もしもの話⑩ 夜更けの迷子
その夜、
ひよりとひかりは同じ部屋で布団を並べて寝ていた。
電気を消して、
少しだけ話して、
そのまま、自然に眠った。
⸻
夜中。
しずくの部屋は静かだった。
カーテン越しの月明かり。
いつも通りの、自分の空間。
しずくは、ゆっくりと目を覚ました。
……重い。
夢の続きを疑うくらい、
現実味のない違和感。
「……?」
身体が、動かない。
というより――
抱きつかれている。
しずくは、完全に目を開けた。
そこにいたのは、
ひよりだった。
しずくの布団の中で、
腕を回して、
ぎゅっと。
顔は無防備で、
完全に眠っている。
「…………」
一瞬、思考が止まる。
(なんで)
(ここ、私の部屋)
(……あ)
寝ぼけてる。
しずくは、すぐに理解した。
ひよりは、時々ある。
方向感覚が、夢と現実で混ざるやつ。
だが。
問題は――
がっちりホールド。
腕が外れない。
力は強くないのに、
重心が完全に預けられている。
「……ひよりねぇ」
小さく呼んでみる。
返事はない。
代わりに、
ひよりが少し身じろぎして、
さらに密着した。
「……」
しずくは、天井を見る。
(動けない)
(起こすのも、かわいそう)
(でも、暑い)
選択肢が、どれも微妙だった。
⸻
一方、その頃。
ひかりは、朝の光で目を覚ました。
「……ん」
寝返りを打って、
隣に手を伸ばす。
……冷たい。
「……?」
布団をめくる。
いない。
「……ひより?」
部屋を見回す。
鞄もある。
靴もある。
なのに、
人だけがいない。
ひかりは、完全に目が覚めた。
「……どこ行ったの」
廊下に出る。
トイレ。
洗面所。
いない。
最後に、
しずくの部屋の前で、足が止まる。
ノックする前に、
中から小さな声が聞こえた。
「……おねぇ」
静かに、扉が開く。
そこには――
布団の中で、
しずくに抱きついたまま眠るひより。
身動き一つせず、
完全に熟睡。
しずくは、
諦めたような顔でひかりを見る。
「……朝から、捕まってる」
ひかりは、数秒沈黙したあと、
額に手を当てた。
「……ああ」
「やっぱり」
状況を、即座に理解した。
「ごめん……」
しずくは小さく首を振る。
「いい」
「慣れてる」
慣れてはいない。
でも、
文句を言う気もなかった。
ひかりは、そっと近づいて、
ひよりの肩を軽く揺らす。
「……ひより」
「……んー」
「起きて」
「……ひかり?」
ゆっくり目を開けて、
状況を確認して。
数秒後。
「……あ」
「……あれ」
「……ここ」
しずくの部屋。
しずくの布団。
しずく本人。
「……まちがえたかも」
しずくとひかり、
同時にため息をついた。
「おはよう、ひより」
「……おはよ」
ひよりは、まだ眠そうなまま、
しずくから離れる。
「……ごめんね、しずくちゃん」
「いい」
「でも次は、ちゃんと起きてから来て」
「……うん」
ひかりは、ひよりの手を取る。
「ほら、戻るよ」
「……はーい」
その背中を見送りながら、
しずくは一言。
「……布団、冷えた」
ひかりが振り返る。
「……すみません」
「知ってる」
朝は、
そんなふうに始まった。




