5 ジゼルが去って……
ジゼルたちの姿が消えると、入れ替わるように数人の男女がジェリコム侯爵家の屋敷へ入ってきた。
「何ですか、あなた達は!」
「ナタリア様のご命令です。ジゼル様の荷物を引き取りに参りました」
使用人を押しのけ、ナタリアの従者達は迷いなくジゼルの部屋へ向かう。
──1時間後。
手当てを受けたクレスが目を覚めた頃には、ジゼルの荷物はすべて運び出された後だった。
あの日記も、その中に含まれていた。
「あ……ジゼルは?」
「公爵令嬢と出て行ったよ。どうして婚約破棄などした! 我が家の未来がかかっていたんだぞ」
父の叱責に、クレスは鼻で笑う。
「ふん、占いなんて、ただの確率論だろう。あいつには、俺に媚びて笑う以外に価値なんてないんだ」
「馬鹿者が! すぐに連れ戻せ。これは明白な誓約違反だ」
「放っておけばいい。どうせ、すぐに泣きついて戻ってくる。あいつには俺しかいないんだから。今は、ナタリアに無理やり連れ回されているだけだ」
公爵令嬢に殴られ続けたことで、クレスのプライドはズタズタだった。
だが、デュアム公爵家は王家すら黙らせる名門。逆らう勇気はない。
父親が低く言う。
「コートナー伯爵家には、まだ妹がいるな……」
「そうだわ。もう一度、占いをやり直してはどう?」
侯爵夫人がうなずく。
「クレスの将来を、新たに占ってもらいましょうよ」
「未来は変わるものだ。フレイヤ婆さんもそう言っていたな」
だが、その会話はクレスの耳を素通りしていた。
正体不明な戸惑いだけが、胸に広がる。
ジゼルには、ずっと自分しかいなかったはずだ。
それをナタリアに奪われた。不快で、たまらなかった。
(7年間一緒に暮らしたのに。どうして出て行けるんだ)
「戻って来いよ、ジゼル。お前の居場所は、ここしかないくせに!」
呪いが解けた影響は、クレスにも及んでいた。
希望に胸が熱くなったジゼルとは逆に、クレスの胸は温度を失い、冷えていく。
それが「失ったもの」への後悔だと、彼はまだ、気づくことができないでいた。
*
届けられたジゼルの荷物を見て、ナタリアは絶句した。
「これで全部? ……たったこれだけなの?」
使い古された制服の着替えと、最低限の衣類。日記と安っぽい文房具。たったそれだけ。
宝石のひとつもない、あまりに簡素で寂しい箱の中身。
「私の**元婚約者**ですら、誕生日の贈り物くらいはあったわよ?」
「まあ、生活には困りませんでしたから。これで十分です」
明るく答えるジゼルに、ナタリアの胸はじくじくと痛む。
そして──ふと、気付いた。
「ジゼル、あなた……髪の色が少し薄くなっていない?」
「え? 気づきませんでした。確かに……」
「まさか呪いが解けた代償ではなくて? それとも、体調が悪いの?」
「大丈夫です。もしも代償なら、髪の色程度は何でもありません」
寂しそうに微笑むジゼルに、ナタリアの胸はまた痛む。
「今日から、私の付人になりなさい。面倒は見てあげるわ」
「付人ですか? 私に務まるでしょうか」
「いいの。くっついていれば」
ナタリアはメイド達に告げた。
「ジゼルは私の大切なお客様よ。丁重にもてなしてちょうだい」
メイド達は深々と頭を下げ、さっそくジゼルの腫れた右頬を冷やしてくれた。
それから、豪華な食事と温かな風呂、美しい部屋が用意された。
疲れていたジゼルは、ふかふかのベッドに身を沈める。
たった1日で、生活は一変した。──怖いほど鮮やかに。
色褪せた髪を、ジゼルは一房握りしめる。
同情に甘えるのは良くない。そう分かっていた。
だが、生まれてから誰にも甘えたことのないジゼルは、ほんの少しだけ許してほしかった。
「ごめんなさい、ナタリア様。少しの間だけ……」
呟いて、深い眠りに落ちた。
読んでいただいて、ありがとうございました。




