もしもの話⑨ よく分からない気持ち
昼休み。
ひよりは、いつもの席で窓の外を眺めていた。
特に考えごとをしているわけじゃない。
ただ、なんとなく。
教室の向こうで、
ひかりが誰かと話しているのが目に入った。
同じクラスの女子。
距離が近くて、声も少し楽しそうで、
ひかりはよく笑っている。
ひよりは、少しだけ視線を逸らした。
「……べつに」
小さく呟いてみたけど、
胸のあたりが、なんとなく落ち着かない。
理由は分からない。
また、ちらっと見る。
ひかりは変わらず話していて、
相手の言葉に頷いている。
「……」
ひよりは、机に頬を預けた。
嫌、というほどでもない。
止めたいわけでもない。
でも。
(なんか……)
(いつもと、ちがう)
もやっとする。
その感覚が、
どこから来たのか分からないまま。
「……なんだろ」
ひよりは、小さく息を吐いた。
そのまま、
ノートに視線を戻す。
数分後。
「ひより」
声をかけられて、顔を上げる。
ひかりが立っていた。
「なに?」
「さっきから、静かだなって」
「……そう?」
「うん」
ひよりは少し考えてから言った。
「……元気は、あるよ」
「ほんと?」
「たぶん」
ひかりは、ひよりの顔をじっと見た。
一拍、間があって。
「……なんか、あった?」
ひよりは首を振る。
「……分からない」
正直な答えだった。
「落ち着かないっていうか」
「でも、理由は、よく分からなくて」
ひかりは一瞬だけ、目を伏せた。
それから、
何でもないみたいに笑う。
「そっか」
それ以上、聞かない。
ひよりは、その反応を少しだけ不思議に思った。
「……さっきさ」
ひよりが言う。
「ひかり、誰かと話してたでしょ」
「うん」
「……楽しそうだった」
それだけ。
ひかりは、ほんの一瞬だけ動きを止めてから、
肩をすくめた。
「普通だよ」
「……そう」
ひよりはそれ以上、続けなかった。
言葉にできないし、
続ける理由も見つからない。
ひかりは、話題を変える。
「次、移動教室だよ」
「……あ、うん」
二人は並んで歩き出す。
廊下を歩きながら、
ひよりはまだ、胸の奥を気にしていた。
(なんだろ)
(変だけど、嫌じゃない)
その横で、ひかりは歩幅を少しだけ合わせた。
(……これ)
(気づいてないだけだ)
言わない。
今は、言わない。
ひよりがこの感覚に
名前をつけなくてもいい。
ひかりは、ひよりとの距離を
ほんの少しだけ詰める。
ひよりは気づかないまま、
その距離を自然に受け入れた。
(……かわいい)
ひかりは、そう思って、
何も言わなかった。
その気持ちは、
胸の奥にしまっておくだけで、十分だった。




