エピローグ 選び続ける日常
朝の王都は、相変わらず忙しい。
記録監理官としての執務室には、今日も書類が山積みだ。
制度改定後の混乱はまだ完全には収まっていない。
「……ため息をつくと、仕事が増えるって知ってました?」
そう言うと、向かいの机に座る彼が、顔を上げた。
「それは初耳だな」
レオン・アルヴェイン。
かつては“平民の恋人を選んだ貴族”と噂された人。
今は――
私と同じ執務室で、同じ山のような書類と戦っている。
「公爵家当主が、こんな雑務を?」
「君がやっているなら、問題ない」
当然のように言うから、思わず笑ってしまう。
「それ、世間に聞かせたら炎上しますよ」
「なら、聞かせなければいい」
真顔で言うものだから、余計に可笑しい。
昼休憩、窓際で簡単な食事を取る。
「……ねえ」
私が声をかけると、彼はパンを口に運びながら視線を寄こす。
「なんだ」
「私たち、今どんな関係に見えると思います?」
一瞬、彼が固まった。
「……仕事仲間?」
「即答しないでください」
少しむっとすると、彼は困ったように眉を下げた。
「正直に言えば」
一拍置いて。
「隣に立つ人、だ」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「肩書きがなくても、
婚姻登録がなくても」
彼は、私を見る。
「俺が選ぶのは、変わらない」
それは、昔と同じ言葉。
でも、今は意味が違う。
世界が、追いついたから。
夕方、仕事を終えて並んで歩く帰り道。
「……あ」
ふと、足を止める。
「どうした?」
「今日は、何も起きませんでしたね」
堤防も崩れず、評議会も荒れず、
誰かが排除されることもなかった。
彼は、少し考えてから言った。
「それは、良い日だということだ」
「ですね」
私は、空を見上げる。
「こういう日が、続くといい」
「続くさ」
当たり前のように。
「君がいる限り」
また、その言い方。
「……本当に、重い男ですね」
「今さらだろう」
そう言って、彼は小さく笑った。
夜、部屋に戻って、一人になった時。
私は、ふと思う。
かつて、
「選ばれる資格がない」と言われた世界。
その中で、
それでも選び続けてくれた人がいた。
そして今。
私は、誰かに選ばれるのを待たず、
自分で立ち、自分で選び、
隣に誰を置くかを決めている。
「……幸せですね」
小さく呟くと、胸が少しだけ痛くなる。
きっと、この先も困難はある。
制度は完全ではない。
世界は、優しくない。
それでも。
隣を見ると、
今日も変わらず、彼がいる。
選ばれない世界で、
それでも、選び続けた恋。
その物語は、
もう終わった。
――けれど、人生は続いていく。
私たちは今日も、
当たり前のように、
同じ道を歩いている。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語は、
「選ばれる資格がない」と言われた人が、
誰かに選ばれるのを待つのではなく、
自分で立ち、自分で選ぶ話として書きました。
身分差や制度は、
ファンタジーの形をしていますが、
現実でもよくある「見えない線引き」の比喩です。
それでも――
その中で一人でも、
「それでも君を選ぶ」と言い続ける人がいたら。
そして、選ばれた側もまた、
「隣に立つ」と決められたら。
世界は、少しだけ遅れてでも、
きっと追いついてくるのではないか。
そんな想いを込めています。
レオンが最初から最後まで一途だったのは、
彼が「ヒロインを救う存在」ではなく、
彼女が立つことを信じ続ける存在であってほしかったからです。
完結までお付き合いいただき、
本当にありがとうございました。
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