちらをチラチラと見たりしている。それも、とうとう限界がきたのか、優香里は口を割った。


「ねぇ………ヒントとかないの?」


「ヒント出すほどの問題じゃないよ」


「でも、まったく分からないんだけど………」


本当に分からないらしく、赤渕メガネのレンズに遮断された瞳の中にはハッキリと?マークが写っていた。………ように見えた。


「そうだなー、一つ言えるなら難しく考えすぎなんだよ。もっと単純な事だから、思った事を口にしてごらん」


「簡単な………こと………」


俺のヒントをどう受け止めたのかは知らないが、彼女は瞳を閉じてリラックスした格好で考え始める。おそらく、自分の直感を頼りにしているのだろう。


それからは、無言で考え始める。


「………」


「………」


………。


「………」


「………」


………。


「………………あ」


「ひらめいたか?」


何か思い当たる節が見つかったのか、恐る恐るな素振りでこちらに振り向いてくる。その小さな動作でも、その大きな耳のついた帽子は存在感をアピールする。


「うん、でも………こんな単純なことでいいの?」


「単純だよ、俺が求めている答えは。お前が導き出した答えと一緒とは限らないけど」


「うん、分かってる………」


ふぅー、と一呼吸間を開ける。答えを言う前の気持ち整理みたいなものだろうか?意を決したのか、こちらの顔を見据えて話し始める。


「コレがあっているか分からないけど、私が気づいたのは一つだけ」


「あぁ、いってみろよ」


「それはーーー」


そう、それはその時に気がついた。おそらくとか、だろうとか、そういったものではなく、確実に、今、優香里が何を言おうとしているのかが分かった。勿論、それがーーー。


「ーーーどちらも、殺すことができない」


俺の求めた答えだと言うことも。


「え、でも本当にこんな回答でいいの………?」


あまりにも簡単すぎるせいか答えに自信を持てない優香里。


だけど………。


「あぁ、俺が求めていた答えはそれだ」


その単純明快な答えこそ、俺が言いたかったことなのだ。


「こんな簡単な質問、する意味あるの?」


「なんでそう思う?」


「だって、そんなのは当たり前なことであってだから………それは………ん?………え、じゃあこれは………?」


どうやら、少しずつ俺が与えたヒントをもとに、パズルピースが噛み合い始めたようだ。だが、まだ決定打には持ち込めてない。ここで最後の人押しだ。


「うわぁぁああああ!!」


「さぁぁあっ!『パーディー』えご招待しろぉぉおおっ」


「【イーグル】っ!!優香里っ!!助けてくれぇぇえええ!!!


そんな時に聞こえてきたのは、回避力テストを終え、『パーティー』会場へ連行されている良平の声だ。


良平と一瞬目が合ったが、何事もなかったように顔を逸らした。「裏切り者ぉぉおおおっ!!!」とか聞こえてきたが、ガン無視した。横に振り返ってみると、優香里も同じような体制を取っていたので、おそらく同じ行動をとったのだろう。


良平のスコアボードを確認すると


172SHOT

RYOHEI DEATH

GAME OVER


と書かれていた。予想通りの結果だな。因みに、良平をガン無視した理由は特にない。


本当に特にないので、先ほどの事はなかった事にして話を再開した。


「じゃあ、コレが最後だ。今度はテスト条件と似たような条件を追加する。良平、亀は共に10m×10mの範囲から出られないとする。その中には、盾となるような建造物や物はない。良平は『剛力』を使い、亀は12.7×99mmNATO弾を完全に弾く甲羅を持っているとする。この条件下のもと、優香里×5人が(連射速度15/s、装弾数無制限の)バレットM82A1を使い攻撃した場合、生き残るのはどっちだ?」


「そんなの………」


「聞くまでもないじゃない」、と優香里は言わなかった。いや、言ったところで意味がないと分かっていたのか。俺が、その答えを求めていないと知って。


優香里がわざわざ答える必要もない。この質問の答えは、『亀の方が生き残る』だ。どうしてか、そんなことをいちいち説明することもない。自分の知識が、そして本能が知っているのだから。


「………」


優香里は、もうほとんど答えに近づいている。手を延ばせば確実に届く距離にまで達している。それでも、まだ掴むことができないのは、自分の中の知識と導き出した答えが直接的に結びついていないからだ。お互いの存在を仄めかしながら、消えたり現れたりしている。コレが確定すれば、優香里はもう………。



そもそも、回避とはなにか。



回避するということは、何かしらの攻撃、又は突発的事故から自分を守るためにする行動のことだ。


回避とは=逃げること。


いったいなにから?


何かしらの攻撃や事故から。


攻撃や事故から逃げるということは?


自分が傷を負わずに済むということ。


自分が傷を負わずに済むということは、つまりなんだ?


その答えはとても簡単で、誰もが望まむ道を回避=逃げること。





ーーー死なない。





「………っ!?」


それが回避する理由。そして、それこそが回避=逃げるの本来の意味だ。


よく考えてみてくれ。みんな回避回避と思うと、どうしても『身体を動かして攻撃を避ける』と思いがちだが、実際、回避をするのに身体を動かさなくてもいいのだ。何故なら、回避とはもともと死なない為にとる『行動』すべてを指しているのだから、先ほど説明した亀のような甲羅を持っていたり、あるいは防御系のミディアを持っているとなれば、それだけで死ぬことは『回避』できる。良平のように、『剛力』などの身体強化でスピードを上げ、攻撃を避ける。これも『回避』だ。


では、この二つの『回避』に違いはあるのか。答えはNOだ。攻撃を防ごうが攻撃を避けようが、『回避』そのものの目的である『死なない』ことに反していない。つまり、回避力というのは『素早さ』だけではなく自身の『防御力』、周りを見渡す『洞察力』『観察眼』、状況を判断する『判断力』………これらすべてを集めて『死なない』努力をすること、それが『回避力』なんだ。


それでは、この『回避力テスト』という名で行われているものを思い出して欲しい。


バルカン砲から2発/s、250m/sの速さで自分のところへ飛んでくるペイント弾。2m×2m×3mの範囲でしか行動できず、その中に盾となるような建造物や物は一切なく、武器的な盾やミディアによる防御も使用できない。


おかしいと思わないか。回避という手段を失われながらも『回避力テスト』という名で行われているこのテストを。


「ちょっ、ちょっと待ってよっ!!??じゃあ、このテストってつまり………」


「次ぃいっ!!藤堂っ、こぉいっ!!」


優香里が言い終わる前に、馬鹿でかい声で呼んでいるあの酒松教官に呼び出された。とうとう優香里にも回ってきたのか、と思いながら周りを見渡してみると、俺たち以外の良平を含むクラスメイトは全員奥のパーティー会場で地獄の舞踏会を楽しんでいた。つまり、残りは俺と優香里の二人のみということ。


「………」


「おら藤堂っ!!どうしたっ、早くこいぃっ!!」


優香里は教官の言葉を無視しているのか、俺の顔を真っ直ぐ見つめてなにか言いたそうにしてる。


「呼ばれてるぜ?行ってこいよ」


「………うん」


やはりなにか言いたそうだったが、結局はなにも言わずにテスト会場に向かった。


俺は、優香里が何を言いたかったのか、なんとなく分かる。そして、テスト会場へ向かう足取りが重く見えるわけも。なにも知らない人が見たら、ただ単に『パーティー』を受けるのが嫌で鬱になっているように見えるのかもしれない。しかし、今の優香里におそらく『パーティー』のことは頭から抜けていることだろう。あの重い足取りは、メンタル面のせいだ。


「そりゃあ、赤点分かっているテストを受けるのは辛いだろうよ」


なんていったってこのテスト、













ーーー死ぬことが確定してい行われているのだから。












☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





私はテスト会場に向かう途中も、さっきのことが頭から離れなかった。いや、離れなかったんじゃない。忘れられなかったんだ。


それ程までに私には衝撃的で、同時に大きなショックを受けたのだ。


テスト会場というと、大規模なイメージが湧くと思うが、この第二アリーナ自体がすでに大規模な会場となっているため、『会場』というよりはアリーナ内の『施設』と思ってくれて構わないと思う。実際に、【イーグル】が待っている待機場所からは30秒もかからないし、『パーティー』会場からも1分もいらない。外からもテスト内容が確認できるよう、全体はガラス張りになっている。勿論、もしもの時の安全対策として強化ガラスを使っている。


会場へ着いた私は、教官に言われた通りにヘッドギアと四つのリングを両手、両足首につけ、セッティングを行う。


その最中も、先ほどの事で頭がいっぱいになっていた。


【イーグル】からの話と質問のやりとりによって、私はこのテストを本当の意味で理解してしまった。



『回避』を許されてない『回避力テスト』。



では、このテストの本当の目的はいったいなんなのだろうか?


そんなこと、設立者でない私が知る術はないに等しい。こんな、無意味ともいえるテストを受け、それが出来なくては罰ゲーム、つまり『パーティー』に参加させられるコレは、どう考えても教官側の悪質なイタズラ心によって生まれたに違いない。そんな、くだらない思考でしか、このテストの目的を考えることが出来ないのだから。



『DISCERNMENTCODE,YUKARI.』


『ALL NERVE

CONNECTION………ALL CLEAR.』


『ALL POSITIVE,AOK』



機械的アナウンスがヘッドギアを通して直接脳に語りかける。セッティングが完了した合図だ。


もし、先ほどの話を【イーグル】から聞いていなかったら、私はこのテストの初弾を避けずに当たり、素直に『パーティー』を受けようと思っていた。それだけ、このテストは理不尽なくらい難しく、その上体力まで大幅に消費するので、無駄に足掻いで体力を消費した後に結局『パーティー』に参加させられるなら、いっその事『パーティー』のために少しでも体力を温存させておきたい。そんな、消極的な考えのもと、ヤル気もなくこのテストを終えていただろう。


だけど、今は違う。


根本的に、私の中でテスト意識が変わってしまったのだ。


それだけ、先ほどの内容に私はかつてない衝撃を覚えた。


『PLEASE MOVE TO THE SPECIFIED POSITION.』


ヘッドギアのアナウンスのもと、四隅が赤いランプで囲まれたとても小さなステージへと上がる。


あと10秒もしないうちにテストは開始されるであろう。その僅かな時間でも、私は考えることをどうしてもやめることは出来なかった。


何故?


どうして?


疑問だけが頭の中をズルズルと引きずり回すような感覚に陥り、吐き気をおこす。


気持ち悪い。


いったい何がこんなにも自分を不快にさせるのであろう。胸の奥底で脈を打っている心臓からは、血液ではなく何か違うものが送られているのではないか。そうとさえ思えてしまう。


何故?


いったい何が?


しかし、それは同時に私の中で答えが出ているのだ。疑問を抱え込んでいるようにみせかけ、私が導き出した答えを避けるかのように。


何故?


私の中で、もうすでにテストのことなどどうでも良くなっていた。


では、私はいったい何にたいして疑問に思っているのだろうか。


その答えも、私は知っている。


でも、それを認めてしまってはいけない。それも認めてしまうことは、過去の過ちを、昔誓った約束を、それらすべてをなかったことにしてしまうのだから。


『GAME………』


もうすぐ始まる。死ぬことが約束されたこのゲームが。


もう、無駄なことは考えていなかった。私がしなくちゃいけないことはただ一つ。



『ーーーSTART!!』



1秒でも長く生き残ること。


私は、再び思い出した過ちと誓いとピンク色の着色液と共に飛び散った。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「お疲れ様」


テストを終えた優香里に、俺は労いの言葉をかける。


残り一人となった俺は、酒松教官に呼ばれるより先にこの会場前まできていた。それまでの間は優香里のことを見ていて、テストが終わり次第声をかけるつもりでいたのだが………。


「………」


優香里は俺の言葉に何のリアクションも取らず、そもそも俺が近くにいることすら気づいていないような、そんな素振りで俺の横を通り過ぎる。


「………」


俺は考えていた。


そして、驚いていた。


何について?と問われれば、それは先ほどの優香里についてだ。


先ほどのテストの最中、優香里はずっと険しい顔をしていた。まるで、本当の戦場に立っているような、そんな雰囲気すら感じるほどの何かを纏っていたような………。


そして、俺が一番驚いていることは、優香里がこのテストを『真剣』に受け、『悔しがっている』ことだ。


普通の人から見れば、それは当たり前の光景として黙認されるだろうが、俺は違う。二年前に知り合い、一年の時に同じクラスで一年間一緒に過ごしてきた俺からすれば、それは黙認できるものではなかった。


「お前、記録更新してるだろ?何でそんなに落ち込んでるんだよ、元気だせって」


「………」


優香里の記録は5発。秒数にして0.833…秒。1秒すら経過してないが、優香里にとって5発はデカイ。


何故か。


もともと、優香里は狙撃手になる予定はなかったと言っていた。進学はこの学園『PTC』に入ろうと思ってはいたらしいが、その先は『OVP』ではなく『OPP』の諜報部員を目指していたらしい。そんな時に俺と良平に出会って、なかば無理やりに狙撃手にさせられた感じだ。今では自分から武器の調達やメンテナンス、訓練を行うほどのめり込んでいるが、最初はイヤイヤやっていたのをよく覚えている。


何故今こんな話をしているのか、それは一番最初の疑問に結びつく。


この二つの役職、共通して言えることは『敵に見つからないことが絶対条件』ということ。そして、もともと諜報部員を目指していた優香里がしていた訓練と、現在の狙撃手の訓練の中には『相手の攻撃を避ける』訓練なんかは存在しない。正確に言うならば存在はするが、他の人達、俺や良平のような前線や中距離戦なんかの人達に比べれば圧倒的に少ない。


彼女自身も回避訓練は嫌っていたし、彼女が持つミディアも回避の為には使えない。………いや、使い方を知らないのか?そこらへんは本人でないから分からないが。


とまぁ、そういった理由もあり彼女はこのテストを嫌っていた。もっとも苦手とする分野であり、自分のミディアも使い物にならないとくれば、当然の反応だと思う。だから、彼女の記録は偶然避けれた2発が最高記録なのだ。その記録を、たった今塗り替えたのだが。


俺の知っている優香里なら


「なんか、めっちゃ運良かったんだけど!新記録だよ!」


と軽めのノリで返してきていたと思う。新記録なら、大袈裟に喜んでいたかもしれない。


「………」


だが、今目の前にいる優香里にはそんな素振りを見せる予兆すら感じない。俺が今まで作り上げてきた優香里という人物像が、脆く崩れ去っていくような音が聞こえる。俺は、今まで優香里の事をちゃんと見ていなかったのだろうか?


そして、彼女がおかしくなった原因は、おそらくさっきの俺との会話であろう。これは、間違いなく言いきれる。


俺が覚えている限りでは、彼女の逆鱗に触れるような内容はなかったと思うし、不機嫌にさせる内容もなかったはずだ。強いて言うならば、先ほどの会話は萎えるような内容だったと思う。


たが、彼女はこのテストに初めて本気で取り組んだ。そう、萎えるのではなく奮起したのだ。本気でこのテストを受けたのだ。本気で………。


何故か。


その理由を探ろうとするが、


「本人じゃねぇのに、分かるはずないよな………」


すぐに無駄だと判断する。


彼女を見る。未だに一言も発しない彼女は、とても悔しそうに、頬を伝った雫が一瞬見えた気がした。それを拭き取る素振りも見せないまま、ただそこに立ち続けている。


理由なんて、分かるはずが無い。それを詮索するのは、よく無い事だ。人には人の、自分には自分の悩みや弱いところが必ずある。彼女の様子を見ると、多分その部分の何かに当たってしまったのだと思う。たがら、俺は彼女に


「お前はお前のするべき事をすればいい。お前にしか出来ない事を見つければいい。それはきっと、俺に出来ない事だろうから」


「………っ!」


彼女がこちらに向いたような気がしたが、俺はあえて顔を背け、テスト会場へと向かう。


「………っ」


彼女が去り際に呟いた言葉は、酒松教官の声によってかき消された。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





『5SHOT.』


『YUKARI,DEATH.』


『GAME OVER.』



酷いものだった。


所詮、私がどんなに足掻こうとも結果は見えていたのに、それでも私は必死に足掻いてみせた。


その結果がコレだ。


たった5発しか避けられない。秒数的には1秒すら経過していない。それが私の記録。言い方を変えれば、私は回避不可能な危機的状況に出くわした時、1秒すら生き残れない。それが私の定め。


「お疲れ様」


何時の間に来ていたのだろう。テストを終えたばかりの私の前には【イーグル】が立っていて、労いの言葉をかけてくれた。


「………」


一瞬、ここに【イーグル】がいてくれたことに物凄くホッとしてしまった自分に気づき、こんなにも自分は弱いのかと思い知らされたようで、【イーグル】のこをまともに見ることが出来なかった。


とても冷たい態度をとってしまったと、直ぐに後悔した。【イーグル】が心配そうな顔をして考え込んでいる姿を見ると、とても胸が苦しい気がした。実際に、とても苦しい。その苦しさが徐々に全体に行き渡り、全てお覆い尽くした時には、苦しさは自己嫌悪へと変化していた。



ーーー何故こんなにも私は弱いのか………。



何も出来ないもどかしさ、生き残れない苦しさ、役に立てない悔しさ、そして心配してくれている【イーグル】に何もリアクションもとれない女々しさ。


(あぁ………、自分はこんなにも女の子だったのか)


正直、私は自分の性格は女らしくないと思っていた。幸か不幸かは分からないけど、自分でも分かるくらい容姿がソコソコいい私は何度も男の人から告白を受けた。手紙やメール、直接言ってくる者やロマンチックな状況を作り出してまで告白してきた者もいた。


だが、どんな告白をされても、どんな状況になろうとも、私は今まで一度もトキメイタ事がないのだ。


顔が悪かったとか、性格が悪かったとかそんなんじゃない。勿論、沢山の中にはそういった人も含まれていたのも事実だが、普通にカッコいいって思える人や性格が優しい人だって沢山いた。それでも、私が頑なに拒み続けたのはその沢山の人の中で一瞬でもトキメイタことがないからじゃないか、と最近思っていた。


あぁ、きっと私は冷たい人間なんだ………。


「お前、記録更新してるだろ?何でそんなに落ち込んでるんだよ、元気だせって」


「………」


あぁ、駄目だ………返事を返せない。


きっと、普段の私なら軽いノリで返事を返せただろうが、今の私には無理だ。ここで返事をしてしまったら、私はきっと弱いままになってしまう。ただの乙女になりさがってしまう。そうなってしまっては、もう【イーグルズ】として一緒に活動することすら危うい。それだけは、それだけは嫌だ。


何故自分がここまで自己嫌悪になっているのか、それは理解している。だが、理解していると納得するのではわけが違う。まさか、二年最初のこんなテストであのことを思い出すとは考えもしなかったのだから。


きっと私は、世界がどうとか結果がどうとか、そんなことはどうでもいいんだ。私が私であるために、私が生き残れるために、私の存在を証明するために、そのためだけに今を生きているのだ。他人などどうでもいい。そんな思考すら容易にできてしまうほど、私は弱い人間だ。その事を成し遂げるのには、自分以外の他人の存在が必要不可欠ということも忘れて。


それでも、そんな私でも必要としてくれた【イーグルズ】のみんなには全力で答えたかった。期待されなくてもいい、馴れ合いもなくていい、最初はそんな風にすら思っていた私だったが、今ではこんなにも居心地のいい場になってしまっている。ずっとこのまま、みんなと一緒いたいと思っている。今だってそうだ。


その事実に溺れて、私の本当の目的すら忘れてしまうほどに。


それでは駄目なのだ。私は女になっては駄目なのだ。目の前の事実に溺れ、自分の目的も忘れることをしてはいけないのだ!


そうしてしまっては、いつか必ず………。


そう私が思っていた時には、一粒の雫が頬を伝っていた。女になってはいけない、そう思っていたこととは裏腹に、その儚く見える雫が頬をつたる様は、とても女の子らしい弱さの象徴のように感じた。


私は………どうすればいいの?


そんな時、私の耳に【イーグル】の声が聞こえた。


「お前はお前のするべき事をすればいい。お前にしか出来ない事を見つければいい。それはきっと、俺に出来ない事だろうから」


「………っ!」



ーーー貴方はいったい、何者なの?



まるで私の心を見透かされたように、私の考えを読み取られたように、あまりにもタイミングのいいその発言に、私は素直にそう思ってしまった。


【D】の『EXC』が発動しているの?そう思わせてしまうほどに的確な言葉は、私の心に深く染み込む。



ーーー私にしかできないこと。


ーーー貴方にはできないこと。


ーーー私はそれを見つけること。



たったそれだけ。たったそれだけの簡単な言葉に、私はどれだけ驚いたのだろう。


歩き出す【イーグル】の横顔を見つめながら、ふとそう思った私。私には、もう先ほどの悩みなどどうでもいいものだと感じていた。頬を伝っていた雫は、もうどこにも見当たらない。代わりに、いまの私には笑顔がある。


こんなにも簡単な言葉に、私は救われてしまった。その事実があまりにも可笑しくて、笑っているのだ。


今の自分に何ができるのか。それはまだ分からないけど、一つだけ言えることがある。


「やっぱ、貴方は私たちのリーダーよ。しゅう


その声は届いたのか。それは背中しか見えないリーダーから伺うことはできないが、それでもいいと思った。今の私には何もできないけど、いつか必ず、貴方を支えてあげるから。待っていてくれる貴方の期待に、答えたいから。


「たがら、私が見つけてくるまで、生き残って、柊」


久々に呼んだリーダの名前と共に、私は胸の内で誓った言葉を背中に放つ。


酒松教官に呼ばれて歩く柊の背中は、いつもよりも広く感じた。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「お前がラストだ。結局、今回のひよっこ共達はこのテストをクリアできなかったな」


俺は、ヘッドギア以外のすべての準備を整え、酒松教官の話を伺う。先ほどまで怒鳴っていた者と同一人物とは思えないほど静かに語る教官に、今日初めて出会ったとはいえ違和感を覚えた。気持ち悪いとか、そういったものではなくて、さっきまで怒鳴っていた方のキャラは作っていて、こっちが本当の教官のような、そんな違和感だ。


「………まだ、俺がいますけど?」


赤ら様の挑発的発言に乗るか乗らないか迷ったが、そこは男としてのプライドが優先された。こういう時、本当に男ってものは単純だとつくづく思う。


「知っている、お前『以外』のひよっこ共だ。そう噛み付くな」


「………」


くくく、とお世辞でも可愛いとは言えないほど不気味に笑う教官に、俺は不快感を覚える。何故だか、今目の前にいる男には、自分の全てを見透かされているような、そんな気分だ。


「少し話がしたい。構わないか?」


「お好きにどうぞ………」


………どうも落ち着かない。先ほどまで威圧感というか、殺意というか、そういったものを隠すつもりもなく、寧ろバリバリに表に出していた酒松教官だったが、今はそんな雰囲気は微塵も感じられない。一声怒鳴られるだけですべてを従わせてしまう、そんな声の持ち主とは思えないくらい普通に話し、今教官を纏っている空気には威圧感も殺意もなく、ただのおっさんが普通に会話する時にのような、そんな雰囲気だ。


そんなギャップのせいか、俺は教官に対してあまりにも普通に返してしまったことに気づいた。普通教官に対して敬語を使う、それ以前に目上の人には敬語を使うのが常識だと思うが、それを俺は友達感覚のノリで返してしまったのだ。


それ程までに、目の前にいる酒松教官が違って見えるということなのだろうか。


「お前が考えていることはよく分かる。戸惑っているのだろう?先ほどまで怒鳴り散らして、皆を強制的に従わせた教官とは思えないと」


「は、はい………」


「ふんっ、俺も好き好んで怒鳴っているわけじゃないさ。コレが『仕事』なんだよ。お前たちを、どんな手段を使ってでも、どんなに嫌われても、実戦で使い物になるように鍛え上げることがな」


「………」


「だから、次からは敬語を使わなかったら強制『パーティー』にするぞ?」


「うっ………すいません」


冗談だ、と不気味な笑い声と共に言われ、チョットホッとした。


(………だかど、教官にも色々と事情があるみたいだな)


どうして、俺なんかに急にこの話をしたのかは分からない。もしかしたら、この後に話される事について関係があるのかもしれないが、今は憶測の域を出ない。やはり、大人しく話をされるのを待つのが一番だろう。


(いったい何を話すのだろうか?)


そんな俺の疑問を読み取ってなのか、酒巻教官は本題について話し始めた。





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