第14話 現実
放課後だった。
そこに至るまでのことを、
ひよりはほとんど覚えていない。
朝、どうやって寮を出たのか。
授業で、何を聞いたのか。
ノートに、何を書いたのか。
気づけば、
窓から差す光が低くなっていた。
スマホが震える。
短い通知。
「忘れずに来いよ」
それだけ。
画面を閉じる前に、
指が止まる。
——分かってる。
返事は打たなかった。
打つ必要も、なかった。
鞄を持ち、
教室を出る。
廊下は、思ったより静かだった。
部活の声が遠く、
階段を上る音だけが響く。
足が重い。
でも、
止まる理由が見つからない。
——遅れたら、面倒になる。
そう思った気がする。
空き教室の前で、
一度だけ立ち止まる。
ドアに触れたとき、
ひんやりした感触があった。
それだけは、
はっきり覚えている。
ドアを開ける。
中には、人がいた。
三人。
この前と同じ3人が、ひよりを見て、ニヤニヤしていた。
それを認識したところで、
視線は自然と下がった。
⸻
そのあとのことは、
途切れ途切れだ。
声があった。
笑い声も、あった気がする。
床の感触。
壁に背中が触れた感覚。
自分の声は、
ほとんど聞こえなかった。
時間が、
どこかで切れた。
⸻
気がついたとき、
教室は元の形をしていた。
机も、
椅子も、
窓も。
何も変わっていない。
ひよりだけが、
違っていた。
服を整えながら、
考えようとする。
何が起きたのか。
どこまでだったのか。
でも、
思い出したくなかった。
思い出そうとした瞬間、
胸の奥がざわつく。
——私は、人として扱われなかった。
その事実だけが、
遅れて落ちてくる。
感情は、
追いついてこない。
怖さも、
怒りも、
今はどこにもない。
首元に、
違和感があった。
触れてみて、
初めて気づく。
何かが、巻かれている。
外そうとしても、
うまくいかない。
そのまま、
体の奥から痛みが広がる。
鈍くて、
逃げ場のない痛み。
——現実だ。
嫌でも、
そう思い知らされる。
ひよりは、
ゆっくりと教室を出た。
廊下は、静かだった。
誰も、
こちらを見ていない。
いつも通りの放課後が、
そこにあった。
その中を、
ひよりは歩く。
首元の感触と、
体の痛みを抱えたまま。
何も思い出さないように。
何も感じないように。
それでも、
現実だけが、
確かにそこにあった。




