【Code1 イーグル】05
「俺、あの訓練苦手なんだよなぁ………」
「なんだ、愚痴をこぼしに来ただけか?」
「だってよぉー………」
まぁ、その気持ちは充分に分かる。『パーティー』の途中放棄は認められてないし、全ての『パーティー』を終えた後の筋肉痛は、明日に響くとかそういったレベルをはるかに超えたものだ。………確か、一週間はマトモに動けなかった覚えがある。
「俺、『パーティー』受けた後食事すらマトモに取れなくて、栄養失調で入院したんだよ………。身体強化型のお前には1000回じゃなくて10000回だぁって言われてさぁ………」
「お、おう………ご愁傷様」
「ねぇ、【イーグル】と、りょうへい………?大丈夫?今にも死にそうな顔してるけど………」
良平がネガティブになっている時に現れたのは、【シルフ】こと優香里だ。優香里が良平のことをしきりに気づかってくれているが、その良平はうつ伏せの状態から固まったままだ。
「さぁーっ!!『パーティー』へご招待しろっ!!!」
「いやぁぁあああああああっっ!!!!!!!」
そんなことをしている間も、『パーティー』の招待者(犠牲者)が続々と現れる。たった今も、女子生徒が黒スーツを着た二人の教官に特別ルームへと強制案内させられている。その中に、何時の間にか『パーティー』を受けている神崎の姿が見えた。
「か、神崎の奴………辛そうな顔してるなぁ」
「そりゃあそうでしょうよ。実際に辛いんだから」
「うぅぅ………」
よく見たら、神崎以外のクラスメイトもかなりの数が『パーティー』会場にいるな。数は………十人は超えてる。このクラスメイトの数は四十五人だから、約1/4がすでに犠牲となっている。うわぁ、なんか急に嫌になってきたぁ………。
「な、なんか人の見てると尚更嫌になってくるよね………」
「い、言わないでよっ!ただでさえ私は『パーティー』確定なのに………」
「遅刻したことで更に10000回増えないだろうか………」
「それはないと思いたいけど………」
「うわぁぁあああああ!!!たすけてくれぇぇてええええ!!!」
そんな会話をしている最中にもまた一人犠牲者が会場へと連れ去られて行く。それを眺めながら「まさかなぁ………」と不安気に呟く。
俺たち三人は勿論のことながら、この第二アリーナで行われている回避力テストに遅刻してきた。
この第二アリーナ、正式名称は『第二訓練施設ミディライザー専用実験処理場』と長ったらしい名前の場所から2-Cの教室まで、全力疾走でも3分はかかる。そのため、この第二アリーナまで走ってきた俺たちは、もともとの遅刻時間からプラスして五分もの遅刻をしてしまった。
アリーナへと続く扉を開け、教官と思われる人らしき者に向ってダッシュ、頭を90°以上も傾け遅刻したことを謝罪した。
勿論、この時謝罪した教官は酒松教官であり、すでにご存知の通りの凶悪な教官である。容姿だけは謝る際に見ていたため(容姿だけでも充分怖かった)、ある程度の叱りと処罰は覚悟はしていた。
しかし、酒松教官がとった対応は叱りでもなく処罰でもなく、ましてや体罰でもなかった。ただ「ふんっ!」と鼻を鳴らし、「次はないぞっ」と忠告しただけであった。
あの時はラッキーと言う気持ちと安堵の気持ちでいっぱいいっぱいだったが、今考えてみると奇跡が起こったとしか考えられない。あの教官が許すなんて………。
「おらぁぁああっ!!!さっさと『パーティー』でエンジョイしてこぉぉおおいぃっ!!!」
「たのしめるかぁぁああああああ!!!!」
………うん、奇跡だね!
そんなことを考えているうちに、周りのクラスメイトも残り半分以下となっていた。ここまで選ばれないと、逆に緊張して嫌なのだが………。
「次っ!!尾崎良平っ!!!」
「はっ、はいぃっ!!」
ここでようやく、我ら【イーグルス】から初の犠牲者………じゃなくて、指名者だ。先ほどまでは、うつむいたまま元気の一つも感じられなかった良平だが、指名された今は無駄に叫んだりしている。うをぉーとか、うわぁーとか。アレは絶対空元気だな。
「ぬぁぁああああいてっ!!??」
「黙れ」
あ、叱られた。しかも普通に。よっぽどうるさかったんだろうなぁ、あの雄叫び。………いや、本当にうるさかったけどさ。
「良平ーっ!!ガンバーっ!!」
「おめーなら100発は避けられるよーっ!!自信もてーっ!!」
「後620発足りない~っ!!」
まぁ、そりゃあしょうがないだろう。半泣きで叫ぶ良平の言葉に、素直にそう思った。
良平のミディア『剛力』は、身体強化型の中で一番分かりやすく、一番単純な能力だ。
筋力強化ーーーそれが『剛力』の能力。
『剛力』は、身体のどの部位の筋肉も一時的に数十倍の力を発揮することができる。例えば、両足の筋力を強化すると、ものすごい速さで移動ができたり、両腕の筋力を強化すると、コンクリートの壁を素手で破壊できたりする。
これだけの説明だと、単純な能力なのにめちゃクソ強そうに聞こえるが、欠点も多く存在する。だが、今はこの説明を省こう。
そして、ミディアには………いや、ミディライザーにはそういった固定能力の他に必ず『副効果』を持つ。それが例え、良い効果でも悪い効果でもだ。『剛力』の場合は前者にあたる。『剛力』の副効果は、動体視力強化だった。良平曰く、『剛力』使用中は調子がいい時でハンドガンほどの銃弾は見えるらしい。すごい動体視力だと思う。
『剛力』の筋力筋力、『副効果』の動体視力。この二つの効果が重なれば、この回避力テストの弾丸もある程度はよけられる。それでも、俺は良平が避けられるであろう弾丸の数は100発程度、20秒くらいだと予測した。………先に言っておくが、『刹那』は使ってないぞ?
「ねぇ、良平のどう思う?」
俺の考えを知ってか知らずか、良平がいなくなったスペースに優香里が腰かける。俺の隣に座る優香里と一度目を合わせ、再び良平の方へと視線を戻す。
「さっき良平に言ったとおり、100発前後程度だと思うよ」
「良平の能力じゃダメってこと?」
「ダメとかそういうことじゃないと思うけど………、でもそういうことなのかもな」
「ん………?どういうこと?」
疑問の表情で俺を見つめる優香里を、横目で確認する。俺は、まだ自分の考えがまとまってないこと、上手く説明できないかもしれないことを先に告げてから話し始める。
「ただ単純に避けるだけのテストなら、『剛力』はうってつけの能力だと思うよ。基本的に回避力=速さだから、その面『剛力』は完璧にクリアしてるわけだし。だけど、このテストはその『基本的』の中の回避力には部類されてないんだ。何故だか分かる?」
「えっ!?えーとー………」
まさか質問されるとは思っていなかったのか、俺が問いかけるとビックリした表情を浮かべる。ただ、それも一瞬のことで直ぐに思考を巡らせている。こういう切り替えが早いのが、優香里の特徴だと俺は思っている。………SHR後のアレも切り替え早かったしね。
考えがまとまったのか、正面を向いていた顔を俺に向け直してから話し始める。
「ゴメン、わかんない」
「………おい」
ちょっと前の俺の思考返せよ。何が考えまとまっただよ、こいつなんにもまとめてねぇよ。状況理解してねぇや。………はぁ。
心の中でため息をこぼす。優香里の様子を確認すると、両手のひらを目の前で合わせ、右目を瞑り、その綺麗な口から出てきた舌を見せ「ゴメン、マジでわからない」と言い出したからには、もう一度心の中でため息をこぼすしかない。いや、もしかしたら声に出ていたかもしれないが、それはきっと無意識のうちにだろう。はぁ………。
「………お前、狙撃手だろ?それでなくても、一般人ですら少し考えれば分かる事だぞ?」
「バカで悪~ござんしたっ!それと、このテストと狙撃手とバカは関係ないでしょっ!」
何で逆ギレしてんだよ、こいつ………。面倒くせぇなぁ。
「まぁ、バカと狙撃手は関係ないけどテストと狙撃手は関係大有りだぞ?」
「だからバカはかんけ………え?そうなの?」
「冗談で言わねぇよ、良平じゃあるまいし。まぁ、正確に言うなら狙撃手だけじゃなくて、遠距離からの攻撃をメインとする者たち全員に当てはまるんだけどね」
「………もう、わけがわからない」
お手上げといわんばかりに両手をあげ、降参のポーズを取る優香里を見て「しょうがねぇなぁ」と、一言余計に呟いてから話を始めることにした。
「最初に言ったように、回避力=速さってのはだいたい分かるよな?」
「うん、それは感覚的に分かるよ。速く動けないと避けられないからね、亀なんかは回避力0とかじゃないの?」
「そうかもしれない。ちょっと話を逸らすよ」
一度優香里に断りをいれる。それに簡単な相槌で返してくる優香里を確認してから、話を再開する。
「例えば、お前が1000mの距離から良平を狙撃するとしよう。場所は、【スパーク】達とやりあった特別ステージだと思ってくれ」
「うん、あのビルがたくさんあるステージね」
できるだけ記憶が新しいもの、印象に強く残っているものの方が、人はより鮮明にイメージができる。そういった意味での特別ステージのチョイスは、優香里の反応を見て正解だったと確信する。
「銃は………そうだなぁ、イメージがしやすいようにお前の愛銃バレットM82A1、12.7×99mmNATO弾を使用したとしよう」
「うん、了解!装弾数は?」
「それは今回は無限と思ってくれ。それと、連射速度は15/sな」
「えっ!?15/sって、もうアサルトライフルの領域じゃない!!なんでわざわざバレットM82A1でそんなイメージを?だっらM16A2とかの方がよくない?それに、装弾数も無限って………」
「まぁ、一回俺の話を聞けって。それに、M16A2っていったってお前は前線じゃくて狙撃手だろ?それに、一度でもM16A2を持ったことあるのか?」
「うっ………無いけど」
「だったら、今はバレットM82A1で想像してくれ。アンチ,マテリアル・ライフルで連射なんてのは想像しにくいだろうが、まぁそこは何となくで構わないよ」
「う、うん………頑張ってみる………」
必死にバレットM82A1で連射しているイメージを巡らせている優香里を他所に、俺は話を続ける。
「それで、連射速度15/sのバレットM82A1を持った自分が五人いると思ってくれ」
「………もう、話が飛びすぎて分からない」
「無茶いってんのは分かるけど、なんとか想像してくれ」
バレットM82A1級のアンチ・マテリアル・ライフルを連射、しかも弾が無限、さらにら自分が五人いるとなれば、想像といっても簡単じゃないのは分かる。それでも、なにも文句を言わずにイメージしてくれる優香里は、おそらく俺が説明ベタなのを理解してくれているからだろう。うーむ、感謝せねば。
「………うん、想像できたよ」
「ありがとう。じゃあ、今の状況を簡単に説明するよ。良平は丁度見晴らしのいい場所、座標だとエリア2756辺りのスクランブル交差点がいいかな?に立っているとする。その良平を1000m離れたビルの上から狙撃しようとする優香里×5人がいる。ここまではOK?」
「うん、×5は気になるけど………」
気にしないでくれ、優香里ちゃんっ!!………いや、やっぱ気にしてくれっ!!
どっちだよっ!?と、自分で勝手に突っ込んどいてから、再び話をする。
「………まぁ、上手く想像と折り合いをつけてくれ。話を戻すが、良平はその場所に『動かない』で突っ立っている。それを、優香里は狙撃しようとしている。お前の場合だったら、確実に当てることができるだろ?」
「うん、まぁ。1000m程度だったら余裕だし、そもそも対象が動いてないんじゃ当たるのは当然だね」
「そうだね。『動いていない者』に当てるのは簡単だよね。アレだけ速く動ける良平でも、『動く前に当てられてしまっては』ご自慢の速さも意味をなさない」
「うん、分かるよ。動かれる前、気づかれる前に狙撃するのが基本だから」
よかった。今のところは、俺の説明を理科してくれているようだ。できるだけ分かりやすく説明したいが、はたしてコレがいつまでもつのやら………。ガンバろう!
「じゃあ、今度は良平が『剛力』を使って70km/hで走ってるとしよう。そして、その走った先に唯一ある見晴らしのいい場所が、さっきと同じスクランブル交差点だと思ってくれ。その見晴らしのいい場所に出てきた瞬間を狙って、優香里は狙撃するとしよう」
「うん………一気に難易度が上がったね」
「あぁ、だから優香里とは言え『外す』可能性も出てくるわけだ。そして、今回は外してしまったとしよう。すると、どうなる?」
「え、どうってそりやぁ………」
あまりにも当たり前な質問をした俺に若干呆れている様子の優香里だが、質問には真面目に答えてくれた。
「『どうなる?』ってのが、どこまでのことを指しているのか分からないけど、少なくとも外したことで言えることは『次の狙撃の難易度が増すこと』だね。外したってことは、狙撃手がどの位置で、どこらへんから撃ってきたのが対象に筒抜けになること。どこから撃たれるか分かっている銃を避けるのは、それほど難しくない。『剛力』を持っている良平なら尚更。最悪視界外になる建物の影とかに隠れれば………。あれ?」
ようやく優香里が何かに気づいたようだ。アレだけ自分で話せるほど知識があるのだから、逆に気づかなかったらどうしようかと思っていたが、杞憂に終わって良かった。
優香里が完全に気づいてしまう前に、俺は自分の話を再開する。
「よし、今度は最初にお前が回避力0といっていた亀を使おう」
「か、かめっ!?」
「あぁ、亀だ。ノロノロ動く、あの亀だ」
「いや、分かるけどさ………」
まぁ、良平の次に亀を想像しろっていうのも無理な話だけどな。
「んー、で?その亀もスクランブル交差点でノタノタ歩いていると?」
「あぁ、そういうことだ。それをお前が狙撃する。狙撃できるか?」
「あのさぁ~………」
先ほどよりも何十倍も呆れた表情で見つめてくる。さすがに今回はちょっと馬鹿にしすぎたかもしれない。優香里はため息をこぼし、こんなことは二度と聞かないでね!と気迫迫る勢いで話す。
「亀なんて当てるのは朝飯前よ!ぶっちゃけ寝起きでも当てられる自信あるよ?ってか、条件だけなら最初の良平とそんな大差ないじゃないっ!なんで急に亀なんか………」
「んじぁ、亀に当てることなんかは簡単すぎてゲロが出ると?」
「とぉーぜんっ!!」
両手を腰に当て、エッヘンと言わんばかりの高圧的態度をとる。まぁ、亀可愛くて狙撃できないーって言われたらどうしようかと思ったけど。………でも優香里さん、ゲロるのはマジ勘弁ね?