20 ベルハルトの目的
沈黙を破ってセドリックは口火を切った。
「ベルハルト殿下の目的が分かったんだ」
「聖女である、私に会いに来たのよ」
「……それの何が困ったことかしら?」
「隣国の……ノースランドだ。王弟の息子が、アーノルドと同じ病なんだ」
「まさか……」
「ベルハルト殿下は私に言ったんだ。『聖女は難病を癒せるのだろう?』と」
ナタリアの動悸が早くなる。
(ベルハルト殿下は兄の回復を知っているの?)
(それをリーゼが治したと思い込んでいる?)
(我が家への訪問は、兄の回復状況を確かめる為?)
「か、帰ります」
「待ってくれ!」
セドリックはナタリアの腕を掴んだ。
「離して! 本当の事を言えば宜しいかと。聖女にそんな力はないと」
「そう答えたさ。だが彼は信じなかったんだ」
リーゼが金切り声を上げる。
「困るんです! そんなの、私が本物の聖女じゃないって、思われてしまいます!」
「……あなた、自分を本物の聖女だと思っていたの? 優秀な治癒師、ただそれだけでしょ」
「ひどいわ!」
「ナタリア、アーノルドは回復したのか? 教えてくれ!」
ナタリアは、セドリックの腕を全力で振り払った。
勢い余ったセドリックが壁にぶつかり、よろめいて崩れ落ちる。
その隙に、彼女は部屋を飛び出した。
(ジゼルの“異能”を知られたら終わりだわ)
リーゼよりも、ジゼルの方がよほど聖女に相応しいのだから。
心優しい彼女なら、きっと迷わない。
(ジゼルには、絶対に言えない……)
城の廊下を駆け抜けるナタリアを、目で追う人物がいた。
ベルハルトは口角を上げる。
式典中、軽く手を上げると、彼女は怪訝そうに眉を寄せた。
(彼女らしい反応だ。相変わらず、退屈させないご令嬢だ)
ベルハルトは視線を外した。
ここで深入りする必要はない。
デュアム公爵家。
難病を患っていた長男。
回復したという、あり得ない情報。
(……偶然では済まされない)
(確認させてもらおう。真実も、嘘も)
――そして、奇跡の正体も。
答えは、公爵家の屋敷の中にある。
***
翌朝、ジゼルは支度を整えるとナタリアの部屋に向かった。
冷えた廊下の窓からは粉雪が舞うのが見える。
温暖なこの国は、北方でなければ雪は積もらない。
「もうすぐ今年も終わる。何事もなく終わって欲しいけど……」
呟きは、誰の耳にも届かずに消える。
昨日、ナタリアは帰宅するなり、アーノルドの部屋に直行した。
それから二人で遅くまで話し合っていた。
──ジゼルを避けて。
(どうして……話してくれないの)
何か、困ったことが起こっている。
きっと自分に関係している。
そんな予感が、ジゼルの胸に満ちていた。
ナタリアの部屋をノックしたが、返事はない。
メイドがジゼルに声を掛ける。
「お嬢様なら、若旦那様のお部屋ですよ。先に朝食を召し上がっておいて欲しいと仰せです」
それがナタリアの命令なら従うほかはない。
ジゼルは一人、食堂に向かった。
***
一方、ナタリアとアーノルド。
今朝も早くから崖っぷちの議論を続けていた。
今日の午後、ベルハルトが来訪する。
もうアーノルドの回復を隠すことは出来ない。
それをどう誤魔化すか。王族に露骨な嘘はつけない。
「奇跡が起こって、自然に治癒した。それしかないだろう」
「そうですわね」
「責任は全て私が負う。何を聞かれても、ナタリアは黙っているんだ、いいね」
「だからそれは!」
「いいから。もう揉めている時間はない。ジゼルは今から別邸に移ってもらおう」
「別邸に……」
守るためだと分かっていても、ナタリアの胸は沈む。
「そうだ。くれぐれも《《落ち着いて》》行動してくれ」
兄の決断は固い。
ナタリアは、指示通り行動することにした。
食堂へ向かうと、ジゼルは手付かずの料理を前に、ただじっと待っていた。
ナタリアの姿を捉えた瞬間、彼女の顔がパッと綻ぶ。
その無垢な姿に、ナタリアの心は痛む。
もはやジゼルは、守るべき、ただ一人の妹のような存在になっていた。
「おはようございます」
「おはようジゼル。いろいろあってね、忙しかったの」
「何かあったのですか?」
「ええ、問題だらけよ。でも心配ないわ、お兄様がなんとかしてくれる」
「無理をされて、アーノルド様は大丈夫ですか?」
「問題が片付いたらジゼルが癒して差し上げて。お兄様の愛は本物よ? ふふふ」
ジゼルの不安を打ち消すように、ナタリアはわざと明るく振る舞う。
「どんな問題なんですか? 教えて下さい!」
「後で教えるわ。それより今日はジゼルに行ってほしい場所があるの」
ナタリアがそう話し出した時、執事が駆け込んでくる。
「お嬢様!」
「どうしたの?」
「ノース王国第一王子殿下が、お見えになりました」
食堂の空気が、一気に凍りついた。
「何ですって……!」
あまりに早すぎる到着。ナタリアは内心で激しく舌打ちした。
「待たせておきなさい! 朝食の最中だと告げてね!」
既に熱くなり始めているナタリアに、執事は追い打ちをかける。
「それが……まだ、朝食を召し上がっておられないそうで……」
「は? 我が家で召し上がるつもり? ……なんて図々しい」
その怒声に重なるように、不敵な声が響いた。
「デュアム公爵令嬢、図々しくて申し訳ない」
「……っ!」
そして、壁際に立ち、嵐の予感に怯えるジゼル。
──その瞬間、悟った。
あの夜、自分が見落としていた何かが、正体を現してこちらに歩いてきたのだ。
「あたしの食事も用意してくれないかねぇ?」
その掠れた声に戦慄が走る。
二度と、思い出したくもなかった声。
(フレイヤ様……)
読んでいただいて、ありがとうございました。




