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第6話 小さな逃げ場

放課後、ひよりはまっすぐ寮には戻らなかった。


学校から少し離れた、小さな公園。

ブランコと、古い滑り台。

遊具の色は褪せていて、この時間帯はほとんど人がいない。


昔、ひかりとよく来ていた場所だった。


理由があったわけじゃない。

ただ、足が向いた。


ひよりはベンチに腰を下ろし、スマホを取り出す。

画面を点けたまま、何も操作しない。


——連絡して。


昨日の言葉が、ふと浮かぶ。


今すぐ困っているわけじゃない。

助けてほしい、と言うほどでもない。


それでも。


ひよりは、短いメッセージを打った。


――今、少しだけ時間ある?


送信したあと、胸の奥がきゅっと縮む。

急だっただろうか。

迷惑じゃないだろうか。


考え切る前に、画面が震えた。


〈あるよ

どこ?〉


〈昔の、公園〉


〈分かった

すぐ行く〉


スマホを伏せて、ひよりは息を吐いた。

ブランコが風に揺れ、小さな音を立てる。


数分後、足音が近づいた。


「懐かしいね」


ひかりだった。

少しだけ息を切らしている。


「……うん」


ひよりは立ち上がらない。

そのまま座っている。


ひかりは一瞬周囲を見てから、隣に腰を下ろした。

肩が触れない程度の距離。


「どうしたの?」


問いかけは柔らかい。

詰める気配はない。


ひよりは前を見たまま、言葉を探す。


「……特に、なにもない」


嘘ではなかった。


「でも、部屋に戻る気が、しなくて」


ひかりは静かに頷く。


「そっか」


沈黙が落ちる。

気まずさはない。


夕方の風が、木の葉を揺らす。


「……少しだけ」


ひよりが、ぽつりと言う。


「少しだけ、疲れたの」


ひかりはすぐには返事をしなかった。

代わりに、ほんの少しだけ距離を詰める。


「じゃあ」


静かな声。


「今日は、一緒にいよっか」


提案だった。

引き返せる言い方。


ひよりは、反射的に否定しかけて、やめた。


「……うん」


短い返事。

それだけで、胸の奥がゆるむ。


しばらく、二人は並んで座っていた。

話題はない。

沈黙を埋める必要もない。


——守られている、と思うほどでもない。

ただ、一緒にいる。


それが、ひよりには少し懐かしかった。


やがて、ひかりが立ち上がる。


「暗くなる前に戻ろ。……一回、寮」


「……外泊、申請いるよね」


「うん」


二人で寮へ戻り、

ひよりは受付で外泊申請を済ませた。


理由欄に少し迷ってから、

「友人宅」と書く。


手続きは、あっさり終わった。


ひかりの家は、学校から少し歩いた住宅街にある。


「ただいまー」


「おかえり、おねぇ」


落ち着いた声で迎えたのは、

ひかりの妹のしずくだった。


「……久しぶり。しずくちゃん」


「もしかして……ひよりねぇ?」


「……うん」


しずくは二人を一度だけ見て、

何も言わずに静かにほほ笑んだ。


それだけで、十分だった。


夕食の席では、自然と昔の話になった。


どんな遊びをしていたか。

誰がどんな失敗をしたか。


大した内容じゃない。

でも、その一つ一つに、笑いが混じる。


ひよりは気づく。


——久しぶりに、思い出を

「楽しいまま」話している。


食後、家の中は静かになった。


「今日は、一緒に寝よ」


ひかりがそう言って、階段を上がる。


ひよりは一瞬だけ迷ってから、ついていった。


部屋は、昔とあまり変わっていない。


机の位置。

本棚。

窓際の小さな棚。


「懐かしい」


「でしょ。あんまり変えてない」


床には、二組分の布団。


「……ありがとう」


腰を下ろした途端、

ひよりは一気に力が抜けた。


灯りを落とし、間接灯だけを残す。


「……眠れそう?」


「……たぶん」


しばらくして、ひよりが言う。


「……今日は、来てよかった」


「うん」


短い返事。


「……昔さ、ここで夜遅くまで話したよね」


「したね」


「今日も、ちょっと似てる」


ひかりは、少しだけ間を置く。


「無理なときは、無理って言っていい」


「……うん」


「言えなくても、来ればいい」


断定じゃない。

逃げ道の提示。


「……それ、ずるい」


「なにが?」


「……安心する」


「なら……よかった」


その言葉で、胸の奥がほどける。


やがて、ひよりの呼吸がゆっくりになる。


「……今日は、一人じゃないね」


「うん」


その夜、

ひよりは久しぶりに、安心して眠りに落ちた。

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