もしもの話①:恋愛映画のあとで
映画館を出た瞬間、
ひかりは何も言わずに一度、目をこすった。
「……よかった」
声が、少しだけ潤んでいる。
ひよりは、ポップコーンの空箱を見下ろしたまま、
少し考えてから言った。
「……たぶん、無理」
ひかりが足を止める。
「え?」
「……あの人」
ひよりは、言葉を選ぶみたいに間を置いて続けた。
「ちょっと、重い気がする」
「感情の出し方が、強すぎるというか」
「待ち方も、告白も……私なら、怖いかも」
ひかりの涙が、きれいに引っ込んだ。
「……ちょっと待って」
「現実だったら、距離は取ると思う」
「好きなら……もう少し、黙ってる気がするし」
「あと……ああいうの、あんまり信じられない」
ひよりは真面目に考えているだけだった。
否定するつもりも、冷やかす気もない。
だからこそ、逃げ場がない。
ひかりは数秒、完全に黙ったまま立ち尽くした。
「……ひよりさ」
低い声。
「それ、恋愛映画を観た人の感想じゃない」
「そう?」
「そう」
ひかりは、半歩だけ距離を取った。
「ていうか」
「その考え方、ちょっと独特すぎる」
はっきりしているけど、刺すほどではない言い方。
ひよりは、きょとんとした顔で瞬きをする。
「……だめだった?」
「だめじゃないけど」
ひかりは、小さく息を吐いた。
「私とは、見えてるところが違うんだなって思っただけ」
少し、気まずい沈黙。
人の流れが、二人の横を通り過ぎていく。
しばらくして、ひよりがぽつりと言った。
「……じゃあ」
ひかりが顔を上げる。
「男の人と付き合うより」
「このまま、ひかりと一緒でいいかなって」
ひかりは、言葉を失った。
冗談にも、逃げにも聞こえない言い方だった。
「……それは」
一拍。
「それは、ちょっとずるい」
怒ってはいない。
ただ、完全に想定外だった顔。
ひよりは、首を傾げる。
「……そう?」
「そう」
ひかりは、困ったように笑った。
「比べる場所が、そもそも違う」
「……かもね」
二人は、また並んで歩き出す。
「次は?」
ひよりが聞く。
「……次は、アクション」
「それなら、分かる」
ひかりはそう言って、肩をすくめた。
男も、映画も、恋愛も。
全部、いったん横に置いたまま。
ただ、二人で帰る。
それだけで、ちゃんと成立している関係だった。




