【Code1 イーグル】01
「くそっ、どこ行きやがった!?」
と、隣で愚痴を吐き捨てながら隣を走るそいつを、俺は横目で追い、舗装されたこの道をおいて行かれない程度の速度で追いかける。
そいつは「どこだぁ!?」「出てきやがれぇ!!」と大声を発しながらも、息一つ切らさないところを見ると、いくら長い付き合いだとは言え、どんだけバカ体力の持ち主何だと疑問に思う。
だが、それは同時に自分の中にある答えに直ぐ結びつくため、考えるだけ無駄だと、何時も後から後悔している。
「………ってか、探し回っているのにそんな大声発しながらだとこっちの場所がバレちまうだろ」
「あっ、しまった!!」
つくづくバカ、ってか能天気な奴だ。この試合が俺たちにとって重要な事は理解しているのだろうか?
『………キミタチ、もう少し静かに動く事は出来ないのかね?特に【ファルコン】』
「おっ、【D】か!?」
俺たちの脳内に直接語りかける女の声に、隣の男【ファルコン】が反応する。
「【D】、対象は見つかったか?」
『………【イーグル】、残念だが私の能力は登録者以外の情報は入らなくてね。今はお前たちと【シルフ】の目だけが頼りだ』
「【シルフ】も見つけてないのか!?」
『………もし見つけていたら既に連絡しているさ。少しは足りない頭で考えてはどうだ?』
「うっ………!」
『………それと、ソロソロ10km圏外にお前たちが出る。直ぐに動けるようにはするが、しばらくは連絡がつかないと思え』
【D】のミディア『EXC』の効果範囲は10km。この特別ステージの広さは縦横が10km×10kmと巨大で、【D】が中央にいれば全ステージ範囲圏内なのだが、それは相手に狙って下さいと言っているようなものであり、実際には『EXC』の範囲圏内以外の漏れの部分、範囲圏外も多く存在する。
だが、半径10kmという巨大な範囲を持つ『EXC』を、範囲圏外へ持ち込まれたという事は、俺たちが相当振り回されているという証拠だ。
今回の相手はかなりのやり口らしい。
「【イーグル】了解した。コッチは【ファルコン】と共に捜索を続ける」
『………あぁ、そうしてくれ。【シルフ】からは私がつた………』
『こちら【シルフ】っ!【イーグル】っ、応答願います!』
【D】の声を中断して割り込んできた、『EXC』を仲介して俺たちの脳内に直接語りかけきている【シルフ】という俺たちの仲間だ。
性別は【D】と同じ女性で、口調からして何か重要な事を伝えたいらしい。
「こちら【イーグル】。どうした、【シルフ】?」
『たった今、肉眼で敵の本拠地を捉えました!』
「おぉっ!マジか!!そんで、何処に敵さんは居るんだ!?」
『エリア0465の高層ビルの真下です!』
「ここからだと4時の方向か。よし分かった、これから直ぐそちらに向かう。敵の数、能力が分かったら連絡してくれ。俺たちがそっちに行くまでの間は現場待機だ」
『【シルフ】、了解』
よし、これで相手の場所は分かった。後はどうやって仕掛けるかだな。
「【D】っ!」
『………既にやっている。君たちの足の速度からして、その位置までには10分で着くよ』
「ありがとう」
10分で着くとなると、それ程こんだ作戦は立てられそうにないな。
後は、【シルフ】がどれだけ相手の分析を出来るかだな。
だが、一つばかり妙だな。
相手は俺たちよりも格上の【スパーク】だ。戦術や戦略を得意とするタクティクスのエキスパート達の集団が、何故あんなバレバレの偵察部隊を出し、何故あんなにも分かりやすい場所を拠点としているのか。
(これは、誘い込まれている?)
「よぉ~し!そうと分かれば全力疾走だ!」
と、俺の考えとは別に何の考えも無しに突っ込もうとする【ファルコン】。
はぁ、とため息をつきながらも、気を抜いて追いかけて行ったらあっという間に離されてしまうので、取り敢えず今は思考をクリーンにして【ファルコン】を追いかける事だけに集中した。
ったく、後先考えず行動する奴は気楽でいいよなぁ。考えて行動する奴の事は考えもしないんだから。
「………お前さぁ」
と、軽い文句を飛ばしてやろうと思った矢先に、その能天気な男の声によってかき消された。
「お前がいっつも難しい事を考えているのはバカな俺でも分かる。だけど、俺には考えて止まるよりも考えないで動く方が相にあってるんだ。だから、お前が指示を出してくれれば俺は従うし、俺はお前のいう事は全面的に信じてる。今回は、どうしたらいいんだ?」
「………」
はぁ………ったく。
文句を言おうと思っていた俺の方が馬鹿見たいじゃないか。
「やれやれ、文句の一つも言わせてくれないのか、お前は」
「まぁな!いざとなったら、お前の【目】を頼らせて貰うさ!」
「結局俺頼りかよっ!?」
あはは、と笑う彼奴を精一杯の憎悪と少しでもこいつをいい奴と思ってしまった自分の恥ずかしさを精一杯込めた眼力で睨みつけてやったが、バカなこいつは気づくはずがないだろう。
はぁ、自分もだんだんバカになってきたのかもしれない。
そんな事よりも、今は目の前の事に集中しよう。
【D】によると、俺たちは後10分程度で目的地に着くらしい。さっきも考えたが、10分程度で成功率が高い作戦を考えるのは不可能だ。作戦とは、仲間同士で年蜜に考え、ミーティングし、始めて成功するもの。即席な作戦は時として功を成するが、相手があの【スパーク】だと、その望みは薄い。
それに、【ファルコン】の言うとおり、最悪俺の【目】と【シルフ】の狙撃がアレば多少は凌げる。
後は、相手が近接格闘においてどれ程の実力を発揮するかだ。
【スパーク】は名の通り、全てのミディアが発電系の気象能力特化型のチームだ。基本的な戦術として、罠を仕掛けたり、中距離でのレールガンや放電攻撃を主としたスタイルだから、近接系の武器等は、あってもスタンガンからサバイバルナイフ程度と考える。
となると、今移動中の俺らが一番狙われやすく、危ない位置にいると思うのだか、今のところ、罠の一つもない。
(考え過ぎか?)
そう思っていたところ、脳内に再び女の声が響いた。
『こちら【シルフ】、【イーグル】応答願います』
「こちら【イーグル】、どうしたら【シルフ】?」
『敵の数を捉える事に成功しました。敵の数は全部で7人、戦闘に参加できるのは6人で、後の一人は【D】と同じ司令塔です』
「そうか………」
【イーグルズ】のチーム人数は全部で4人。そのうち3人が戦闘、1人が指揮官だから、数の上では相手が2倍か。
いや、【シルフ】のような超ロングレンジからの遠距離攻撃は相手には無いだろうから、近接格闘のこの戦いに置いては3倍。………ちょっとバカしキツイな。
『それと、もう一つお知らせがあります』
「ん、なんだ?」
それは、俺がついさっきまで考えていた事が実行される事を示した。
『相手さんが、動き始めました』
ーーードーンッ!!!!
という爆発音が、上空左右の高層ビルから聞こえてきた。開戦の合図だ。
今回のステージは都市をイメージして作ってあるので、周りには高層、超高層ビルが数多くならんでいる。そして、今上空左右で爆発した超高層ビルは、俺たちが向かう【スパーク】本拠地の超高層ビルまでの距離の間で『唯一ある超高層ビル』だ。恐らく、これを目安に仕掛けてくるつもりなのだろう。
上空で爆発があったため、直接的爆風の被害は無いにしろ、ガラスやビルの瓦礫などが次々に落ちてくる。このままここに居ては、モロに被害を食らってしまう。
「っ、走るぞ!」
「おうよっ!」
隣にいる【ファルコン】に一声掛けてから、お互いに全力で走る。
幸いな事に、爆発付近がかなり上空にあったために、人並みの走る速度でも落ち切る前に逃げられそうだ。
(っ!?いや、まてよ………)
何故だ?何故あんなにも上空で爆発を起こす必要がある?もし完全にダメージを食らわせたいのなら、もっと下層付近、又は地面に仕掛けをするはずだ。なのに、わざわざ『超高層ビルの最上階』付近を爆発させる必要は無いはず。
いや、そもそも超高層ビルに拘らなくてもそこら辺の建物を爆発させれば住むはずなのに、何故このビルを?
(こんな上空でガラスや瓦礫が落ちてるには相当な時間がかかるはず。丁度、この次のビルの中間に差し掛かるくらいでようやく………)
はっ、しまったっ!!!!!
ーーードーンッ!!!!
と、その事に気づいた時には既に遅かった。今度は、超高層ビルの次にある普通のビルが爆発した。今回はかなり下層付近の爆発だったために、避けるには『後ろに下がらなくてはならない』。
(そうか、最初からこれを狙っていたのか!!)
最初の爆発により、人間は無意識に頭上、つまり上から落ちてくるガラスや瓦礫に注意が逸れる。そして、それはあまりにも上空にあったために『完全によけ切る事』が出来てしまう。これが、第一の罠だ。
そして、丁度この超高層ビルを超えて次のビルに差し掛かろうとした時に、今度は下層付近を爆発させる。この時、人間は頭上に向いていた注意を今度は目の前の爆発に向ける。それもそのはずだ。何故か、それは人間はより危険と感じた方に注意が向くからだ。最初の爆発は『上の方』にあるから大丈夫と無意識に思い、次の『下の方』の爆発は自身との距離が近いため危険と判断する。これが二つ目の罠。
そして、後ろに戻ってしまった時、完全に注意が逸れていた最初の爆発によるガラスや瓦礫の落下物に気づいた時は、既に重力加速度による補正で目の前にまで迫っていてよけ切る事は出来ない。
人間の心理と都市ステージ、自身のミディアを上手く使った、とても良い作戦だ。
さすが、心理戦や戦術に長けていると言われている【スパーク】だけはある。普通の編隊なら、この作戦で大ダメージを貰うだろう。
だが、あいつらは一つだけミスを犯した。
あいつらは、俺たちの事を知らな過ぎてる。
「刹那!」
俺の両目が紅く染まり、刹那の瞬間を捉える。それと同時に、現代科学では不可能なハイゼンベルクの不確定性原理を解き明かす。
(ハイゼンベルク補正アルゴリズム計算………計算終了)
「【ファルコン】!見えたよな!?」
「もちろんっ!!」
「んじゃ、後は頼むわ!」
「りょうかいっ!!!」
俺たちには【D】による『EXC』で脳内が繋がっている。この『EXC』は、ただコミニュケーションを取るための能力ではなく、相手が見て、感じた事を『EXC』を通して登録者全員がダイレクトに意思疎通が出来る能力なのだ。
そして、それは俺が『刹那』で見たハイゼンベルク補正アルゴリズムによって導き出されたルートを、こいつも『見ていた』の事になるのだ。
そしてそのルートは、俺には不可能だが、こいつには可能だ。
「しっかり捕まっとけよぉお!」
「了解!」
『刹那』の中での意思疎通を終え、解除の瞬間と共に
「剛力っ!!!!」
と、【ファルコン】が叫ぶ。
もう既に目の前に迫った瓦礫に怯える様子は一切ない。
代わりにあるのは、心の余裕と、緩み切った頬と、背中に担がれている俺と、そして加速だけだ。
目の前まで迫った瓦礫を一瞬の内に交わし、時速70km超で次々に落ちてくる瓦礫も一切の欠片も当たる事無く躱していく。
「うをぉぉおおお!!!」
雄叫びと共に、【ファルコン】はドンドンか加速し、ついには100kmを超える速さまで達した。
「くっ………」
人が精々全力で走った時のMAX速度は、過去のオリンピック選手の金メダリストでも時速40kmが限界だ。しかも、それは一直線であり、この様に瓦礫と瓦礫の間をくぐり抜け、激しい切り返しを繰り返しながらだと時速20kmも出ればいい方だろう。だが、こいつは人間の限界をはるかに超えた速度、かつ落ちてくる瓦礫を完全に除けながらで時速100kmを保ち続けている。
それが、【ファルコン】のミディア、『剛力』の能力だ。
だが、『剛力』には瓦礫を避ける事は出来ても、瓦礫を予測する事は出来ない。闇雲に避け続ければ、いずれは大きな瓦礫の下に潜り込んでしまう。
そして、そのための俺とこいつのペアなのだ。
「くぅ………っ!」
ただ、残念な事に俺自身は『剛力』みたいな能力は持っていないため、時速100kmで激しく動くこいつの背中に乗っている俺は、半端ないGがかかる。
そして、何時もこういった後には………。
「うぇぇええ、ゲボォ、ゲボッ!……はぁ、……はぁ」
身体がGに耐え切れなくなって、胃の中に入っている物が全て吐き出されるのだ。
「お、おい………、大丈夫か?」
「な、何とか………うぇぇえ!」
『………ご愁傷さま』
【D】の慰め?の声が聞こえたような気もするが、今はその声に答える余裕はなさそうだ。
それからまともに話せるでに回復したのは、ゆうに5分は超えただろう。今にとっての5分はとても貴重だが、それよりも体の方を優先せねばならない程のGを受けてしまえば、それは仕方が無いだろう。
(【D】やつ、俺が担がれて振り回されている時にちゃっかり『EXC』解除してやがったしな………)
と、心の中で愚痴をこぼすくらいまで回復すれば問題ないだろう。
『【イーグル】、悪いですけどソロソロ動かないと【スパーク】の人達が………』
「おう、大丈夫だ………」
通信越しに心配する【シルフ】の言う通り、これ以上こんな事で時間は取れないな。
この試合は俺たち『PTC』にとっては大事な試合だ。それは、あっち側だって同じ事。
今日だけは、何としても負けられない………。
なんたって、この試合に勝てば………!
「すぅー………、はぁー………」
大きく一回の深呼吸を行う。残り制限時間などは設定されていないが、気持ちが焦っているのが分かる。そして、これまでの戦いがフラッシュバックするかのように頭の中を駆け巡る。
「ようやくここまで来たんだ………」
「あぁ、長かったがようやくここまで来たんだ!」
『えぇ、本当に長かったです………。と言っても、ほんの2年なんですけどね』
『………、私はこの2年間君たちのおかげで退屈せずに済んだよ。昔の私なら、ここまで充実した2年間は過ごせなかった………』
俺らは人それぞれ想いのままに口にし、それを噛みしめるかのように、瞳を閉じた。
その瞼の裏には、2年間しっかりと刻まれた俺たちの想い出がある。
そして、その想いが今日、現実となるのだ。
「………よしっ!」
一声皆に声をかけ、注目を集める。
「ここからは敵の罠があちこちに張り巡らされてると思って構わない。俺は『刹那』をフルで使う。連続での使用は不可能だ、インターバルは5秒。その間は、俺が導き出したルートを【ファルコン】、お前が『剛力』で抜け切ってくれ。【シルフ】は相手にばれないよう注意しながら移動し、狙撃ポイントを見つけてくれ。【D】は何時も通りに頼む。………以上だ」
そして、最後にもう一度深く深呼吸をし、
「ぜってぇ勝つぞっ!」
「『『おうっ!』』」
掛け声と共に、戦場が開けた。
ここからが、俺達の本当の戦い。