もしもの話②:断った理由
放課後、ひかりは一人で呼び止められた。
廊下の端。
人の通りはあるけど、立ち止まって話すほどじゃない場所。
「朝倉」
男子の声だった。
振り向くと、同じクラスの男子が立っている。
少し緊張した顔。
「ちょっと、いい?」
ひかりは一瞬だけ考えて、頷いた。
「うん」
それだけで、
もう嫌な予感はしていた。
「前から、好きでした」
思ったより、まっすぐな言い方だった。
軽くもないし、ふざけてもいない。
だから余計に、ひかりは困った。
「……ありがとう」
間が空く。
頭の中で、言葉を探す。
断る理由はいくらでもあるはずなのに、
どれも、しっくりこない。
「でも、ごめん」
男子が少し身構える。
「誰か、好きな人がいるとか?」
ひかりは、首を振った。
「そういうのじゃなくて」
嘘ではなかった。
「今は……誰かと付き合う気が、なくて」
それも本当だった。
男子は少し考えてから、苦笑した。
「そっか」
「ごめんね」
「ううん。ちゃんと答えてくれてありがとう」
それだけ言って、男子は去っていった。
ひかりはその場に残り、
ゆっくり息を吐く。
——今は、誰かと付き合う気がない。
口にしてみて、
自分でも少しだけ引っかかった。
理由を聞かれたら、
きっと答えられなかった。
誰かを好きじゃないわけじゃない。
でも、誰かと「そういう関係」になる想像が、
どうしても浮かばなかった。
ひよりの顔が、
一瞬だけ頭をよぎる。
そのまま、
何事もなかった顔で教室に戻る。
ひよりは席に座っていた。
ひかりを見ると、
いつも通り、ちらっと視線を向ける。
「……遅かった」
「うん。ちょっと」
それ以上、聞かれない。
でも、その日。
ひよりはやけに近かった。
並んで歩く距離。
座る位置。
帰り道の歩幅。
何も言わない。
理由も聞かない。
それが、逆に落ち着かなかった。
帰り道、ひかりはぽつりと言った。
「さっきさ」
「……告白された」
ひよりは、一瞬だけ足を止めた。
「……断った」
「……うん」
それだけ。
ひよりは歩き出す。
しばらくして、言った。
「……それで?」
「それで、終わり」
ひよりは頷く。
「……そう」
それ以上、何も言わなかった。
でも、その日。
ひよりは最後まで、ひかりの隣を歩いていた。
ひかりは思う。
——好きな人がいるとかじゃない。
——でも。
誰かと付き合う理由より、
このままでいる理由の方が、
ずっと多かった。
それを言葉にするつもりは、
まだなかった。




