第21話 残された線
その日、ひかりは学校に来なかった。
連絡はない。
委員長の代理の話も、欠席の理由も、誰も知らない。
教室は、
それを「よくあること」として受け流していた。
ひよりだけが、
隣の席の空白を、何度も見ていた。
話しかけようとして、やめる。
スマホを見て、閉じる。
――きっと、忙しいだけ。
そう思うことで、
どうにか立っていられた。
⸻
スマホが震えたのは、
日が落ちかけた頃だった。
表示された名前を見て、
指が一瞬、止まる。
通話に出る。
「……ひよりねぇ」
電話越しのしずくの声は、
いつも通りで、
少しも揺れていなかった。
それが、
かえって胸に刺さる。
「少し、話せる?」
「場所、
昔の公園でいい?」
断れる空気じゃなかった。
「……うん」
短く答えると、
通話はそれ以上続かなかった。
⸻
公園は、
記憶よりも静かだった。
ブランコ。
褪せた滑り台。
夕方の風。
しずくは、先に来ていた。
ベンチの横に立って、
こちらを見る。
手には、
丁寧に折られた一枚の紙。
あの手紙。
二人は向かい合って座らなかった。
少し距離を置いて、
同じ方向を見る。
しずくが、口を開く。
「確認したいことがある」
声は、冷静だった。
「おねぇ、
最近ずっと体調が悪かった」
「学校も、
休む日が増えてた」
一つずつ。
順番に。
「それ、
前からだよね」
ひよりは、何も言わない。
しずくは遮らない。
「……ひよりねぇも」
一拍。
「同じ頃から、
家にいる時の空気が変わってた」
理由までは、分からなかった。
でも、
何もない顔じゃなかった。
視線が、ひよりに向く。
「……どうして、言わなかったの」
問いは静かだ。
責める響きは、ない。
「おねぇの隣にいながら、
どうして、
何も言わなかったの」
ひよりは、言葉を探して、
見つけられない。
沈黙が続く。
その間に、
しずくの呼吸が、少しだけ乱れる。
「……分かってたんでしょ」
声が、揺れ始める。
「ひよりねぇも、
同じ目に遭ってたんでしょ」
否定を、待っている。
でも、
否定は来ない。
しずくの手が、震える。
「……おねぇは……」
言葉が、詰まる。
「おねぇは、
ひよりねぇを守ろうとしてたんだよ……!」
声が、跳ねる。
「なのに……!」
涙が、一気に溢れる。
「なんで、
ひよりねぇは、
それに気づかなかったの……!!」
声は、もう抑えられていない。
泣き叫ぶ。
「おねぇ、
一人で全部背負って、
最後にあんな形で……!」
言葉が途切れ、
息だけが荒くなる。
しずくは、
立っていられなくなって、
その場に膝をついた。
泣きながら、
何度も息を吸う。
「……ごめん」
誰に向けた言葉か、分からない。
「……間に合わなかった」
その一言だけが、
夕方の空気に落ちた。
⸻
ひよりは、
その場で、何も言えなかった。
言葉にすれば、
すべてが壊れる気がして。
でも、
もう、
何もかもが遅かった。
しずくの手の中で、
手紙は動かないまま、
そこにあった。




