13 コートナー伯爵家
アーノルドが完治し、デュアム公爵家は喜びに包まれていた。
公爵夫妻とアーノルドは心からジゼルに感謝し、今後は後ろ盾となり、クレスとの婚約破棄、その後の生活や嫁ぎ先まで配慮すると約束する。
恐縮するジゼルに、ナタリアが告げた。
「今日からここはジゼルの家よ。貴方は私の妹」
「いいえ、そこまで甘える訳にはいきません」
「姉には甘えるものよ。もちろん、お兄様にもね。遠慮なんて不要よ。
ジゼル1人養うくらい、私の小遣いでも十分。足りなくなったら私が増やすわ。
それでも拒否するなら……ビンタよ?」
「ナタリア様……」
脅しのような甘やかしに、ジゼルは正式に婚約破棄されるまで世話になろうと思う。
「ありがとうございます」
素直な礼に、ナタリアは満足そうに頷く。
(嫁ぎ先は我が家よ。
お兄様の相手はジゼルだけ。他の選択肢なんて、絶対に存在しないわ)
そう、密かに思いながら。
──それから数時間後、父ニルトンから知らせが届いた。
「まぁ! クレスと正式に婚約は破棄されたそうです」
「本当に? 伯爵の様子では、まだ無理そうだったのに」
どういうわけか、父は婚約破棄を成立させたらしい。
『実家に戻って暮らしなさい』と書いてある。
「ジゼルの日記を読んで反省したのかしら?」
「読んだとは書いていませんが……」
家族に愛された記憶はない。
実家での生活を思うだけで、胸が重くなる。
短い滞在だったが、デュアム公爵家は温かかった。
それでも、いつまでも世話になるのは図々しいとジゼルは思う。
「私、実家に戻ります」
「そうね。一度戻って『今後はデュアム公爵家で暮らす』と説明しましょう。私が同行するわ」
「それは──」
「約束したでしょう? ジゼルの面倒を見るって。必ず守るわ!」
強引なナタリアに、ジゼルは思わずうなずいた。
──アーノルドの部屋。
完治したとはいえ、当分安静。
ベッドに腰掛け、上着を羽織ったアーノルドは話を聞いていた。
「そう、婚約は破棄されたんだね。おめでとう、ジゼル」
「はい。アーノルド様が父を説得して下さったからです」
「でもまだ信用できないな。伯爵家までは私が同行しよう」
立ち上がろうとした彼を、ナタリアが慌てて止める。
「ダメです! お兄様は安静に。私が見届けてきます」
「なら護衛を付けて。二人とも気を付けるんだよ」
「明日、先触れを出しますわ。私に任せて下さいませ」
「ジゼル、君の能力はまだ誰にも話さないで。たとえ家族でも」
「はい」
あの日の奇跡は医者にも口止めしてある。
色が褪せたジゼルの髪をアーノルドは一房すくった。
「必ず戻ってきて欲しい。
君が帰る場所は、ここしかない。もう、ここは君の家だから」
「戻って……きます」
「ああ、約束だよ」
まっすぐな眼差しに、ジゼルの胸は高鳴った。
戻りたいと思った。この、泣きたくなるほど優しい人のもとへ。
そんな二人の様子をナタリアは静かに見ていた。
「ふふ、心配なさらなくても、お兄様。ちゃんと連れて帰りますわ」
二人が部屋を出た後、アーノルドは執事を呼ぶ。
「本当に婚約は破棄されたのか?」
「そのようです」
あまりに順調な展開に、まだ信じ切れない。
「明日は二人から目を離すな」
「承知致しました」
「ジゼルに救われた命だ。私は残りの人生を、彼女の為だけに捧げる」
そして最後に「ナタリアを呼んでくれ」と命じた。
* * * * *
翌日、ジゼルはナタリアに付き添われ、実家へ戻っていた。
護衛を7人も伴った娘の帰還に、両親と妹ミシェルは目を見開く。
「お帰りなさい、ジゼル」
真っ先に声を掛けたのは母だった。
「お姉様……?」
「そうだ、ミシェルのお姉さんだ。おかえり、ジゼル」
「ふうん、似てないのね、髪の色とか……」
「ただいま戻りました。婚約破棄の件では、ご迷惑をおかけしました」
頭を下げると、母は涙ぐむ。
「ごめんなさい、ジゼル。私達、親として失格だったわ」
その優しい声に、
呪いが解けた影響だと、ジゼルは思いたかった。
客間に通され、父ニルトンが報告した。
「婚約は破棄ではなく、解消だ。侯爵家には御恩がある。こちらが引いた」
解消──小心者のニルトンらしい。
だが、本当にクレスと縁が切れて、ジゼルは胸をなでおろす。
彼の顔は二度と見たくない。
ナタリアが、きっぱり告げる。
「ジゼルは今後、我が家で暮らします。私の妹になります。ご了承下さい」
「ナタリア様、お待ちください」
母が慌てて止める。
「これからは、娘が苦労した分を償いたいのです」
「お姉様は私のお姉様よ! 連れて行かないで!」
「……7年間、一度も気にかけなかったのに。何を今さら」
ナタリアの一言に、三人は言葉を失う。
「ジゼル。お前はどうしたい? 望む通りにしよう」
「お父様、私は──」
本心では、ナタリアの傍に、アーノルドのもとへ戻りたかった。
だが、ジゼルは長い間、本心を飲み込んで生きてきた。
言葉にする前に、相手の立場を深く考えてしまう。
それはクレスに植え付けられた癖だった。
「そっか。公爵家で贅沢な暮らしがしたいのよね? お姉様は」
妹の辛辣な言葉に、ジゼルは息を詰めた。
否定したかった。
違う、と言えばいいだけだった。
視線が一斉に集まる。重たい沈黙。
ジゼルは唇を開きかけ、そして閉じた。
実家、公爵家、修道院。選択肢は3つ。
今はまだ決定しない。家族の出方を見極めるために。
読んでいただいて、ありがとうございました。




