14 家族の裏切り
張りつめた沈黙を破ったのは、ナタリアだった。
「……その口、今すぐ閉じなさい!
贅沢? 何を言っているのかしら」
ナタリアは拳を握った。
「ジゼルは我が兄を救った恩人なの!
無礼は、この私が許さないわ」
彼女の剣幕に、部屋の空気が凍りついた。
「ナタリア様、それは……」
「いいから!」
遮るように、ぴしゃりと言い放つ。
こうなったら、もう誰も止められない。
「7年間。あなた達は何をしていたの?
苦しんでいる娘を、ただ一度でも守った?」
「今になって親面をして、都合のいい言葉を並べる。
それで引き止められると思っているの?」
視線が、妹ミシェルに向く。
「あなたもよ。
姉の分まで甘やかされて、可愛がられて、
その上で“贅沢”なんて言葉を投げつける権利が、どこにあるの」
「……っ」
「勘違いしないで。
ジゼルが望んだ事ではないのよ!
私達が、彼女を迎え入れたいと思っているの」
ナタリアはきっぱりと言い切った。
「彼女の居場所は、もうここじゃない。
我がデュアム公爵家よ」
ナタリアはジゼルを振り返る。
「堂々と前を向きなさい。
あなたは、この私の、愛する妹なの。
お兄様だって待っているのですからね」
ジゼルは、震える息を吸い込んだ。
(私なんかの為に、ナタリア様は、こんなふうに怒ってくれる)
(……私はもう迷わないわ)
「帰りましょう!」
ナタリアが立ち上がると、ニルトンは慌てて声を上げた。
「よく分かったよ、ジゼル。
だが、最後に一度だけ、我々の望みを叶えてくれないだろうか」
「ごめんなさいお姉様。
私、お姉様のお部屋をお母様と一緒に用意したのよ。見て欲しいわ」
「ご馳走も用意したの。一日だけでも、お願いよジゼル、お願い……」
母親はその場に崩れ落ち、泣き伏した。
そんな家族の様子に、ジゼルはナタリアに小さく耳打ちする。
「ナタリア様。今日一日だけ、ここに残ってもいいですか?」
「正気?」
「はい」
ジゼルはうなずいた。
母親は祈るように手を合わせる。
「ナタリア様、どうか……」
「なによ、私が悪者みたいじゃないの」
ナタリアはいらだたしげに髪をかき上げた。
「ナタリア様。見極めたいのです。家族の本心を」
「危険よ?」
「はい。護衛を残して頂けますか?」
「そこまで言うなら、分かりました。もう止めないわ」
そう言い放ち、ナタリアはジゼルを残して部屋を出た。
──その直後。
「お姉様のお部屋に行きましょう!」
ミシェルは弾むように、ジゼルの腕に絡みついた。
逃げ場を塞ぐように、指先に力がこもる。
「逃がさないわ」と言わんばかりに。
「ええ、行きましょう」
階段を上ると、護衛が二人、一定の距離を保って付いて来る。
「ねぇ、私はピンク色が好きなの」
ミシェルの無邪気な声。
「お姉様は?」
「私は……赤、かしら」
ジゼルに浮かんだのは、アーノルドの髪の色。ナタリアと同じ、燃えるような赤。
「へえ、意外だわ。白かと思ったの。お姉様って、何も染まってない感じだもの」
笑顔のままの声。
だが、その瞳は、じっとジゼルを見つめる。
妹が思い浮かべる姉の印象は、むしろ無色だった。
仲良くした記憶はない。
いてもいなくても、どうでもいい存在――姉とは、そういうものだった。
「ここよ」
ミシェルは扉の前で立ち止まる。
「護衛さんは待っててね。レディの部屋だから」
有無を言わさぬ口調。
ドアを閉める瞬間、ミシェルは振り返り、にこりと笑った。
部屋は白で統一され、想像以上に広い。
「私が使っていた部屋では、ないのね」
「急遽、ここは改造したの」
ミシェルは嬉しそうに言った。
「だって、お姉様は“特別”でしょう?」
母親がメイドを連れて入ってくる。
ワゴンには紅茶とケーキ。
「どう? 気に入ってくれたかしら?」
優しげな微笑み。
だが妹も母親も、決して目の奥では笑っていなかった。
三人でお茶を飲み、しばらくすると、ジゼルは何度かあくびを噛み殺した。
「……お姉様、どうしたの?」
ミシェルの声が、やけに近い。
「疲れたのかしら? 少し眠るといいわ」
母親の言葉に、ジゼルは目を閉じた。
「お姉様?」
小さな声。
「ねぇ……眠った? 夢、見てる?」
返事はない。
ミシェルは、満足そうに微笑んだ。
「――寝たか?」
カーテンの影から、クレスが姿を現す。
その背後に、黒いローブの人物が続いた。
「護衛に気付かれないよう、早く始めるぞ!」
「その前にクレス様。絶対に私を婚約者にしてくださいね?」
「分かってる」
「本当に約束ですよ?」
「うるさいな。ジゼルは、俺に一度もうるさくしなかったぞ!」
ミシェルを黙らせ、ジゼルを大きなベッドに寝かせると、クレスは隣に横たわった。
「運命を入れ替えたら、命運尽きて、お前はデュアム公爵家にも見捨てられるだろう。
その時は、面倒を見てやる。だから、恨むなよ。どうせ、お前にはもう何も残らないんだから」
そう言って、クレスはジゼルの手を握った。
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