むかしばなし②:からいはつらい
その日は、ひかりが、ひよりの家に泊まりに来ていた。
夕方、台所から、はっきり分かる匂いがする。
「カレーだ」
ひかりが言う。
「うん」
ひよりは、いつも通りの顔でうなずいた。
食卓に並んだ鍋を見て、
ひかりは首をかしげた。
鍋が、二つある。
「……あれ?」
「なんで、ふたつあるの?」
ひよりは、自分の前の鍋を見てから、
ひかりを見る。
「え?」
ひよりママが、少しだけ間を置いて答えた。
「ひよりのは、別なの」
「なんで?」
「……ひよりのはね、
ちょっとだけ、からいから」
「……ちょっと?」
ひかりは、鍋を見比べる。
「同じカレーなのに?」
「うん。同じカレー」
ひよりママは、にこっと笑って言った。
「でも、ひかりちゃんは、
こっちね」
その言い方が、
ひかりの中に、少し引っかかった。
その場では、
それ以上は聞かなかった。
夜。
二人で並んで、
ひよりの部屋に座っている。
「……ねえ」
ひかりが、小さな声で言った。
「やっぱり、きになる」
「なにが?」
「ひよりのカレー」
ひよりは、少しだけ考えてから、
スプーンを持った。
「……ひとくちだけだよ?」
「うん!」
本当に、ほんの少し。
先のほうに、ちょっとだけ。
「はい」
ひかりは、迷わず口に入れた。
――次の瞬間。
「…………っ!!?」
固まる。
一拍。
「……っ、か――」
次の瞬間、爆発した。
「からい!!
からいからいからい!!」
両手で口を押さえて、
ごろっと転がる。
「なにこれ!!
なにこれぇぇ!!」
じたばた。
「むり!!
むりむりむり!!」
涙が出て、
目がうるうるになる。
「……っ、
くち!!
くちのなか!!」
ひよりは、きょとんとしている。
「……からい?」
「からいってレベルじゃない!!」
ひかりは、
半泣きで叫んだ。
「くちのなか、
もえてる!!」
その声を聞いて、
ひよりママが慌てて部屋に入ってきた。
「ひかりちゃん!?
だから言ったでしょ!」
すぐに水を渡される。
ひかりは、
ごくごく飲む。
「……っ、
だめ……」
もう一杯。
「……まだ……
ひりひりする……」
口を押さえながら、
涙目で言う。
「……くちのなか、
いたい……」
ひよりは、
自分のスプーンを見てから、
ひかりを見る。
「……え?」
「これ……
ほんとに、たべてるの……?」
「うん」
ひよりは、
もう一口食べる。
「……おいしいよ?」
ひかりは、
信じられないものを見る目で、
ひよりを見た。
「……ひより……」
少し間があって。
「……それ、
ぜったい、
こどものたべものじゃない」
その夜、
ひかりはしばらく、
口の中を気にしていた。
「……まだ、
ひりひりする……」
何度も言う。
ひよりは、
首をかしげたままだった。




