四華物語3
「ーいらっしゃ…あら」
「こんにちは」
王貴珠は酒場の女主人揚八鹿に挨拶した。
すると彼女のすぐ後ろからも、「よう」と声をかけられる。
もう一人の男主人揚延広である。
彼はふんどし姿で洗い物をしていた。
二人とも四十代。
店は盛り上がっており、陽気に歌を口ずさんだり、踊ったりと、自由だった。
貴珠は席に座ると、八鹿が聞いてくる。
「何する?」
「うーん、どうしようかな」
卓に身を伸ばすと、八鹿をちらりと見る。
「おすすめは?」
「どぶろく。それと野菜炒めと塩でつけた肉かしら」
「それ、くれ」
「はい、ただいま」
八鹿が去っていき、貴珠は片肘を卓につき、待つ。
男の格好をしているので、変な奴に絡まれることはなかった。
王家といえば、大きな任侠の集まりで、有名である。
ーたまには、外でゆっくりしないと。
色んな話が聞こえてきて、耳を澄ます。
それよりも八鹿がやって来て、どぶろくを置いていく。
どぶろくとは蒸した米、米麹、水を混ぜて発酵させた酒で、白く濁っており、粥のように米粒が残っていた。
「一人で来たの?」
「そうなんだ。大丈夫、酔わないようにするから」
「大丈夫よ。もし寝ても、うちの主人が送っていってあげるから」
「おう、任せろ」
延広が腕こぶしを作ると、貴珠は苦笑する。
ーそんなに頼りなく見えるかな?
これでも剣の特訓をしたり、体術を習得したりと、厳しい毎日の練習に耐えているのだが、見た目では分からないらしい。
「おや、ここにいい尻が」
酔っぱらった男ー三十代くらいだろうか。
それがやって来て、八鹿の尻に触る。
「きゃあ!! もう、お戯れはよして」
「げへへ。いいじゃねえか」
貴珠は曲がったことが大嫌いなので、立ち上がると、八鹿に触れている手を放させる。
「何だ、お前!!」
「ただの客だ。お前こそ、失礼だろうが」
「いいのよ、貴珠ちゃん」
「良くない。早く謝れ!!」
「謝るのはお前のほうだ。ふざけるな」
貴珠と男は火花が散ったかのように、睨み合う。
「よっしゃ、兄ちゃん。俺と勝負しようぜ」
「何の勝負だ? 飲み比べか?」
「違う。俺がどぶろくを三つ用意するから、どこの国のものか当てろ。分かったか?」
「貴珠ちゃん、やめたほうがいい」
八鹿は素早く言ってくれたが、貴珠は自分の舌に自信があった。
ー王家をなめるな。
貴珠は腹を立てると、男の要求を受け入れる。
「いいだろう。早速、やるぞ」
「貴珠ちゃん!!」
「いいから。大丈夫」
そう言うと、貴珠は手巾で目隠しされる。
「わはは。お前の負けだ、お前の!!」
男は酒臭く、大声を発してくるので、皆が集まってくる気配を感じる。
貴珠は負けてたまるかと、腹に力を込める。
「早く頼む」
「おう、いいぞ。ー主人、頼んだ」
「はい、三種類ね」
貴珠の前に、三つのお猪口が並べられる気配がする。
「よし、いいぞ。まずは一つ目だ」
八鹿の柔らかくて優しい手が、お猪口を持たせてくれる。
一口飲むと、家では飲んだことがない味だった。
粒も大きく、伸び伸びと育った場所のものに違いない。
「ーこれは、夏華のものだ。米の粒が違うし、口当たりも違う。どうだ?」
「貴珠ちゃん、正解!!」
「ち。次だ、次」
「次はこれね」
またお猪口を持たせられると、味わうように口に含む。
今度は逆にどぶろくの味が薄く、水を飲んでいるかのようだった。
米の生育環境が良くないに違いない。
「ーこれは冬華のものだ。味が全然、違う」
「また当たり!! 酔いたくない人には、ぴったりなのよ」
「ちぇ!! くそ、最後の一杯だ。飲め」
「いいだろう。ー八鹿さん」
「頑張って、貴珠ちゃん」
お猪口をもらうと、口をつける。
今度は米の味がしっかりしており、稲穂の広がる光景が浮かぶ。
もう一口飲むと、蜻蛉が飛んだり、鎌を持った人々の姿が浮かぶ。
「これは…秋華のものだ。間違いない」
「正解!! 全部、当てちゃった!! すごーい!!」
「もう目隠しは外していいな?」
「だ、駄目だ!! あと一勝負」
「駄目だ。約束は約束。ちゃんと守れ」
「くっそー!!」
がたんと、男が椅子を蹴飛ばし、暴れようとした。
貴珠は素早く目隠しを外すと、男の腕を捻りあげる。
「痛ったー!! や、やめろ!!」
「お前が暴れるからいけない。皆に謝れ」
「い、嫌だね。俺、悪いことしてねえもん!!」
「何だと」
額に青筋を立てると、貴珠は蹴りを繰り出す。
男の急所に当たり、ぴょんと跳ねる。
「これ以上、暴れるなら、外へ出ろ。俺が相手になってやる」
せっかく盛り上がっていたのに、空気を読まない人間のせいで、台なしだった。
そういう人間は、貴珠は許せなかった。
ー皆、しーんとしているし。この野郎。
どうやって料理するか考えていると、延広が洗い物をやめて、貴珠の側にやって来る。
「俺が何とかする。おう、行くぞ」
「は、はい…」
延広が怒っているのが怖いのか、男は黙った猫みたいに連れて行かれる。
貴珠はほうと息を吐くと、八鹿が「いやーん」と言って抱きついてくる。
「八鹿さん、どうしたの?」
「どうしたって、もうこの娘は!! 危ないことはしないの」
「でもあいつは八鹿さんの尻を触った。悪いことだ」
「そうなんだけど…まあ、いいか。おめでとう!! あなたの勝ちね」
周りから拍手と歓声が上がる。
皆、静かにしているのをやめ、また賑やかな雰囲気となる。
「ーあ、あなた。どうした?」
「殴っておいたから、もう来ないはずだ。全く、俺の八鹿に手を出すなんて、何て奴だ!!」
「男は去っていったのか?」
「おう。俺を怒らせると怖いことを教えてやった。ありがとうな、貴珠」
「どういたしまして。それより料理と酒が欲しいんだが」
「あら、ごめんなさい。今、お持ちするわね」
卓に戻り、椅子に座っていると、延広と八鹿が自分の仕事に戻っていく。
すると、少女がやって来て、手を差し出してくる。
「お兄ちゃん、格好良かったよ。だから、一緒に踊ろう?」
「え…? 俺が踊るのか?」
びっくりしていると、歳は十くらいだろうか。
可愛い盛りの少女が手を引いてくる。
貴珠は拒まず、皆の場所へ連れて行かれる。
「よう、兄ちゃん。格好良かったぜ」
「すげえよな。あいつ、邪魔だったし。いい勉強になったんじゃないか?」
口々に悪口を言うが、皆、貴珠に感心があるようだった。
「踊れと言っても、どんな風に踊ればいいんだ?」
「適当だよ、適当。楽しもうね」
少しずつ身体を揺らすと、皆、口笛を吹いたりしてくる。
ー本当は踊ろうと思えば、踊れるんだが…。
王家では幼い頃から色んな勉強をさせられているので、一通りは踊ることができた。
もちろん舞姫には負けるが、揺金樹ー金のなる木として、幼い頃から期待されているのだが、とりあえずここは皆の真似をして、軽く身体を揺する。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!! 手を繋いで」
「はい、手」
小さくて柔らかい手を掴むと、手を振りなから、横に移動していく。
客とぶつかりそうになると、逆方向に踊り出し、貴珠は笑い出す。
「楽しいな。どうだ?」
「お兄ちゃん、上手。すごい!!」
少女の目がきらきらと輝く。
憧れの対象となったようで、嬉しかった。
「貴珠ちゃん、できたわよ!!」
「はい。じゃあまた」
「うん!! ばいばい」
手を振ると、卓に戻り、酒を一口飲む。
貴珠自体は酒に強く、いくらでも飲めた。
兄弟や親がびっくりするくらい、がーっと飲んでしまうのだった。
「今日は少しずつ飲むか」
踊っている人達や歌っている人達は、楽しげな雰囲気だと認め、貴珠は酒をごくりと飲んだのだった。




