8 運命の入れ替え
アーノルドが部屋に戻ったと聞き、ナタリアは顔を曇らせた。
「お散歩していたのに……」
臨終が近い者が、ロウソクの最後の輝きみたいに一瞬だけ元気になる。
ナタリアは、そんな予兆を恐れていた。
「あの後、アーノルド様はたくさんお話しされましたから、疲れたのだと思います」
「まぁ……どんな話をしたの?」
ジゼルがその内容を伝えると「さっさと決着をつけるべきだわね」と言った。
「クレスの悪行を知れば、親なら助けるはずよ。それをしないなら、縁を切るべきよ」
「はい、その時は縁を切って修道院に参ります」
「決めるのは貴方だけど、修道女になる件、私は反対ですからね」
そう言ってナタリアは紅茶を口にする。
ジゼルの決心は固い。
心の奥底に、前々世は犯罪者だったという自覚があった。
それは、自分は幸福になってはいけない、という無言の自覚でもある。
「ジェリコム侯爵家の経歴はもうすぐ分かるはずよ。私は貴方が犯罪者だなんて信じないわ」
「ナタリア様……ありがとうございます」
罪を暴かれるのは、ひどく怖かった。
でも何も知らないままではいられない。
実家と縁を切る。──そうなれば残りの人生を、ジゼルは一人で生きていかなくてはならない。
誰にも縋らず、自分の力だけで。
(大丈夫。999回耐えてきたんだもの。私は決して弱い人間じゃない)
***
一方その頃、ジェリコム侯爵家では──
疎遠になっていたフレイヤに代わり、彼女の弟子である占い師を招き、クレスの将来を占わせていた。
「コートナー伯爵家の姉妹──どちらとも縁は薄いですね。
姉の方は……ご子息と繋がっていた縁の糸が、完全に切れています」
「あの馬鹿! 婚約破棄宣言などしおって!」
まだ正式に婚約破棄は成立していない。
だがもう、婚約の継続は絶望的だった。
「ご子息の運気は急落しています。当分は、婚姻など避けるべきでしょう」
「そんな! 一人息子なのに」
夫人の嘆きをよそに、侯爵は占い師にすがる。
「フレイヤの占いでは『コートナー伯爵家と縁を結べば家が栄える』と言われたのだ。何とかならんのか?」
「現在はご子息の命運が悪すぎます。なんとも……」
「そ、そんな……どうすればいいのか……」
占い師は少し考え、口を開いた。
「このジゼルという娘。現在は運気が非常に高まっています。この先、幸運に恵まれる運命です」
夫妻は、かつての予言が正しかったことを、皮肉にも今さら痛感する。
クレスは彼女を手放すべきではなかったのだと。
けれど、占い師が提示した解決策は、あまりに歪んでいた。
「そこで、ジゼルとご子息の運命を入れ替えては?」
「そんなことが可能なのか? ……どうやって入れ替えるんだ?」
「呪術師に頼むのです」
侯爵夫妻は顔を見合わせ、静かにうなずいた。
──2日後。
学園では試験が始まり、ジゼルとナタリアは慌ただしく朝食を取っていた。
ジゼルはナタリアの付人ではあるが、彼女の席をナタリアは当然のように用意してくれる。
公爵夫妻の朝は遅いため、2人きりの穏やかな食卓だった。
そこへ、珍しくアーノルドが姿を現した。
「お兄様!? おはようございます」
「アーノルド様、おはようございます」
「おはよう。試験、頑張って」
食欲がなく、いつもはスープすら飲めないアーノルドが、朝食に現れるのは久しぶりだ。
ナタリアは思わず涙ぐむ。
「ジゼルが来てくれてから調子がいいんだ。起きている時間の方が長くなったよ」
「そう? ならジゼルにはずっとここに居てもらいましょう」
「そうだな。ジゼルが居なくなったら、私は寿命が尽きるかもしれない」
あまりに物騒な言葉に、ジゼルはスープを吹き出しそうになる。
「そんな冗談はやめて下さい」
「私は真剣なんだけどね」
アーノルドは苦笑した。
妹が、兄を後押しするように言葉を継ぐ。
「そうなると、一刻も早くジゼルの婚約をきっちり破棄しなければならないわ」
「ああ、そうだね」
体調を気遣いながら、アーノルドはジゼルの為に手紙を書き終えていた。
さきほど執事にそれを託したところだ。
婚約破棄について、実家がどう出るのか。
クレスと縁を切りたいという、ジゼルの気持ちは揺るがない。
そして今回の試験。
これまでクレスの命令で、ジゼルはわざと平均点以下に抑えてきた。
――もう、そんなことはしない。
堂々と挑み、ありのままの、培った実力を発揮して見せる。
クレスの願いを叶える必要なんて、もはやどこにも無いのだから。
読んでいただいて、ありがとうございました。




