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閑話 輪郭がずれる

休日の午後だった。


インターホンが鳴って、

しずくが玄関へ向かう。


「はーい」


ドアを開けると、

ひよりが立っていた。


少し前に見たときより、

痩せた気がした。


それを、

口には出さない。


「……こんにちは」


「こんにちは。久しぶり」


会釈は丁寧で、

声も落ち着いている。


でも。


——距離の取り方が、

 前と違う。


靴を揃える動作。

視線の置きどころ。

一歩、引いている。


「……ひかり、いる?」


「部屋にいるよ」


そう答えてから、

しずくは一瞬だけ迷った。


——呼びに行くべきか。

——それとも、

 勝手に行かせるべきか。


結局、

何も言わずに通した。


リビングを横切るとき、

ひよりの足音が、

やけに小さいことに気づく。


ひかりの部屋のドアは、

半分だけ開いていた。


「ひかり」


ひよりが、

名前を呼ぶ。


声は、

優しい。


でも、

近づこうとしない。


ひかりが振り向いた。


「……来てたんだ」


「うん」


それだけ。


前なら、

もっと近づいていた。


前なら、

何か言いながら、

笑っていた。


二人は、

同じ部屋にいるのに、

同じ空気にいない。


しずくは、

廊下の端から、

その様子を見ていた。


——これは。


——前にも見た。


似ている。


けど、

もっと、

深い。


ひかりは、

ひよりの目を

長く見ない。


ひよりは、

ひかりのそばに

立たない。


近づかないように、

お互いが

気をつけているみたいだった。


お茶を出すために、

しずくが声をかける。


「飲み物、いる?」


「……ありがとう」


ひよりが答える。


ひかりは、

少し遅れて、


「……お願い」


と言った。


その間。


ほんの一拍。


しずくの中で、

何かが

はっきり形になる。


——おねぇ、

 前から

 こんな間の取り方だった?


違う。


これは、

疲れている人の間じゃない。


——避けている。


誰かを、

じゃない。


自分を。


しずくは、

湯を沸かしながら、

息を吐いた。


——ああ。


——これは、

 気づいてしまったやつだ。


リビングで、

三人で座る。


会話は、

途切れない。


学校の話。

天気の話。

どうでもいい話。


でも、

全部、表面だけ。


ひよりは、

必要以上に丁寧だ。


ひかりは、

必要以上に、

平気そうだ。


しずくは、

カップを持つ手を

一度、止めた。


——どっちも、

 本音じゃない。


それが、

はっきり分かる。


「……ひよりねぇ」


しずくは、

ふと呼んだ。


ひよりが、

少しだけ肩を揺らして、

こちらを見る。


「なに?」


「最近、

 寒くなったね」


当たり障りのない言葉。


「……そうだね」


返事は普通。


でも、

目が、一瞬だけ伏せられた。


その一瞬で、

確信する。


——二人とも、

 同じことを

 抱えてる。


——でも、

 共有してない。


帰り際。


玄関で、

ひよりが靴を履く。


ひかりは、

少し離れたところに立っている。


「またね」


「……うん」


それだけ。


ドアが閉まる。


ひよりの足音が、

遠ざかる。


ひかりは、

その場に立ったまま、

動かなかった。


しずくは、

その横顔を見て、

はっきり思った。


——前の違和感は、

 勘違いじゃなかった。


——これは、

 何かが壊れたあとの、

 距離だ。


しずくは、

何も言わない。


でも、

もう「分からないふり」は

できなかった。


気づいてしまったから。


そして、

気づいてしまった以上、

もう元には戻らない

そんな予感だけが、

胸に残っていた。

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