罰ゲーム
5時間目。「学活」の授業。
田中はこの時間を何よりも恐れていた。苦手な体育よりも恐れていた。だから、10分休みの時、教室に入らず廊下をうろちょろしていた。あの中に入るのがいやだったからだ。廊下は最初生徒達がいたのだが、やがてどんどん人数は減って行く。やがて田中一人になったとき、チャイムが鳴った。
キーン、コーン、カーン、コーン
しかたない・・・。田中はドアをがらりと開けた。
「遅いじゃないの。」
もう教室の中はフルーツ・バスケットの準備ができていた。皆が円形の椅子にぐるりと座り、その中央に、生徒会長の浅見奈央が立っていた。
「遅いじゃない。」
浅見は、何もかも見通しそうなメガネ越しに太郎をじっとみつめた。彼女は学級委員長で、小学三年生でありながらここのクラスの権力を全て握っていた。だれも彼女に反対する者がいない。彼女に反対しようとするものなら、彼女をとりまく「グループ」と呼ばれるやつらから、社会的に抹殺される。
だから田中は反抗せずにしぶしぶ謝る。
「すみま・・せん・・・でした。」
そして椅子に座る。
浅見は皆に言った。
「さて、これから、フルーツバスケットをします。果物は・・・りんご、ぶどう、バナナ、オレンジ。馳川さんから数えるので、皆、順番に点呼してください。」
そして皆は「りんご」「ぶどう」「バナナ」「オレンジ」「りんご」「ぶどう」「バナナ」「オレンジ」「りんご」「ぶどう」と次々と点呼した。
それを確認した浅見は教室を練り歩きながら言った。
「はい、では、ルールは知ってますよね?オニがさっきの4つのうちの果物をあげます。それに当てはまる人は皆席を立って、別の開いてる席に座ります。オニもですよ。フルーツ・バスケットと言ったときは全員動きます。そしてまあ、動くと必ず一人余ります。その人はオニです。」
そして立ち止まった。
「3回オニになった人は・・」
そして田中を見た。
「罰ゲームです。」
席に座っている皆が一斉に田中をじっと見つめ、クスクスニヤニヤ笑っていた。田中は無性に不安になった。
「さあ、始めましょう。ではりんご!」
田中は「りんご」であった。急いで席を立った。だが、他の人がものすごい勢いで動き、田中が座ろうとした席は座られ、オニになってしまった。
しかたないと思って田中は「バナナ!」と叫んだ。
すると「バナナ」の人々は目にも止まらぬ速さで動きふたたび座れなくなってしまった。
どうしよう・・・と田中は思った。このままでは3回目になって罰ゲームじゃないか・・彼は思案した。皆はじっと静かに田中を見つめる。やがてこれしかない、と思って叫んだ。
「フルーツ・バスケット!」
田中は驚愕した。皆一斉に起立して、右隣の席に移動して一斉に座ったのだ。田中が座れるはずもない。もうだめだ・・・。
浅見は言った。
「もう3回目ね。罰ゲームよ。何にしようかな・・・」
そう、このクラスにおいては全決定権は学級委員長の浅見に下されていた。だから罰ゲームも彼女が決めた。
しばらく思案して彼女は言った。
「・・・一発芸。」
やめてくれ、と田中は心底思った。彼は一発芸が不得意なのだ。そもそもやったことすらない。
とりあえず、自棄糞に、彼は地べたにしゃがんで言った。
「犬のまね。わんわんわん。」
だが、だれも笑わない。シンと静まり返っている。その異常な白け具合に田中の背筋まで寒くなったが、これでいいだろうと思って、彼は言った。
「じゃあ・・・・ぶどう!」
だが、誰も動かない。「ぶどう」の人々は座りながら彼をにらんでいる。どうしたことだろう・・・・。そのとき浅見は言った。
「ぜんぜん、面白くないじゃないの。だめよ。それじゃ。」
あまりの事に田中は開いた口が塞がらず、あぐあぐあぐと言いながらへたり込んだ。浅見は言った。
「一発芸はムリみたいね。じゃあ、新しい罰ゲームをしましょう・・・・・。尻文字!」
最悪だ・・と田中は思った。おまけに今になって、一発芸のいいネタを思いついてしまった。最悪だ、最悪だ、最悪だ・・・・
「ほら、みんな、言うわよ。」
と浅見は言うと、椅子に座っている皆は手をたたきながら合唱した。
「♪たーなかの『た』ーはどー書くの、こーかいてこーかいてこーかくの」
田中は一生懸命尻で文字を描いた。通常尻文字は、その無様な姿を笑うものだが、皆それに笑う事無く、無表情に続けた。
「♪たーなかの『な』ーはどー書くの、こーかいてこーかいてこーかくの、たーなかの『か』ーはどー書くの、こーかいてこーかいてこーかくの」
なんとか「か」を表現した田中はもういいだろう、全力でやったのだし、と思って叫んだ。
「オレンジ!」
だが、だれも動かない・・・・。まさか、と思ったその矢先、浅見は言った。
「文字に見えなかったわ。」
田中は腰が抜けた。そ・・・・そんな・・・・・・。彼は叫んだ。
「じゃあ、どうすれば、いいんだ!いったい、どうすればこの地獄から解放されるんだ!!!」
浅見は席を立ち上がり、田中に接近し、冷たく田中を見下ろして、訊ねた。
「ここから解放されたいの?」
「ああ、そうだ!」
「じゃあ、最後の罰ゲーム。これで最後よ。」
「え?」
田中は期待に目を輝かせた。やった・・・。これで、終わりだ・・・・・。解放される・・・・。だが、妙である。浅見はなにやら黒光りするものを取り出した。それは銃であった。浅見はメガネだけ光らせながら言った。
「死になさい。」
田中はとっさな予感を感じて避けた。次の瞬間、バンという音が鳴り、床に傷がついた。田中は悲鳴を上げながら逃げ出した。座席のまわりをぐるぐる走り、彼女も追いかけてきた。どうする、どうすればいい・・・・その時、彼は開いてる椅子があるのを発見した。彼女が座っていた席だ。彼はそれに座った。彼女は立ち止まった。田中は勝ち誇った声で言った。
「ははははは、浅見さんがオニだ!こんどはこっちの番だ!」
皆も「はははははははは」と後に続いて笑い出した。
それは灰色の教室に鳴り響いた。