最高の親友と家族になりました(裏で全て仕組まれていました!?)
「お前はオレの最高の親友だよ。一生な」
オレ——浜中信太郎は、隣に立つ男に笑顔を向けた。
オレの人生は……まあ、色々とあってしんどい時期もあったけれど、コイツが隣にいてくれたからこそ、オレはオレでいられたのだと思う。
「なんだよ急に。娘の結婚式で感極まったか?」
オレの隣に立つ男——愛生勇蔵は、ビシッと黒のスーツを着こなしている。黒髪をオールバックにした涼やかな顔立ちの男前は、目の前で幸せそうに笑う新郎新婦に拍手を送りながら、可笑しそうに視線だけをオレに向けた。
「えー? お前は感極まらないのかよ。息子の結婚式だぞ?」
「披露宴で手紙を読んでもらうまではな。どんだけ感動しても、それまでは絶対に泣かないって決めてんだ」
まったくコイツは……昔から変なところで形にこだわる。せっかく出かかった涙も引っ込んでしまった。
オレは鼻をすすると、再び目の前へと視線を移す。
純白のウエディングドレスを着たオレの娘の伊織が、勇蔵の息子である彰と腕を組み、眩しいほどの笑顔を向けていた。その光景を見ているだけで、オレの胸は温かいものでいっぱいになる。
そう、今日はオレの——いや、オレ達の子供が結婚する、最高におめでたい日だ。
勇蔵と出会ったのは小学生の時だった。
同じクラスになって、気づけば一緒に遊ぶようになり友達になった。子供のわりに落ち着いた性格のアイツだったが、意外とオレと馬が合い、ただ一緒にいるだけでも楽しかった。
だが、アイツは子供の頃から顔が整っていて、おまけに足が速かった勇は当然のように小学校で一番モテる。女子に囲まれる勇を見ているとなんだかムカついて、オレはよくちょっかいを出していた。けれど、毎回軽々とあしらわれては悔しい思いをしたものだ。
中学に上がると、純粋にアイツの顔と頭の良さに女子たちが群がるようになった。
まあ、女子ウケの良いイケメン顔でテストは毎回学年一位だから納得と言えば納得なんだが。
しかし反面、いつも勇の隣にいるオレは影が薄いのか、まったくモテなかった。母親似で可愛い顔をしていると親戚の叔母さんたちには評判だったが、あれは単なる親戚バカだったのだろう。
高校のバレンタインでも、勇は両手に持った大きな紙袋から溢れるほどのチョコをもらっていたが、オレは「義理で配るモテない男子のひとり」として一個もらった程度だった。
そんなお情けのチョコでも大喜びしていたオレを、勇がまるで可哀想なものを見るような微妙な目で見つめてきた時は、心底ムカついたのを覚えている。
「なに憐れんでんだよ!? いいじゃねーか、女子からのチョコは嬉しいんだよ!」
羽交い締めにして締めてやったが、アイツは余裕そうに笑っていた。
「痛えって。なに、そんなにチョコが欲しいなら俺のをあげよっか?」
「俺が欲しいのは女子からなの! 野郎からのなんて要らねえよ!」
そんなオレにも、大学生になると念願の彼女ができた。
勇に可愛い彼女のノロケ話をすると、毎回「はいはい、お熱いことで」と呆れながらも付き合ってくれた。
就職してしばらくしてから、オレはその初彼女とそのまま結婚した。
金がなかったから結婚式は挙げなかったが、勇は誰よりも盛大にお祝いしてくれた。高いレストランを予約してくれて、オレと妻の顔写真をプリントしたデカいケーキまで用意してくれたのだ。
妻も「こんなに素敵なお友達がいるなんて幸せね」と言ってくれた。本当に自慢の親友だった。
その一年後、妻が娘を妊娠した。
同じ年に、勇蔵もできちゃった結婚をした。勇蔵は「あんまり褒められたことじゃないから祝わなくていい」と言っていたが、そんなこと関係ない。めでたいものはめでたいのだ。
勇ほどお金はかけられなかったけれど、オレ達夫婦で安めのレストランでサプライズパーティーをして祝った。
「これで俺達、パパ友かあ」
オレが笑いながら言うと、アイツは何か思うところがあるのか、どこか含みのある笑みを浮かべていた。
嬉しくなかったのだろうか? オレはただ純粋に嬉しかったのだが。
——でも、そんな幸せは長く続かなかった。
結婚してから5年後、幼い娘とオレを残し妻が出て行ってしまった。
机の上に置かれていたのは、妻の記入欄が埋められた離婚届と、『ごめんなさい。別の人を好きになってしまいました』と書かれた紙が一枚だけ。何度電話をしても繋がらなかった。
オレは何か間違えてしまったのだろうか。
仕事が忙しい中でも出来る限りのことをしていたつもりだったが、妻には不満だったのだろうか。それに……どうして幼い娘まで置いていくんだ。アイツにとって娘は大事ではなかったのだろうか。思考が堂々巡りになりおかしくなりそうだった。
両親はすでに他界しており、頼れる親戚もいない。途方に暮れていたオレに手を差し伸べてくれたのが、勇蔵だった。
聞けば、アイツもつい最近離婚したばかりだという。勇蔵には、オレの娘と同い年の息子がいた。
「パパ友同士、一緒に住まないか?」
そう提案してくれたアイツは、傷心のオレにとってまさに救いの神だった。
勇とオレ、そして幼い子供ふたりの生活は、大変だったけれど賑やかで楽しかった。
子供が急に熱を出した時は、都合がつく方が仕事を早退して対応した。だが、大半は勇が引き受けてくれた。職場が違うため詳しいことは分からないが、在宅でもできる仕事らしく、本当に助けられた。
家事は分担していたが、子供たちが大きくなると進んで手伝いをしてくれるようになった。オレの娘の伊織と勇の息子の彰が、仲良く台所に立っている姿を見るのが好きだった。
勇似の整った顔立ちをした彰は、勇と同じように小学校で女子に大モテだった。
伊織が「あっくん、みんなに告白されてるの。わたしが一番あっくんのこと知ってるのに」と不満そうに溢していたこともある。
伊織もオレと元妻の面影を受け継ぎ、華やかな顔立ちに育っていた。親バカかもしれないが、オレから見ればふたりはお似合いのカップルのように思えた。
「アイツらが結婚してくれたらいいのになあ」
ポツリと呟いた時、勇蔵が優しく笑って言った。
「そうしたら、俺たち本当の家族になるな」
あの言葉を、今でもよく覚えている。
まさか、それが現実になるなんて思いもしなかった。
家での二人はいつも通りの幼馴染に見えていたから、ある日突然ふたりから結婚の報告を受けた時は、あまりの衝撃に椅子から転げ落ちてしまった。
「すっっげえ嬉しい! オレも勇蔵も結婚式をしてないんだから、お前たちは絶対に挙げろよ! 金ならオレが出すから!」
「おいおい、必死すぎだろ。まあ気持ちは分かるけどな。おめでとう、二人とも」
大慌てするオレを笑いながら祝う勇の目にも、うっすらと涙が浮かんでいた。
目の前で幸せそうに微笑む二人の姿が眩しくて、オレはまた胸がいっぱいになった。
こんな幸せに巡り会えたのは、全部勇のおかげだ。
勇はオレの最高の親友で、最高の——家族だ。
++++++
信太郎に初めて会ったとき、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。
小学三年生の時、教科書を忘れて困っていた俺に、隣の席の信がすっと机を寄せてくれた。
それだけなら、どこにでもある小さな親切だ。
だが、至近距離で見た信太郎の顔は、あまりにも俺の好みど真ん中だった。
女子顔負けの愛らしい容姿と、柔らかく重なる唇、眩しい笑顔。それだけで、幼い俺の心を虜にするには十分すぎるほどだった。
あれが、俺の初恋だった。
しかし、初恋は瞬時にして諦めざるを得ないものとなった。
男同士の恋愛なんておかしい——今でこそ受け入れられつつある価値観だが、当時は同性の恋などタブー視されていた。何より、そんな時代に信が俺を受け入れてくれる可能性など万に一つもない。俺は早々に恋心を封印し、「信太郎の一番の友人」として隣に居続けることを決めた。
けれど、心に嘘をつくことはできなかった。
愛くるしい信太郎に惹かれる奴は、男女問わず存在した。だから俺は、信に近づく害虫をすべて排除することにした。
小学生の時は「足が速い男子がモテる」と知るや、学年で一番速くなるよう血の滲む努力をした。信に周囲の目が向かないよう、俺が目立ちまくった。それでも信に近づこうとする女子がいれば、俺からアプローチをかけて遠ざけた。
中高時代は、親譲りの容姿を武器に女子の関心を一身に集めた。
その分、信太郎は「全然モテない」と不貞腐れていたが、拗ねる姿も可愛くて堪らなかった。
勉強も深夜までして学年一位を取り部活は柔道部に入って、信に下心を持った男が近づかないよう牽制していた。
それでも近づく奴には力ずくで排除した。
互いの家に泊まることもあり、隣で眠る信の寝顔を見つめているだけで天にも上るほど幸せな気分で、そのまま朝を迎えた夜もあった。
それ以降、信の無防備で可愛い寝顔を思い出しながら、脳内で犯す妄想をしながら自慰をする日が増えた。罪悪感と背徳感が押し寄せ死にたくなる事もあったが、誰にも信を渡したくないという想いは、日に日に狂気じみて強くなっていった。
だからこそ、高校生の時に信がバレンタインチョコをもらった瞬間を見た時は、世界が崩壊するかと思った。
相手の女子が信を好きなことは知っていた。授業中、何度も熱っぽい視線を送っていたからだ。同じく信を愛する俺には嫌でも分かってしまう。
取られたくない。その一心で、俺はその女子に近づき、抱いた。
俺が少し甘い声をかければすぐに靡いてきたのだから、笑いそうになった。尻軽にも程がある。そんな薄っぺらい気持ちで信に近づくな。
必死だった俺は、この時に童貞を捨てた。
だが、心は一微塵も満たされなかった。
女を抱く時も全く興奮出来ず、抱く相手は信だと自己暗示で誤魔化して抱いたくらいだ。むしろその不浄な行為を掻き消すように、信を思い浮かべて一晩中自分を慰めていた時の方が、よほど心が満たされていた。
しかし、本当の地獄はその後だった。
大学生になると、ついに信に彼女ができた。信と同じサークルの先輩だった。
この女は、俺がどれだけアプローチしても一切靡かなかった。真面目な女で、信以外の男には見向きもせず、俺は途方に暮れた。
ヤケになってゲイバーに通い、行きずりの男たちと何度も身体を重ねた。けれど、いくら抱いても信への欲望が消えることはなく、苛立ちと焦燥感が増すばかりだった。
そして社会人になり、信はついにあの女と結婚した。
——俺は、心の底から絶望し、焦った。
嫌だ、信が遠くへ行ってしまう。
恋人になれないのなら、せめて一番近くにいたい。
その為には同じ立場が必要だ。
その一心で、俺も結婚相手を探し始めた。最終的に捕まえたのは、どことなく信に似た風貌の女だった。最中は信ならこんな反応をするのかもと思えた為、すんなりと行えた時は自分自身に驚いた。
最初は結婚に渋っていた女だったが、計画通りゴムに穴を開けて妊ませると観念して承諾してくれた。
その頃には信の嫁も妊娠しており、晴れて俺と信は「パパ友」になった。
これで同じ立場になれた。まだ隣にいられる。俺は安堵した。
信と俺の妻は仲が良く、出産も同じ産婦人科でよく信と一緒に病院に通っていた。
俺のところは男児、二ヶ月遅れで生まれた信の子供は女児だった。
その知らせを受けた時、俺の頭の中に恐ろしい計画が閃いた。
……俺達の子供が結婚すれば、俺と信は『本当の家族』になれるんじゃないか?
孫ができれば、それは俺と信の遺伝子が混ざり合った存在になるんじゃないか?
だが、俺はすぐに首を振った。
あり得ない。いくらなんでも狂っている。他人の人生を巻き込むわけにはいかない。
俺はその恐ろしい考えを、心の奥底に閉じ込めた——はずだった。
子供が四歳になった頃だろうか。会社の付き合いで飲みに行った帰り道、俺は信の嫁がホテルから出てくるところを目撃した。
手を繋いでいた相手は、女だった。
ラブホテルから出てきた以上、言い逃れはできない。
翌日、俺は信の嫁を呼び出して問い詰めた。女はすぐに白状した。彼女も俺と同じ、同性愛者だったのだ。
世間の目を隠すために、人の良い信と付き合いその後結婚したのだという。信は優しく夫婦生活に不満はなかったが、どうしても女性が好きで浮気をしてしまったと泣いていた。
なるほど、だから俺の誘いにも乗らなかったわけだ。
だが、信がこの事実を知ればどれほど傷つくだろう。俺は女を鋭く睨みつけ、今すぐ信と娘の前から姿を消せと脅しつけた。
数日後、女は離婚届を置いて姿を消した。
信の嫁を追い払った俺だが、俺だって人のことを言えた義理ではない。妻に対する不誠実さに、罪悪感がなかったわけではない。
後日、俺は妻に十分すぎるほどの慰謝料を渡し、離婚に応じてもらった。新しい人生を歩んでほしいと心から願って。
ただやはり女の勘と言うのは当たるらしく、「いつかこうなると思っていました。あなた私を見る時何か別のモノを見ているようなんだもの。でも家の事を進んでしてくれたり不満は無かったから黙ってました。……大方あなたの親友でも重ねてたんでしょ? 私あの人と似てるものね」と話し始めた。
子供の親権については一度は妻が主張してきたが、俺が引き取ると言うと「あの子を見てると、あなたの事を思い出すのでそれでいいです」と言い家を後にした。
「勇……どうしよう。オレの奥さん、出てっちゃったんだ。連絡もつかないし……オレ、何か悪いことしたのかな」
酷く落ち込んだ様子の信が、俺のもとに助けを求めにやってきた。
まだ俺が離婚したことを知らないから来たのだろう。知っていたら、優しい信が自分の都合で頼ってくるはずがない。
俺が離婚したことを告げると、信は自分のこと以上にショックを受けた顔をした。
「そんな……オレ、知らなくて。勇が辛い時に……オレ、自分のことばかり……」
みるみる顔を青ざめさせていく。
自分が一番大変な時に他人を心配するなんて、本当にお人好しで、可愛くて、愛おしい。
許されるなら、今すぐ抱きしめてやりたかった。
だが、そんなことをして拒絶されたら俺は生きていけない。 体が硬直して動かなかった。
「なんでお前がショック受けてんだよ。うちはもう崩壊してたんだから、なるようになっただけだ。それよりお前の方だろ。どうすんだ?」
もちろん、信の嫁が戻るはずもない。あの女は駆け落ちしたのだから。
信は床に座り込み、頭を抱えて絶望していた。
その時、俺の心の中でずっと封印していた黒い欲望が顔を出してきた。
「——じゃあ、一緒に住まないか?」
無意識に、言葉が口をついて出ていた。
信太郎は間抜けな声をあげ、ポカンと俺を見上げた。
「俺もお前も、男手一つで子供を育てるなんて無理があるだろ。熱が出た時、すぐ迎えに行けるか? 二人いれば助け合える。……助け合いだよ」
つらつらと、もっともらしい口実が溢れ出る。我ながら必死すぎて反吐が出る。
嫁を追い払ったのも、自分の妻と離婚したのも……そして、息子を引き取ったのも。
すべてはこの時のためだったのではないかと錯覚するほど、俺の胸は歓喜で満たされていた。
「そう……だな。大人二人いた方が、子供たちも安心できるよな」
こうして、俺たちと子供たち、四人の同居生活が始まった。
それからの毎日は、まさに天国だった。
仕事を終えて帰宅すれば、エプロン姿の信が出迎えて手料理を振る舞ってくれる。
俺が早く帰った日は、俺の作った飯を「うまい!」と幸せそうに食べる信を見られる。
風呂上がりの火照った肌、無防備な色香には、何年経っても慣れることができない。
信太郎の娘・伊織は、父親に似て成長するにつれて美しくなっていった。
俺は二人を平等に育てたつもりだったが、やはり信の面影を持つ伊織には少し甘くなってしまった。身だしなみに金をかけてやりたくて小遣いを多めにあげたら、息子の彰に「甘やかしすぎ」と窘められたこともある。
だって、伊織が笑うと、学生時代の信を見ているみたいで……何度も見たくなくなってしまうのだ。反省はしている。
そして俺は、密かに息子を教育した。
女の子に頼られる優しく誠実な男になるよう育て、事あるごとに「伊織ちゃんはどんな女の子よりも魅力的だ」と刷り込んだ。伊織にも、息子の優しさに気づくよう誘導した。
そして今日、念願が叶った。
二人が大学進学と同時に家を出た時は不安だったが、裏でしっかり同棲していたらしい。
そして昨日、二人の口から告げられた。伊織のお腹には新しい命が宿っていると。
信太郎は驚いていたが、俺は心の中で狂喜乱舞していた。
ああ、ついに……ついに俺と信太郎の遺伝子が混ざり合ったのだ。
今、子供たちが去った家には今、俺と信太郎の二人だけが残されている。
子供たちが独立した時、俺は信に「これからどうする?」と尋ねた。
もし、信から一人で暮らすなんて言われたら今すぐ死にたくなる。その時は何としてでも止めようと思っていた。
だが俺の予想とは違い、信は照れくさそうに言った。
「今さら一人で暮らすなんて考えられないよ。勇さえ良ければ、オレはずっと一緒にいたい」
俺はホッと胸を撫で下ろした。俺も同じだと答えた時の、信の笑顔が忘れられない。
若い頃のようなハリのなくなった肌も、目尻に刻まれた深いシワも、俺にとっては愛おしくてたまらない。
これから死ぬまで、ずっと信と共に生きていく。
たとえ体に触れることができなくても。
一生「ただの親友」のままであっても。
この男の隣にいられさえすれば、俺は世界で一番幸せなのだから。




