第15話 翌日
朝、ひよりは学校に行かなかった。
目は覚めていた。
制服も、手に取った。
でも、
着るところまでいかなかった。
ベッドの端に腰を下ろしたまま、
時間だけが過ぎていく。
理由を探すほどの余裕はない。
体が、動かなかった。
スマホは見なかった。
見なくても、
今日が始まってしまうことは分かっていた。
結局、
ひよりはそのまま横になった。
天井を見て、
何も考えないようにして。
⸻
教室で、ひかりは席を見ていた。
隣が、空いている。
遅刻、という時間でもない。
連絡も、入っていない。
「……休み?」
誰に聞くでもなく、
小さく呟く。
昨日までなら、
すぐに連絡を入れていたはずだった。
でも、
今日はそれができなかった。
理由は、はっきりしない。
ただ、
踏み込んだらいけない気がした。
授業は始まった。
内容は、ほとんど頭に入らない。
宵宮がいない、
という事実だけが、
妙に重く残る。
⸻
昼休み。
委員長の用事で廊下に出ていたとき、
ひかりは声をかけられた。
「委員長」
クラスメイトだった。
「さっきさ、先生が探してたって」
「……先生?」
「うん。
宵宮のことで、話あるって言ってた」
詳しいことは知らない、という調子。
深刻さはない。
「職員室、来てって」
ひかりは、一瞬だけ迷った。
でも、
行かない理由も見つからなかった。
「分かった。ありがとう」
そう返して、歩き出す。
——宵宮。
その名前だけが、
頭に残った。
⸻
放課後。
委員長の仕事を終え、
ひかりは校舎に残っていた。
職員室へ向かう途中、
一度だけ足が止まる。
本当に、呼ばれているのか。
確認した方がいいんじゃないか。
そう思ったのは、
ほんの一瞬だった。
——今さら。
そのまま、歩き出す。
途中で、
別の方向から声がした。
「こっちだって」
振り向くと、
数人の生徒が立っていた。
説明はなかった。
職員室でもなかった。
案内されたのは、
人の少ない場所だった。
空き教室。
ドアの前で、
足が止まる。
でも、
引き返さなかった。
⸻
そこから先の記憶は、
うまく繋がっていなかった。
気づいたとき、
教室は静かで、
夕方の光だけが残っている。
ひかりは、
しばらく動けなかった。
動こうとすると、
体の奥に鈍い痛みが走る。
——現実だ。
そう分かる。
「なぁ」
近くで声がした。
「これ、チクったらどうなるか分かるよな」
軽い口調。
「撮ったの、全部あるからさ。
写真も、動画も」
続けて、もう一言。
「宵宮も、同じ目に合わせるけど」
それで、十分だった。
脅しは説明されなかった。
でも、意味ははっきりしていた。
ひかりは、
何も言わなかった。
言葉が、出てこなかった。
⸻
帰り道。
空は、もう暗くなりかけていた。
校舎から出ていく生徒たちは、
いつも通りの顔をしている。
誰も、
何も知らない。
ひかりは、
その中を歩く。
体の痛みを抱えたまま。
——言えない。
それだけが、
はっきり残っていた。
宵宮に。
誰にも。
今日のことは、
なかったことにされる。
そうやって、
翌日が来る。




