閑話① なまえのはなし
夕方だった。
公園のブランコが、
きい、って鳴る。
もう遊ぶ人はいなくて、
砂の上に、二人分の影だけが長く伸びていた。
ひよりは、
ブランコを止めて、
つま先で砂をならしていた。
ひかりは、
となりのブランコに座ったまま、
ゆらゆら揺れている。
「ねえ」
ひよりが、
小さな声で言った。
「なに?」
ひよりは、
少しだけ胸を張った。
「ひよりね、
ほんとは、
べつのなまえ、あるんだ」
「べつの?」
「うん」
ひよりは、
指で砂に丸を描く。
「ほんとうはね」
一拍。
「かぞくいがいには、
おしえちゃいけないんだけど」
ひかりのブランコが、
ゆっくり止まる。
「……でも」
ひよりは、
ひかりのほうを見て、
にこっと笑った。
「ひかりちゃんには、
とくべつに、
おしえてあげる!」
言ってから、
少しだけどきどきした。
「だいじななまえ?」
「うん。
いちばんだいじ」
「じゃあ、
ちゃんときくね」
ひよりは、
一度だけ深呼吸してから、
小さな声で、そのなまえを言った。
風にまぎれて、
すぐ消えてしまいそうな音。
ひかりは、
聞き返さなかった。
ちゃんと聞こえた、
という顔をしていた。
「……ありがとう」
なぜか、
そう言われた気がした。
ひよりは、
胸の奥があたたかくなって、
うなずいた。
その日、
なにも起きなかった。
なまえを教えたからって、
世界は変わらなかった。
ただ、
ひよりの中で、
ひかりは
かぞくじゃないのに、
なまえを知っている人になった。
それだけのこと。




