もしもの話⑤:しずくのお料理教室
「今日は、私が教えるね」
エプロンをつけたしずくが、少しだけ微笑んで言った。
「え、しずくちゃんが?」
ひかりが目を丸くする。
「……うん。料理、好きだから」
控えめな言い方だった。
ひよりは、流しの横に並べられた材料を見て、こくんと頷く。
「……前も、作ってたよね」
「うん」
今日のメニューは、簡単な炒め物。
手順も多くない。
「火は中くらい」
「油はこれくらい」
「切る前に、火はつけないでね」
しずくの説明は落ち着いていて、分かりやすい。
ひよりは言われた通りに動く。
包丁の動きは慎重で、少しぎこちないけれど、丁寧だった。
一方で。
「大丈夫だと思う!」
ひかりは元気よく包丁を動かした。
「——あ」
小さな声。
「……ちょっと、いった」
包丁を置いて、指を見る。
ほんの少し、赤い。
「ひかり、血——」
ひよりが言いかけた、その前に。
ひかりは指を、さっと口に入れた。
「これで大丈夫」
指を咥えたまま、にこっと笑う。
「……」
しずくは一瞬だけ視線を向けて、やさしく言った。
「……洗って、絆創膏しよ」
「え、ほんとに?」
「うん。今は料理中だから」
ひかりは少し渋りつつも、手を洗いに行く。
その間。
フライパンから、
ちょっと嫌な音がした。
「……あ」
しずくが気づく。
うっすら、煙。
「……火」
ひよりが小さく言う。
「……ちょっと、強いかも」
戻ってきたひかりが、慌ててコンロを見る。
「え、なに?」
「……少し、焦げてる」
「今?」
フライパンの中身は、
もう戻らなさそうだった。
「……」
「……」
「……」
短い沈黙。
しずくは一度だけ息を吐いて、くすっと笑う。
「……ごちそうさま、かな」
「まだ食べてないよ!」
「気分的に、ね」
ひよりは、焦げた料理と、
ひかりの指の絆創膏を見比べる。
「……順番、かな」
「え?」
「ひかりは」
「切る前に、火を見るといい」
「それ、同時にやるの難しくない?」
「……だから、ゆっくりでいい」
しずくは、完成していたひよりの皿を片付けながら言った。
「料理は、慌てないのが大事」
「一つずつで、いいよ」
「……はーい」
ひかりは少し照れたように返事をする。
「じゃあ次は、切らなくていいやつがいいな」
「煮込み、とか」
「煮込み!」
「火、弱めでね」
「……うん」
フライパンの焦げと、
小さな絆創膏。
どちらも残ったけれど、
キッチンの空気はやわらかかった。
しずくは二人を見て、思う。
——この二人に教える料理は、
——少し時間がかかる。
でも。
「……それも、悪くないかも」
そう呟いて、
次のレシピを考え始めた。




