9 幸運の星
試験期間が終了した。
──数日後、結果が発表されると、掲示板の前でクレスは奥歯を噛みしめた。
「ジゼルが2年生で1位だと? あいつ、俺の命令を無視しやがって」
ジゼルが優秀なのは知っている。だが、プライドが許さなかった。
自分は20位以内にも入っていない。
隣で能天気に笑っているメイナの成績は、後ろから数えた方が圧倒的に早い。
「……バカップル」
誰かの囁きが耳に突き刺さり、苛立ちは最高潮に達した。
「くそっ!」
最近は何もかもが上手くいかない。
可愛いと思っていたメイナさえ、今は煩わしい。
指輪を見せては「婚約しましょうよ~」と迫ってくる。
ジゼルが捨てた指輪を、恥じることなく嵌めている。
──その鈍感さが吐き気がするほど腹立たしかった。
「馬鹿は嫌いだ。お前が試験で1位を取ったら婚約してやるよ」
「はぁ~? 何よそれ!」
ジゼルと離れてから、喧嘩は増えた。
メイナとは潮時だと、クレスは思う。
*
むしゃくしゃしたまま帰宅すると、父親が待っていた。
「ジゼルと運命を入れ替える」
そう聞かされ、クレスは言葉を失う。
だが、かつてのジゼルと今のジゼルは別人だと思い直した。
すれ違う誰もが振り返るほど眩しくなった彼女。
ナタリアに保護され、学園での評判も良い。
「ジゼルはこの先、幸運に恵まれる運命だ。お前は逆に命運が尽きる」
「はぁあ? 嘘だろ?」
「本当だ」
父親の真剣な口調に、クレスは絶望する。
「お、俺はともかく、ジゼルは嫌がるんじゃ?」
「馬鹿か。そんなの秘密でやるんだ!」
「犯罪じゃないですか……」
「だから秘密裏にな」
こっそり運命を入れ替えれば──
また、あの惨めなジゼルが戻ってくる。
思い出す。
泣きそうなジゼルの笑顔。
自分はあれが、たまらなく好きだったのだ。
「……いいぞ。命運尽きて、戻って来いジゼル」
そうすれば、また自分の檻の中に閉じ込められる。
今度こそ絶対に間違えない。
「逃がすものか。ふはは」
クレスは、歪んだ笑みを顔に張り付けた。
*****
「二人とも学年1位、おめでとう」
デュアム公爵家では和やかにお祝いの時間が流れていた。
三人で乾杯を交わす。この時、ジゼルは幸福に包まれていた。
だが、執事が一通の手紙を届けると、空気が変わる。
「コートナー伯爵家からだ」
楽しい気分は一瞬で消えた。
開封された紙面には、『婚約破棄について話し合いたいから、家に戻ってきて欲しい』という、乾いた言葉が並んでいる。
「私、実家に戻って話し合ってきます」
「ちょっと待って、怪しい。何か企んでいるみたいなんだ」
「そ、それは……どういう事でしょうか?」
「見張りを付けているが、コートナー伯爵家は何度もジェリコム侯爵家と連絡を取り合ってるんだ。
──それと、侯爵家には呪術師が出入りしている」
「あら、もしかして私を呪うつもりかもしれないわ。何度も、あのクズを殴りましたもの。ほほほほ」
余裕で笑うナタリアに、アーノルドは静かに告げる。
「この国で呪術は禁忌、犯罪だ」
「それくらい知っていますわ」
「他に魅了や洗脳なども考えられる」
「怖いわね。ジゼル、決して戻ってはダメよ」
「はい、でも……」
けじめをつける必要はある。それには実家の協力が必須だ。
「なら伯爵を招待しよう」
「それがいいですわね」
「……すみません、お願いします」
消え入りそうな声で謝るジゼルに、アーノルドは力強く頷いた。
「安心して任せて」
「お兄様、頼もしいですわ!」
2人の笑顔に、ジゼルの不安は少しだけ和らいだ。
そして、湧き起こる父への強い不信感。
アーノルドの手紙を受け取って、父は迷うことなくジェリコム侯爵家に向かった。
そこでどんな取引を交わしたのか。
父はまず娘に会いに行くべきだった。
7年も放置していた娘に。
(もういい。期待はしていなかった。悲しくもない)
黙り込んだ彼女の肩にアーノルドはそっと手を置く。
「ジゼル、君は《異能》を授かっているかもしれない」
「私が? どんな力でしょう?」
「分からない、でもきっと君を幸せに導くと思う。だから心配ないよ」
「はい」
ジゼルはふと、忘れていたフレイヤの言葉を思い出していた。
『今回お前さんは“幸運の星”のもとに生まれておる』
その時は、とても信じられなかった。
呪われ、冷遇されて、いったいどこに幸運の星があるのかと。
(でも今は……)
そっとアーノルドの端正な横顔を見つめた。
初めて会った頃より顔色は良く、生気が戻りつつあるようだ。
その穏やかな表情に、胸の奥がふわりと緩む。
(クレスがアーノルド様のような人なら、良かったのに)
アーノルドはクレスとは真逆の、眩しすぎるほどの人格者だった。
ここに来てから、ジゼルは毎日アーノルドの回復を願い続けている。
(私の《異能》──アーノルド様のお役に立てるといいのに)
その思いが、胸の奥に小さな灯をともし、ジゼルの人生を変えていく。
それにジゼルが気づくまで、あと少し、ほんの少しだけ……時間が必要だった。
読んでいただいて、ありがとうございました。




