もしもの話③:分からないまま断る
昼休み、ひよりは一人でいた。
窓の外を眺めていて、特に何かを考えているわけでもない。
「……宵宮」
呼ばれて、顔を上げる。
同じクラスの男子だった。
「少し、いい?」
「……今?」
「すぐ終わるから」
廊下に出る。
人目はある。
だから、強く身構えるほどではなかった。
「前から、好きでした」
ひよりは、一度だけ瞬きをする。
「……そう、なんだ」
「付き合ってほしい」
「……ごめんね」
「たぶん、難しい」
即答ではあるけれど、
声は低く、柔らかい。
「え、なんで?」
ひよりは少しだけ考えてから答えた。
「……うまく、想像できなくて」
「付き合う理由とか」
「そのあと、どうなるのかとか」
淡々としているけれど、拒絶ではない。
男子は、少し困ったように笑った。
「好きだから、じゃダメ?」
ひよりは、また少し考える。
「……好き、はあると思う」
「でも、それだけで関係を変える必要があるのかは」
「よく、分からない」
「……他に、好きな人がいる?」
ひよりは、今度は少し長く黙った。
「……いる、と思う」
男子の表情が、わずかに引き締まる。
「誰?」
ひよりは、迷いなく答える。
「……ひかり」
一瞬、空気が止まる。
「……え?」
「朝倉ひかり」
男子は、苦笑いを浮かべた。
「それは……ちょっと違うんじゃ……?」
ひよりは、首を傾げる。
「……違う、かな」
「友達とか、そういう――」
「分からない」
ひよりは、正直に続ける。
「恋愛として好きかは、分からない」
「でも、一緒にいるのが」
「一番、自然な気がする」
「それ、好きって言わない?」
「……どうだろう」
「まだ、ちゃんと分からない」
男子はしばらく黙ってから、息を吐いた。
「……そっか」
「ありがとう。ちゃんと話してくれて」
去っていく背中を、ひよりは追わなかった。
教室に戻ると、ひかりがこちらを見ていた。
「……呼ばれてた?」
「……うん」
「何の話?」
「告白、だった」
ひかりの動きが、一瞬止まる。
「……断った?」
「断った、よ」
「理由は?」
ひよりは、少し考えてから言う。
「他に、好きな人がいるって言った」
ひかりは、一拍置く。
「……誰?」
「ひかり」
「……は?」
「でも」
「それは、ちょっと違うんじゃって」
「言われた」
ひかりは、頭を抱えた。
「それ、どういう断り方……」
「正確、だったと思う」
「正確すぎる」
そう言いながら、ひかりは小さく笑った。
「……で?」
「ひより的には?」
ひよりは、また窓の外を見る。
「分からない」
「でも、男の人と付き合うより」
「ひかりと一緒の方が」
「変えなくていい気がする」
ひかりは、しばらく黙っていた。
「……それ」
「告白じゃないけど」
「否定もしづらいんだよね」
「……ごめん」
「謝るとこじゃない」
ひかりは肩をすくめた。
「まあ……」
「今は、それでいいか」
ひよりは、静かに頷く。
恋愛は、まだ分からない。
でも、選ばなかった理由だけは、はっきりしていた。




