一分千円のタイムストップ。私の完璧な夏祭りは、彼氏のやらかしで叶いそうにもない
「よし、準備万端」
鏡の前で浴衣の襟を整え、私は小さくガッツポーズをした。
薄桃色の浴衣に、金魚柄の帯。髪も、動画を見ながら何度も練習して結い上げた。
今日の夏祭りのために、私は一ヶ月分のバイト代をすべて注ぎ込んだ。
理由は、たった一つ。
――完璧な彼女でいるため。
この世界では、時間は「商品」だ。
指定のアプリで課金をすれば、自分以外の時間を一定時間だけ停止させることができる。ただし、悪用防止のプロトコルが組み込まれているため、犯罪やいたずらには使えない。
私が買ったのは、合計三十分の停止権。
一分につき千円、計三万円。
高い。でも、それだけの価値がある。
もし転んだら?
もし食べ物をこぼしたら?
もし彼に「なんかダサいな」と思われたら?
その一瞬を、なかったことにできる。
今日だけは、絶対に、完璧でいたかった。
***
「お待たせ、凛花! ……あ、その、浴衣、すごく似合ってる」
待ち合わせ場所に現れた透は、顔を真っ赤にしてそう言った。
耳まで染まっていて、なんだか可愛い。
「ありがとう、透。行こうか」
私は余裕の笑顔を浮かべる。
完璧な角度、完璧な声色。大丈夫。私は今日、失敗しない。
……そう思っていた。
歩き出してすぐ、透が派手に石につまずいた。
しかも手には、ソースたっぷりの焼きそば。
(あ、終わった)
私は反射的にスマホをタップする。
『Time Stop: Active』
世界から音が消える。
セピア色に染まった夜店。
宙に舞う焼きそば。
今にも転倒しそうな透。
私は手早く焼きそばをキャッチし、彼の体勢を整え、袖につきかけたソースをハンカチで拭き取った。
解除。
「おっと……!? びっくりした。転ぶかと思った。あれ、焼きそば……凛花が持っててくれたんだ?」
「ふふ、おっちょこちょいなんだから」
余裕の笑み。
でもアプリの残量は『29分』。
……まあいい。
彼が汚れなかったなら、それでいい。
そう思ったのに。
透のやらかしは止まらなかった。
金魚すくいのポイを、水に浸ける前に自分の袖に引っ掛けて破く。
人混みで私を見失いそうになって、変な方向に走り出す 。
挙句の果てには、神社でお賽銭を投げようとして手を滑らせ、五円玉を隣の人のフードにゴールインさせそうになる。
私は、その度に時間を止め、誰にも知られないヒーローみたいに駆け回った。
最初は余裕だった。
でも次第に、焦りが混ざる。
(残り、15分)
(残り、9分)
(残り、4分)
……どうしてこんなに使ってるの?
本当は、自分のためだったのに。
私はいつの間にか、「透の失敗を消す人」になっていた。
彼が完璧に見えるように。
私の隣にいる彼が、誰よりも素敵に見えるように。
それが、私の“役目”みたいに思えてしまって。
***
そして、花火が上がった。
ドン、と胸に響く音。
夜空に広がる光。
「あ……」
『残量:0分0秒。ご利用ありがとうございました』
全部、使い切った。
ちょっとした達成感と、少しの虚しさ。
でも透は楽しそうに笑っている。
それだけでいい。そう思った、その瞬間。
足元の段差に気づかなかった。
ぷつり、と下駄の鼻緒が切れる。
「ひゃっ!」
視界が揺れる。
地面の硬さ。
冷たい感触。
そして、手に持っていたイチゴのかき氷が、スローモーションみたいに空へ舞い――
薄桃色の浴衣に、鮮やかなピンク色の花を咲かせた。
止めたい。
止められない。
魔法は、もうない。
完璧じゃない。
みっともない。
最悪だ。
喉がぎゅっと締まる。
「っ……うぅ……」
涙がにじむ。
情けない。三万円もかけたのに。
すると透が、すぐに駆け寄ってきた。
「凛花! 大丈夫!? うわ、冷たいよね。……ごめん、僕がちゃんと見てなかった」
「違うの……!」
気づけば、全部話していた。
時間を買っていたこと。
透の失敗を消していたこと。
完璧でいたかったこと。
嫌われるのが怖かったこと。
透は少し驚いた顔をして、それから、ゆっくり笑った。
「……なんだ」
「え?」
「凛花も、そんなに必死だったんだ」
その声は、優しかった。
「僕さ、今日は全然失敗しなかったでしょ?」
「……うん」
「だからほっとしてたけど、逆に不安も大きくなっていって。こんなに緊張してるのに失敗しない。いったいいつ失敗するんだろう、失敗したら凜花は僕に幻滅するんじゃないかって」
花火が、ぱっと弾ける。
赤と金色の光が、透の横顔を照らす。
「凛花、僕が失敗しないようにしてくれてたんだね。…⋯ありがとう」
ただ優しい声のその一言が、胸の奥にまっすぐ落ちる。
「でも今の凛花、なんかほっとする。転んで、泣きそうで、でもちゃんと本音言ってくれて」
透は少し照れくさそうに笑った。
「⋯⋯そっちの方が、ずっと可愛い。」
胸の奥が、じんわり温かくなる。
透はハンカチで、優しく浴衣を拭く。
完璧じゃない夜。
転んだし、汚れたし、泣いた。
でも。
透の手は、ちゃんと私の手を握っていた。
三万円の魔法は消えたけれど。
代わりに手に入れたのは、
「完璧じゃなくてもいい」という許可と、
本当の意味で、隣に並べる安心感だった。
夜空に咲いた大輪の花火が、
今までで一番きれいに見えた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
今回が初めての投稿で、実はものすごく緊張しています……!
ずっと頭の中にあった「デートを完璧にしようと努力する彼女」と「危なっかしい彼氏」のお話を形にしてみたくて、思い切って書き上げました。
執筆にあたっては、自分の考えた設定やプロットをベースに、AIの力も借りて文章を作成しています。至らない点もあるかと思いますが、二人のやり取りを少しでも「いいな」と楽しんでいただけたなら、作者としてこれほど嬉しいことはありません。
もしよろしければ、感想や評価などで応援いただけると、次のお話を書く大きな励みになります!




