第11話 何も言えない夜
部屋の灯りを落としても、
暗くはならなかった。
天井の輪郭が、
はっきりと見える。
ひよりは、ベッドの上で横になったまま、
目を閉じている。
眠ろうとしているのか、
起きていようとしているのか、
自分でも分からなかった。
呼吸の回数を数える。
一つ。
二つ。
三つ。
途中で、
何を数えていたのか分からなくなる。
——眠らなきゃ。
そう思うほど、
体は言うことを聞かなかった。
喉が渇いているのに、
水を取りに行く気になれない。
布団の中で、
指先をぎゅっと握る。
感覚は、ある。
でもそれは、
「自分のもの」という感じがしなかった。
(……これ、夢?)
そう思った瞬間、
違う、と分かる。
夢なら、
目を閉じれば消える。
でも、消えない。
体は確かにここにあって、
動かそうとしても、
自分の指示が少し遅れて届く。
まるで、
自分の体を、
少し遠くから見ているみたいだった。
(……動いて)
そう思っても、
すぐには動かない。
動かないのに、
痛みだけは、はっきりとある。
嫌でも、
これは現実だと知らせてくる。
その感覚が、
ひよりの胸を静かに締めつけた。
(……大丈夫)
そう言いかけて、
その言葉を途中で止める。
今日は、
何が大丈夫なのか分からない。
それなのに、
誰かに連絡する理由も、
見つからなかった。
枕元に置いたスマホは、
画面を伏せたまま。
——ひかり。
名前だけが、
胸の奥に残る。
連絡すれば、
きっと返事は来る。
それが分かっているから、
できなかった。
返ってきたら、
何て言えばいいのか分からない。
言葉にした瞬間、
全部が本当になってしまう気がした。
だから、
考えないふりをする。
目を閉じると、
音だけが浮かんでくる。
ドアの閉まる音。
鍵の回る音。
思い出そうとしなくても、
勝手に、頭の奥に残っている。
ひよりは、
布団の中で体を丸めた。
——違う。
——考えない。
そう言い聞かせても、
体は、ちゃんと覚えている。
触れられた感覚じゃない。
動けなかったこと。
声が出なかったこと。
その事実だけが、
重く残っていた。
(……私が、悪いのかな)
答えは出ていないのに、
問いだけが浮かぶ。
断れなかった。
逃げなかった。
助けを呼ばなかった。
——でも。
呼べなかった。
そのことを、
誰かに説明できる気がしなかった。
説明できないことは、
言えない。
ひよりは、
そうやって自分を納得させる。
涙は、出なかった。
泣いたら、
何かが壊れる気がした。
壊れたら、
もう戻れない気がした。
だから、
何も感じないふりをする。
夜は、
なかなか終わらなかった。
時計を見るたびに、
少しずつ時間は進んでいる。
それなのに、
自分だけが取り残されている気がした。
窓の外が、
わずかに明るくなる。
——朝だ。
その光を見た瞬間、
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
今日も、
学校に行かなきゃいけない。
何もなかった顔で。
昨日までと同じ顔で。
ひよりは、
布団から体を起こした。
足を床につける。
立てる。
歩ける。
今度は、
ちゃんと動いた。
それが、
少しだけ怖かった。
鏡の前には、立たなかった。
代わりに、
制服を手に取る。
——着られる。
その事実が、
胸の奥に重く残る。
(……言えない)
昨日のことも。
今のことも。
言葉にした瞬間、
全部が現実になる気がした。
だから、
まだ言わない。
ひよりは、
制服に袖を通した。
まだ、
何も終わっていない。
でも、
始まってしまったことだけは、
はっきり分かっていた。




