6 ゴミは拾わない
翌朝。
差し込む朝日は、塵さえも光の粒のように見える。
ジゼルはナタリアに連れられ、アーノルドの部屋を訪れた。
「ああ、呪いは消えているね。おめでとう」
「ありがとうございます。身も心も、軽くなった気がします」
「よく頑張ったね。これからは幸せになれるよ」
今日の彼は、顔色が少し良かった。テーブルには空になったスープの器がある。
「お兄様、朝のスープを召し上がったのね?」
「うん。今日は調子がいい。昨夜はよく眠れたよ。ジゼル嬢の幸運にあやかったかな」
「私の運で良ければ、いくらでもお分けします」
アーノルドが手を差し出す。
ジゼルがそっと重ねると、彼は両手で包んだ。
「この先の不幸は、私が引き受けよう。だから妹と仲良くしてやって欲しい」
「お兄様! 縁起でもありません。三人とも幸せになるんです!」
「そうだね。さあ行きなさい。学園に遅れるよ」
「ええ、行ってきます」
2人が部屋を出ると、アーノルドは再びベッドに深く沈み込んだ。
「彼女は**幸運の星**の元に生まれた」
彼には見えていた。
黒い靄は払拭され、今のジゼルは、透き通るような純粋な輝きを放っていた。
「私の《鑑定》は弾かれた。それ以上は分からない」
髪の色が褪せたのも、彼の胸に不安を残す。
しかし。
ジゼルの手に触れた時、何かがふわりと流れて来たのだ。
それは温かくて心地よいものだった。
「ジゼルとの出会いは、ナタリアを良い方向に導いてくれるだろう」
兄は妹の未来を静かに思いやった。
*
学園に到着すると、ナタリアを慕う三人の令嬢たちが挨拶に訪れた。
「こちら、私の付人のジゼルよ。……まあ、それは建前で、本当は私の大切な友達なの。仲良くしてあげて」
ジゼルは少し照れくさそうに、けれど穏やかに微笑んだ。
彼女の控えめな空気感は、すぐに令嬢たちの輪に溶け込んでいった。
校舎へ向かうと、クレスが、メイナを伴って待ち構えていた。
顔には青あざが残っているが、反省の色はない。
「ジゼル。もういいだろう? 戻ってこい。今なら許してやる」
相変わらず傲慢で救いようのない台詞。
彼は7年尽くしたジゼルの愛を信じている。
少し反抗的になった彼女が、自分を試して気を引こうとしているのだと、本気でそう思っているのだ。
メイナの指には、ジゼルが捨てた婚約指輪が光っていた。
それに気付いたナタリアが、にこやかに口を開いた。
「あら、もう婚約なさったのね。お似合いだわ」
「うふふ。そうなの。だってジゼル様は、この指輪、もういらないんでしょう~?」
その瞬間、クレスはメイナの指から指輪を乱暴に引き抜き、花壇へ放り投げた。
「やだ! 何するんですか~!」
「ジゼル、拾ってこい! そうすれば指輪はまたお前のものだ」
ジゼルは、小さくため息をついた。
──何度、この光景を見たことだろうか。
茂み、池、広い庭へと投げ捨てられる指輪を、彼女は必死で探し続けた。
呪いが解ければ、いつか彼も優しくなってくれるかもしれない。
――そんな虚しい期待を、彼は見事に裏切った。
「クレス様。……一度捨てたゴミを、私は二度と拾いません」
「なっ!」
「そうね、ゴミはゴミ箱に捨てるものよ」
ナタリアが追い打ちをかけると、周囲の令嬢たちがくすくすと笑い声を漏らした。
「後悔するぞ!」
真っ赤になって、クレスは去っていく。その背中は、なぜか小さく見えた。
「あったわ! クレス様は、もう私のもの! 返さないから!」
指輪を見つけたメイナはジゼルを鋭く睨みつけると、スカートを翻しクレスを追いかけていった。
愛し合うなら、勝手に幸せになればいい。
ジゼルにとっては、もう何の興味もない、無関係なことだった。
「朝から気分が悪いわ。さあ、行きましょう」
ナタリアに促され、ジゼルは歩き出す。
初めてクレスを拒絶した彼女の胸は、清々しいほどに晴れていた。
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