ベルハルトとフレイヤ
ナタリアの声が、大きく食堂に響いた。
「ノース王国第一王子殿下!」
「ベルハルトと呼んでくれて結構だ」
「ベルハルト! この外道! 呪術師とつるんでいるのね!」
「外道? ……あははは。貴方は本当に愉快だ」
グッと、ナタリアが拳を固く握ると同時に、アーノルドが食堂へ滑り込んできた。
「ようこそお越しくださいました。ノース王国第一王子殿下」
「貴方がアーノルド殿だね。ベルハルトと呼んでくれて結構だ」
そして、ベルハルトはジゼルに目をやった。
「彼女は?」
「彼女は、妹の付人です」
ベルハルトは興味も無さそうに、ジゼルから視線を逸らせた。
それで一瞬、アーノルドは安堵した。
だが。
「失敬した。まずは挨拶が先決だった。
初めましてデュアム公爵令息殿、快癒されたようで、心よりお祝い申し上げる」
祝福の言葉とは裏腹に、食堂には死のような静寂が満ちていく。
「……なるほど。情報通りのようだ」
アーノルドは組み立てていた計画が、ガラガラと崩壊する音を脳内で聞いていた。
(もう、隠しきれない)
舞台の幕は、最悪の形で上がってしまった。
*
料理が運ばれてくると、ベルハルトは遠慮なく食べ始めた。
末席にはフレイヤ。くちゃくちゃと嫌な音を立てている。
ジゼルは席に着かず、壁際で様子を観察していた。
「ご予定は、午後からではありませんでしたか?」
アーノルドの問いに、ベルハルトは手を止めた。
「占いでは午前の方が良いらしい」
悪びれる風もなく答える。
「こちらにも予定がございますのよ?」
「申し訳ない、早く確認したかった。それと……」
ベルハルトはじっとナタリアを見つめる。
「俺も破談になったんだ。お互い自由の身だ」
「それが何か?」
「側妃なんかより、王太子妃の方が君には相応しい」
唐突な告白にナタリアは言葉を返せない。
「妹を殿下の妃にと、お考えですか?」
「そうだ。前向きに検討して欲しい。悪い話では無いだろう?」
やはりベルハルトは求婚の為に公爵家を訪れたのだと、ジゼルは思った。
(ではなぜ、フレイヤ様が?)
食事が終わるとフレイヤは、口をナプキンで拭きながらベルハルトに告げた。
「さて、ベル殿下は確認を終えたし、あたしの役目は終わりだね」
ベルハルトは懐から、蒼く輝くネックレスを取り出した。
後ろに立つ従者に預けると、それはフレイヤの手に渡り、彼女はネックレスを身に着けてみせた。
「取引成立だねぇ」
「確かに、奇跡を見せてもらった。彼の難病が回復したのは本当だった。あの聖女にそんな力があったとは。見かけによらないものだな」
「そうさ、聖女の力は偉大さ。嘘は言っていないよ?」
立ち上がると、フレイヤは霞のように消えた。
食事が終わるとベルハルトは、公爵夫妻が待機する客室へと向かう。
ナタリアへの求婚の申し出だと思われた。
「こうしてはいられない」
思い出したようにアーノルドは言った。
「ジゼル、しばらくの間、別邸で暮らして欲しい。君を守るためなんだ」
「私はナタリア様の付人です。離れるなんて……」
「私も別邸に行くわ! それならいいでしょう?」
もう、ジゼルは耐えられなかった。
「一体、何が起こっているんですか?
私にも教えてください。……私だけが、何も知らないのは嫌です」
「知らない方が良い事だってあるわ。私達は貴方が不幸になるのは嫌なの」
「王太子殿下は、アーノルド様の回復を確認に来られた……」
ジゼルは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「つまり――私の異能を、調べに来たのですね?」
──もう隠せない。
ナタリアはジゼルに打ち明けた。
「ベルハルト殿下はお兄様を回復させたのはリーゼだと思い込んでいるの」
ジゼルの反応は、意外なほど淡白だった。
「どうしてですか?」
「フレイヤがそう示唆したに決まってるわ。『嘘は言っていない』なんて、嘘をついて」
「……私が、大公様のご子息の難病を治せば」
ジゼルは独り言のように呟いた。
「皆が納得しますよね? 争いも、疑いも、避けられる」
彼女が顔を上げたとき、そこにはもう迷いの色はなかった。
「それなら――やります。
やらせてください!」
「ダメだ! 絶対にダメだ!」
ジゼルの献身をアーノルドは止めた。
「そう言うと思ったよ、君は優しいから……」
「私は……」
「調べたんだよ」
アーノルドの声には恐れが混じっている。
「君の異能は危険だ。二度と使ってはいけない。
――君自身が壊れてしまう」
「もしも、あの方を怒らせて、戦争になったら、どうするんですか?」
(どうしてジゼルは、いつも自分を顧みないんだ──守れない自分が、情けない)
アーノルドは泣き出したい衝動を堪える。
「なぜなんだ……」
「ジゼルは幸運の星の元に生まれたはずだ。どうして、ちっとも幸せになれないんだ」
ジゼルは不思議そうな顔をした。
「私は、幸せですよ?
だって……大切な人達のそばに居られる。
そのためなら、私は、なんだってできます」
そう言ってアーノルドの手を取った。
堪えきれず、アーノルドはジゼルを抱きしめた。
そして、ジゼルの耳元でアーノルドは訴える。
「代償を払う者の異能は特殊なんだよ」
「私は、髪が白くなるのでしょう?」
「呪術師は寿命を削られ、賢者は《知識》を使えば、そのたび体に黒い文様が刻まれる。それは広がり続け、異能はいつしか消えて、黒い代償だけが残るんだ」
「紋章なんて、私には……」
「賢者とは反対に、君からは色が失われていく。いつか君の体は消えてしまうかもしれない」
「消える? そんな……」
ジゼルは初めて《異能》を、恐ろしいと思った。
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