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選ばれる資格がない平民ですが、貴族の彼が世界ごと選び直しました ~婚姻制度に拒まれた私を、彼は最後まで手放さなかった~  作者: 水城ルナ


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第7話 それでも選ばれた

 馬車は、王都から半日ほど離れた街道で止まった。


「ここで休憩を取ります」


 御者の声に、私は小さく頷く。

 本来なら、地方記録庫まではもう一日かかる行程だ。


 ――本当に、行ってしまうのだな。


 そう思った瞬間、胸の奥がずきりと痛んだ。


 彼の顔が浮かぶ。

 最後に見た、あの穏やかな笑み。


『君は去れ。君が傷つかない場所へ』


 その優しさが、今になって、遅れて効いてきた。


「……馬鹿ですね、私」


 自分にしか聞こえない声で呟く。


 彼がどれほどの覚悟であの言葉を言ったのか、分かっていたはずなのに。

 分かった“つもり”になっていただけだった。


 その時だった。


「リナ!」


 聞き覚えのある声が、街道に響いた。


 振り返ると、馬を飛ばしてくる一人の人物がいる。

 砂埃を巻き上げ、必死な様子でこちらへ向かってくる――


「マリア……?」


 記録院の同僚、マリアだった。


 馬を止めるや否や、彼女は息を切らしながら駆け寄ってくる。


「はぁ……はぁ……やっと追いついた……!」


「どうしたの? こんなところまで」


 嫌な予感が、胸を締め付ける。


 マリアは、私の肩を掴んだ。


「聞いてないの!?

 アルヴェイン様のこと!」


 その名前を聞いた瞬間、世界が揺れた。


「……何か、あったの?」


 声が、かすれる。


「“何か”どころじゃないわよ……!」


 マリアは、悔しそうに唇を噛んだ。


「評議会で、婚姻登録を拒否したの」


 息が止まる。


「平民の女性を選ぶ、って……はっきり言ったのよ」


 視界が、白くなった。


「その結果……」


 マリアの声が、震える。


「地位凍結。

 一部権限剥奪。

 次期当主候補からの一時除外……」


 頭が、理解を拒んだ。


「……そんな」


 膝が、崩れ落ちそうになる。


「どうして……」


 分かっていたはずなのに。

 覚悟していたはずなのに。


「あなたのためよ!」


 マリアが、叫ぶ。


「あなたが身を引いたって言ったから!

 だから、あの人――」


 最後まで聞けなかった。


 胸の奥で、何かが完全に壊れた。


 ――私は。


 守ったつもりで、

 彼を追い詰めた。


「……戻らなきゃ」


 気づけば、そう口にしていた。


「え?」


「王都に、戻ります」


 マリアが、驚いたように目を見開く。


「でも、異動は……」


「関係ありません」


 はっきりと、言い切った。


「私は……知らなかったふりをして、逃げた」


 それが、どれほど残酷なことだったか。


 彼は、選び続けていた。

 私がいなくなっても、世界の前で。


「……行きましょう」


 私は、マリアを見た。


「彼のもとへ」


 王都に戻った頃には、日はすでに傾いていた。


 街は、異様な熱気に包まれている。


「聞いたか? 公爵家の……」

「平民の女のために……」

「馬鹿な話だ……」


 噂が、私の耳を刺す。


 でも、もう関係ない。


 私は、貴族街の奥へと走った。


 アルヴェイン家の屋敷。

 重厚な門の前で、兵が立ち塞がる。


「関係者以外、立ち入り禁止だ」


「私は……」


 一瞬、言葉に詰まる。


 でも、もう逃げない。


「当主レオン・アルヴェイン様に、会いに来ました」


 兵が、怪訝そうに眉をひそめる。


「平民だろう」


「ええ」


 私は、頷いた。


「でも――」


 胸を張る。


「それでも、彼が選んだ相手です」


 一瞬、沈黙。


 兵は、私をじっと見つめ、やがて小さく息を吐いた。


「……通れ」


 門が、開く。


 足が、震えていた。

 怖い。

 でも、それ以上に――


 後悔したくなかった。


 屋敷の奥、彼の私室。


 扉の前で、一度だけ深呼吸をする。


 そして、叩いた。


「……レオン様」


 返事は、すぐにはなかった。


 もう一度、名前を呼ぶ。


 その時、内側から、低い声が聞こえた。


「……入れ」


 扉を開けると、そこに彼がいた。


 いつもより、少しだけ疲れた顔で。


 でも、私を見るなり――


「……どうして、ここに」


 驚きが、はっきりと浮かんだ。


 私は、一歩前に出る。


「聞きました」


 声が、震える。


「あなたが、何を失ったのか」


 彼は、視線を逸らした。


「君には、関係ない」


「あります!」


 思わず、声を荒げた。


「私のために……あなたが……」


 言葉が、詰まる。


 涙が、溢れた。


「私は……あなたを守るつもりで、逃げただけでした」


 彼の肩が、わずかに揺れる。


「でも、それは……あなたの覚悟を、踏みにじることだった」


 私は、顔を上げた。


「ごめんなさい」


 そして、はっきりと言う。


「もう、逃げません」


 沈黙。


 彼は、ゆっくりとこちらを見る。


 その瞳は――怒っていなかった。


 むしろ、安堵しているように見えた。


「……やっと、戻ってきたな」


 その一言で、涙が決壊した。


「君が戻らないなら、俺は一人で戦うつもりだった」


 彼は、静かに微笑む。


「だが、隣に立つ覚悟があるなら――」


 一歩、近づく。


「今度は、二人でやろう」


 その言葉が、胸に深く染み込んだ。


 ――選ばれない世界で。


 それでも、私は今、

 確かに“選ばれている”。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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