17 前兆
──ナタリアの部屋。
暖炉の中でパチパチと薪が弾ける夜に、ナタリアはジゼルを問い詰めていた。
「まぁまぁまぁ……! 愛を告白したのね! お兄様ったら、ふふふふ」
ジゼルの話に、上機嫌のナタリア。
「それで? 当然、受けたのよね?」
「いいえ、その時にお返事すると……」
「どうして? お兄様が嫌いなの?」
「とんでもないです。でも……」
「何よ? 煮え切らないわね」
ナタリアは、感情を隠すのが致命的に下手だ。
だから誤解されやすいと、ジゼルも本人も分かっている。
「私はもう平民です。それに健康になったアーノルド様に、私は相応しいでしょうか?
もっと相応しい方が、きっと現れます」
「それは、絶対ない! とは言い切れないわね。セドリック殿下だって心変わりしたわ。男って信用できないわよね」
「アーノルド様は誠実な方だと信じていますが……」
「ジゼルは自己評価が低すぎるのよ。自信を持ちなさい」
そう言いつつ、兄の前途は多難だとナタリアは思う。
ジゼルは、風に揺れる花のように見えて、その根っこは驚くほど深く、頑固に地面を捉えている。
おまけにクレスのせいで、男性には不信感を抱いているのだ。
「まぁ、芽生えたばかりの愛ですもの。『お兄様頑張って!』としか言えないわね」
「それから」
と、ナタリアは振り返る。
「異能は使ってはダメよ。瞳まで真っ白になったら大変。見えなくなるかもしれないわ」
「それは……」
「私は自分の幸せくらい自分で掴むわ。余計な事はしないで」
「分かりました。今後は侍女としてお仕えします」
「ううん。妹になるんだから、公爵令嬢としての在り方を教えるわ。しっかり学んでちょうだい」
「いえ、それは」
「約束を反故すれば、デュアム公爵家の恥だわ。何度も言わせないで」
ナタリアは分かっている。
ジゼルには、これくらい強気にならなければ説得できない。
ジゼルは降参したように、小さく頷いた。
(私ったら嫌な小姑を演じてるわね。ごめんなさいね。ジゼル)
いつか二人が結婚して結ばれるのを、ナタリアは楽しみにしているのだ。
そんなナタリアの部屋にノックの音が響いた。
「どうぞ」
「失礼します」
入って来たのは執事だ。
「王太子殿下より先ぶれがございまして、明後日、訪問なさるそうです」
「何しに来るのかしら。しつこいわね」
「旦那様よりご命令です。お会いするようにと」
それは「拒否権など存在しない」という通告だった。
「分かったわ」
不機嫌な声に、ジゼルは理由を尋ねて良いものかと悩む。
婚約を破棄したはずのセドリック殿下が、なぜ今更。まさか、壊れた関係を修復しようとでも言うのだろうか。
「ジゼル、いい話ではないのよ。むしろ不快極まりない話なの」
「聞かせて下さい」
「あの男、私を側妃にすると言ったの、だから思いっきり殴り飛ばしてやったわ」
「はぁ……」
一年前。王太子セドリックは、事故で歩く自由を奪われた。
王宮の治癒師たちがさじを投げた絶望を救ったのは、神殿から現れたリーゼという名の治癒師だった。
「1週間不眠不休で回復し続けたの、それでセドリックはリーゼに心変わりしたのよ。今やリーゼは王太子の婚約者で『聖女』様よ」
ナタリアは潔く身を引いた。婚約はセドリックの有責で解消されるはずだった。
だが『側妃になってリーゼを助けてやって欲しい』と言って、
殿下はナタリアを激怒させたのだ。
「お咎めを受けて、賠償金はフイになったわ。でも後悔はないわよ」
「今回の訪問も、その……側妃のお話なんですね」
リーゼは平民だ。
矜持の高いナタリアに、その申し出は耐え難い屈辱的だろう。
「私達は幼馴染で、8年も婚約していたのよ。たった1週間で心が変わるなんて」
ジゼルには、かけるべき言葉が見つからなかった。
寂しそうに笑うナタリアを見ていると、胸の奥が締め付けられる。
絶望から救い出してくれた光に、人はどうしても抗えない。
それは、アーノルドも同じなのではないか。
(その気持ちは、本当に《愛》なのだろうか)
「眠くなってきたわ、ジゼルは部屋に戻りなさい。また明日ね」
「お休みなさいませ」
それぞれのベッドに横たわっても、眠りは遠く、何度も寝返りを打った。
時折、風が窓を軋ませる。
それがまるで嵐の前兆の様で、ジゼルは、自分が何かを見落としている気がしてならなかった。
読んでいただいて、ありがとうございました。




