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一分千円のタイムストップ。私の完璧な夏祭りは、彼氏のやらかしで叶いそうにもない

作者: 夏羽音
掲載日:2026/03/01

「よし、準備万端」


鏡の前で浴衣の襟を整え、私は小さくガッツポーズをした。

薄桃色の浴衣に、金魚柄の帯。髪も、動画を見ながら何度も練習して結い上げた。

今日の夏祭りのために、私は一ヶ月分のバイト代をすべて注ぎ込んだ。

理由は、たった一つ。


――完璧な彼女でいるため。


この世界では、時間は「商品」だ。

指定のアプリで課金をすれば、自分以外の時間を一定時間だけ停止させることができる。ただし、悪用防止のプロトコルが組み込まれているため、犯罪やいたずらには使えない。


私が買ったのは、合計三十分の停止権。

一分につき千円、計三万円。

高い。でも、それだけの価値がある。


もし転んだら?

もし食べ物をこぼしたら?

もし彼に「なんかダサいな」と思われたら?


その一瞬を、なかったことにできる。


今日だけは、絶対に、完璧でいたかった。


***


「お待たせ、凛花! ……あ、その、浴衣、すごく似合ってる」

待ち合わせ場所に現れた透は、顔を真っ赤にしてそう言った。

耳まで染まっていて、なんだか可愛い。


「ありがとう、透。行こうか」

私は余裕の笑顔を浮かべる。

完璧な角度、完璧な声色。大丈夫。私は今日、失敗しない。


……そう思っていた。


歩き出してすぐ、透が派手に石につまずいた。

しかも手には、ソースたっぷりの焼きそば。

(あ、終わった)

私は反射的にスマホをタップする。


『Time Stop: Active』


世界から音が消える。

セピア色に染まった夜店。

宙に舞う焼きそば。

今にも転倒しそうな透。


私は手早く焼きそばをキャッチし、彼の体勢を整え、袖につきかけたソースをハンカチで拭き取った。


解除。


「おっと……!? びっくりした。転ぶかと思った。あれ、焼きそば……凛花が持っててくれたんだ?」

「ふふ、おっちょこちょいなんだから」


余裕の笑み。

でもアプリの残量は『29分』。


……まあいい。

彼が汚れなかったなら、それでいい。


そう思ったのに。

透のやらかしは止まらなかった。


金魚すくいのポイを、水に浸ける前に自分の袖に引っ掛けて破く。

人混みで私を見失いそうになって、変な方向に走り出す 。

挙句の果てには、神社でお賽銭を投げようとして手を滑らせ、五円玉を隣の人のフードにゴールインさせそうになる。


私は、その度に時間を止め、誰にも知られないヒーローみたいに駆け回った。


最初は余裕だった。

でも次第に、焦りが混ざる。


(残り、15分)

(残り、9分)

(残り、4分)


……どうしてこんなに使ってるの?

本当は、自分のためだったのに。


私はいつの間にか、「透の失敗を消す人」になっていた。


彼が完璧に見えるように。

私の隣にいる彼が、誰よりも素敵に見えるように。

それが、私の“役目”みたいに思えてしまって。


***


そして、花火が上がった。


ドン、と胸に響く音。

夜空に広がる光。


「あ……」


『残量:0分0秒。ご利用ありがとうございました』


全部、使い切った。


ちょっとした達成感と、少しの虚しさ。


でも透は楽しそうに笑っている。

それだけでいい。そう思った、その瞬間。


足元の段差に気づかなかった。


ぷつり、と下駄の鼻緒が切れる。


「ひゃっ!」


視界が揺れる。

地面の硬さ。

冷たい感触。


そして、手に持っていたイチゴのかき氷が、スローモーションみたいに空へ舞い――

薄桃色の浴衣に、鮮やかなピンク色の花を咲かせた。


止めたい。

止められない。


魔法は、もうない。


完璧じゃない。

みっともない。

最悪だ。


喉がぎゅっと締まる。

「っ……うぅ……」


涙がにじむ。

情けない。三万円もかけたのに。


すると透が、すぐに駆け寄ってきた。


「凛花! 大丈夫!? うわ、冷たいよね。……ごめん、僕がちゃんと見てなかった」

「違うの……!」


気づけば、全部話していた。


時間を買っていたこと。

透の失敗を消していたこと。

完璧でいたかったこと。

嫌われるのが怖かったこと。


透は少し驚いた顔をして、それから、ゆっくり笑った。


「……なんだ」

「え?」

「凛花も、そんなに必死だったんだ」


その声は、優しかった。


「僕さ、今日は全然失敗しなかったでしょ?」

「……うん」

「だからほっとしてたけど、逆に不安も大きくなっていって。こんなに緊張してるのに失敗しない。いったいいつ失敗するんだろう、失敗したら凜花は僕に幻滅するんじゃないかって」


花火が、ぱっと弾ける。

赤と金色の光が、透の横顔を照らす。


「凛花、僕が失敗しないようにしてくれてたんだね。…⋯ありがとう」


ただ優しい声のその一言が、胸の奥にまっすぐ落ちる。


「でも今の凛花、なんかほっとする。転んで、泣きそうで、でもちゃんと本音言ってくれて」


透は少し照れくさそうに笑った。


「⋯⋯そっちの方が、ずっと可愛い。」


胸の奥が、じんわり温かくなる。

透はハンカチで、優しく浴衣を拭く。


完璧じゃない夜。

転んだし、汚れたし、泣いた。


でも。


透の手は、ちゃんと私の手を握っていた。


三万円の魔法は消えたけれど。


代わりに手に入れたのは、

「完璧じゃなくてもいい」という許可と、

本当の意味で、隣に並べる安心感だった。


夜空に咲いた大輪の花火が、

今までで一番きれいに見えた。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!

今回が初めての投稿で、実はものすごく緊張しています……!

ずっと頭の中にあった「デートを完璧にしようと努力する彼女」と「危なっかしい彼氏」のお話を形にしてみたくて、思い切って書き上げました。

執筆にあたっては、自分の考えた設定やプロットをベースに、AIの力も借りて文章を作成しています。至らない点もあるかと思いますが、二人のやり取りを少しでも「いいな」と楽しんでいただけたなら、作者としてこれほど嬉しいことはありません。

もしよろしければ、感想や評価などで応援いただけると、次のお話を書く大きな励みになります!

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