第15話 選ばれなかった未来を救う
試行採用の初仕事は、あまりにも重かった。
「北方水路連合から、緊急要請です」
評議会付き書記官の声は、わずかに震えていた。
「堤防決壊の危険。
予測では、被害は最小限――ですが」
「“予測”が、外れている可能性がある」
私がそう言うと、室内が静まり返った。
資料を広げる。
過去三十年分の水位、降雨、地盤変動。
公式予測は、確かに“問題なし”を示している。
けれど。
「……ここ」
指先が、一行の小さな記録をなぞる。
「非公式補助記録です。
三年前、同地域で小規模な地滑りが発生しています」
「だが、それは軽微な――」
「いいえ」
私は、首を振った。
「“軽微”だからこそ、修正されていない」
息を吸う。
「地盤は、すでに一度、限界を越えています」
室内が、ざわつく。
「もし、ここで想定以上の水圧がかかれば……」
「連鎖崩壊、です」
静かな声で、結論を告げた。
「被害は、予測の五倍以上になります」
沈黙。
誰もが、判断をためらっている。
ここで堤防を切り、流路を変えれば、
被害は抑えられる。
だが、それは――
公式予測を否定する行為だ。
「……責任は、誰が取る」
低い声が、落ちた。
私は、一歩前に出た。
「私が取ります」
迷いはなかった。
「この判断による結果は、
すべて、私の責任です」
書記官が、息を呑む。
「あなたは……まだ、試行採用中ですよ」
「分かっています」
それでも、目を逸らさない。
「だからこそ、今しか言えません」
制度に守られていない今だからこそ。
「命を優先する判断を」
その瞬間、扉が開いた。
「……判断は、妥当だ」
レオン様だった。
だが、今回は前に出ない。
私の、半歩後ろに立つ。
「彼女は、根拠を示している」
静かな声。
「拒否する理由はない」
視線が、私に集まる。
そして――
「……実行せよ」
決断が、下された。
堤防は、切られた。
流路は、変えられた。
その結果、農地の一部は犠牲になったが、
村は、無事だった。
数時間後。
「……もし、判断が遅れていれば」
現地からの報告に、誰も言葉を発しなかった。
「被害は、壊滅的でした」
沈黙の中、私は椅子に深く腰を下ろした。
全身から、力が抜ける。
「……終わった」
小さく呟いた瞬間。
「いや」
隣から、静かな声。
「始まった」
レオン様だった。
「君は今、
“選ばれなかった未来”を救った」
その言葉が、胸に深く沈む。
数日後。
王都は、はっきりと変わっていた。
「……あの判断、正しかったらしい」
「公式予測より早かった、って……」
「例の平民、いや……」
噂の内容が、変わる。
否定から、評価へ。
排除から、確認へ。
評議会で、正式な議題が立ち上がった。
「婚姻登録制度および、
“例外的人材”の扱いについて」
それは、私一人の話ではなくなっていた。
世界が、
追いつこうとしている。
その夜、屋敷の中庭で、私は空を見上げていた。
「……怖かったです」
正直に言うと、隣の彼は小さく笑った。
「だろうな」
「でも」
深く息を吸う。
「後悔は、ありません」
彼は、黙って頷く。
「俺は、君がそう言うと信じていた」
そして、初めて。
肩に、そっと手を置いた。
「君はもう、
誰かに選ばれるのを待つ人じゃない」
その温もりが、心地いい。
「自分で未来を選び、
世界に責任を持つ人だ」
胸が、いっぱいになる。
――これが。
彼が、私を選び続けた理由。
選ばれなかった世界で、
それでも、立ち続けた理由。
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